またまた久しぶりの更新は

Konyaという中部アナとリナの小さな街(人口70万人)について。

何が有名かというと、トルコ人の間では御飯が美味しいので有名

(日本のガイドブックには書いていない)

平野になっていて、空気もきれいで外で御飯食べたりするととってもリラックス出来ます。


そういえば、Mevlanaさんで有名な町でもありますね。

旋舞教団のイスラム神秘主義の1派 メヴェレヴィー教団の創始者。

(セマーという旋舞が有名らしい)


実は、会社に内緒で運転をしています。道路も広くて、通行量も少ないので安心。

マナーはイスタンブールほどひどくないけど、車が少ないので大丈夫。


イスタンブールのヒルズ族-コンヤ空港


手前はレンタカーしたカローラ。

来月からATでVWのパサートが入るらしいので楽しみ。


もちろんビジネスでこの町を訪問したのですが、

コンヤマイスターと呼ばれる熟練工が多いのも特徴。

農業が昔から盛んだったので、さまざまな農耕用道具を作る中で

手先の器用な職人さんが生まれたとコンヤ出身の人に聞きました。


美味しい御飯といえば、コンヤ風薄焼きピザ。

EtliEtmekです。


イスタンブールのヒルズ族-EtliEtmek


それから、KonyaとKayseriでしか味わえないという

ArabisiCorba(アラビシチョルバ:アラビア風スープ)が最高に美味しいです。

40種類の香辛料を混ぜるのでその調合が難しいため、限られた地域の限られたお店でしかないそうです。

イスタンブールではないとトルコ人の皆さんは言っています。



イスタンブールのヒルズ族-ArabasiCorba


もうこれだけで十分です。


今回はもうひとつの名物の羊肉のタンドリ(オーブンで長時間蒸したので、お肉はふわふわ~)は

また次回にでも載せます。1泊2日のビジネス旅行でしたので、今回は食べれませんでした。

1日はお昼抜きで仕事していましたので・・・


といっても、実は明後日の27日(水)からまた1泊2日のコンヤ出張なのでーす O(^ ^)O


今回お客さんとのアポの時間が空いた時間があったので、

車で30分ほど郊外へ行きました。(もちろん日本のガイドブックに載っていません)

バスが通ってないので、車でしか行けないところです。

Sille(シレと言うと通じなく、スィッレと毎回言い直されます)というKONYA OLD CITYという

ところへ遅い昼食に行きました(16:00)


なかなか素敵でしょ。癒しの町です。静かで、空気も綺麗で。

気温もちょうどいい感じ。


イスタンブールのヒルズ族-コンヤ旧市街その2

イスタンブールのヒルズ族-コンヤ旧市街その1



このSilleの町にある、有名レストランに行きました。

(スイマセン、名前は覚えられませんでした)



イスタンブールのヒルズ族-Silleのレストラン



昔の農耕用道具が飾ってあり、一見、農耕具博物館のような感じです。


料理は古代コンヤ料理だったのですが、美味しくて食べるのに集中してたのと

蜂がたくさんやってきてて追い払うのに精一杯で写真を撮り忘れました。。。。


何と、コーヒー豆に火の入った炭を入れて、その煙で蜂避けをしていました。

効果抜群!!!でもご飯食べ終わりかけた時に持って来て頂きました。

料理と一緒に出せよ!って思ったけど、お料理の香りも味わって欲しかったからかなと

前向きに解釈しました。


実はこのお店、料理はすべて炭焼きで行うそうです。


イスタンブールのヒルズ族-コンヤ風蜂避け


明後日からまたコンヤに行けるの楽しみ~


では本日はこれまで。


おやすみなさい。

今日は9月の終わりに、トプカップ宮殿内で開催された

エルトゥールル号追悼コンサートについて。



イスタンブールのヒルズ族



深夜のトプカップ宮殿は綺麗でまだ寒くなる前でしたのでいい感じでした。

イスタンブールのヒルズ族


イスタンブールのヒルズ族


コンサートは日本とトルコの友好の歴史を物語る二つの出来事をテーマに演奏。

オリジナル曲でした。


一つ目は日本とトルコの友好関係の起点として記憶されている

1887年小松宮彰仁親王同妃両殿下が欧州訪問の帰途にオスマン帝国を訪問した返礼として、

アブデュル・ハミト2世は特使としてオスマン提督を日本に派遣。しかし、フリゲート艦エルトゥールル号は、

1890年日本からの帰路暴風に遭い紀州・串本沖で沈没。乗組員581名が死亡したが69名が救出され、

当時台風により出漁できず食料の蓄えもわずかだったにもかかわらず、住民は浴衣などの衣類、

卵やサツマイモ、それに非常用のニワトリすら供出するなど献身的に生存者たちの回復に努めた。

大島村(現在の串本町)あげての手厚い救護の後、日本の巡洋艦(金剛、比叡)によりトルコに送還された事件。

(Wikipeaに詳細あります。ja.wikipedia.org/wiki/エルトゥールル号遭難事件)


二つ目はイランイラク戦争時のテヘラン在留邦人救出事件

1985年3月17日、48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は、軍用機であろうと民間航空機で

あろうとすべて無差別に攻撃するとサダム・フセイン大統領が突然布告し、日本人約215名がテヘランに取り残され、当時の法律では自衛隊での救出は不可。日本の民間航空会社も岐路の安全が保障されないとかで

