宅配ボックスに眠ってた、『天才たちは学校がきらいだった』とご対面
アインシュタイン、エジソン、チャーチル等、草々たる方々の写真
が表紙に
ダ・ヴィンチだけは、作品でした。
まだ30ページ程