救出不可。他国も自国民救出に手一杯で日本人を乗せる余裕がない中、トルコ政府が自国民救援のための

最終便(トルコ航空)を2機に増やし、期限ぎりぎりで危機を脱することができた。

なお、トルコは近イランの隣国に位置することから陸路での脱出もできる自国民に優先して日本人の救出を

計ってくれ、実際この救援機に乗れなかったトルコ人約500名は陸路でイランを脱出した。

このトルコ政府とトルコ航空の厚情の背景にはエルトゥールル号の遭難の際に受けた恩義に報いるという

意識もあったと言われています。

(Wikipeaに詳細あります。ja.wikipedia.org/wiki/エルトゥールル号遭難事件のイラン・イラク戦争

及びja.wikipedia.org/wiki/イラン・イラク戦争の在留邦人脱出の項目を参照下さい。)


なお、コンサートには当時テヘランに取り残された日本人二人と当時の救援機のパイロットと客室乗務員3名が

舞台にあがり友情を確かめ合っていました。

日本人の一人は泣きながらに、命を助けて頂いたことのお礼を申し上げていました。

それには、会場でもウルウルとしてたトルコ人達がいたことにこの国はいい国だなと思いました。

これからも良い関係を築いていけるように一人の日本人としていつか何かで役に立とうと思いました。




かなり久々の更新。 


ドイツから横滑りでトルコに来て半年。

でも最近トルコもそう長くないかも知れないような気がしてきたので、

ここでの貴重な体験を記録に残して生きたいとまた思う週末でした。


さて、本題。

トルコ人の日曜日と言えば、家族や友人と集まって朝9過ぎから朝食を取り、

お昼までチャイ(トルコ風紅茶)を飲みながら団欒するのが一般的です。

場所は家だったり、外だったりします。

今回は外の場合を紹介します。


イスタンブール(特にアジア側)では日本でいう森林公園みたいなところに

レストランがあり、ビュッフェ式朝食を緑の中でのんびりと2時間から3時間くらいかけて食べたり

お茶を飲んだり、森の中を散歩したりして過ごします。


今回トルコ人夫婦に連れてってもらったのは 

ボスポラス海峡を見渡すイスタンブールアジア側のHIDIV KASARIという昔のお城。


イスタンブールのヒルズ族-HIDIV KASRI車から

イスタンブールのヒルズ族-HIDIV KASRI

お一人様24トルコリラ(約1500円)と3百円でお昼の定食が食べれるとるこでは

ちょっと高級なところです。観光バスも何台か止っていましたが、

日本のガイドブックには載っていないので日本人は誰もいなかったです。


お食事の写真は取り忘れましたが、チーズからフルーツまで

盛りだくさんでした。


ゆっくり、ゆったりとした朝食の後は正午くらいにお出かけをします。


さて次はHIDIV KASARIを後にしてボスポラス大橋を渡り

かの有名な小説で出てくるオリエンタルエキスプレスの終点の駅、

スィルケジ駅周辺に車を駐車。

現在でもオリエンタルエキスプレスレストランが残っています。

ここには日本人観光客がたくさぁ~ん。

久しぶりにたくさんの日本人を見ました。


イスタンブールのヒルズ族



イスタンブールのヒルズ族


そしてトラムに乗り換えブルーモスクへ。

ブルーモスクというのは、天井や壁の一部が青色に塗られているので

ブルーモスクと言われるそうです。



イスタンブールのヒルズ族

イスタンブールのヒルズ族

そして渋滞のひどい金角湾を望む山に向かってドライブ。

友人がイスタンブール欧州側担当のセールスなので

裏道をスイスイ走って行きました(実は適当に走ってるようにも思えたが・・・)

目指すは 日本の有名ガイドブックにも載っている

Pierre Loti Kahvesi(ピエール・ロティのチャイハーネ)

金角湾を見渡す絶景も去ることながら、ケーキがとっても美味しかったです。

トルコで色々食べた中で1,2の美味しさです。

フランス人小説家が通ってだだけあります。


ちまにみ、トルコ語でケーキのことを”パスタ”といいます。

パスターネとはケーキ屋さんのことです。

街中でPastaと見たらイタリアンと勘違いしなくなりました。


イスタンブールのヒルズ族


↓新市街方面です。
イスタンブールのヒルズ族

↓旧市街方面です。
イスタンブールのヒルズ族



そしてこの日最後は家から車で10分程度のところにある

Konya料理レストランへ。

(コンヤ料理については、先週コンヤ出張しましたので後日詳しくご紹介します。)


下は友人のトルコ人夫婦と。コンヤ風ピザのEtli Etmek。

奥様は妊娠妊娠6ヶ月。来年2月に出産予定。


イスタンブールのヒルズ族

Etli Etmek(エトリ・エトメック)の特徴は、イタリア風ピザ並みの薄い生地。

他のトルコ風ピザはアメリカ風並に生地が厚い。

調味料もほとんど使わず自然の味で、あっさりしています。

唯一私が飽きていないトルコ料理の一つです。

また、本物のEtli Etmekは長さが1.6mとか1.85mあるそうです。



本日は長くなりましたが、これがトルコ人の過ごす日曜日でした。

最後まで読んでくださった方ありがとうございます。


明日は 日本トルコ120周年記念コンサートについて書きたいと思います。

明後日は本当のKonyaについて。


それでは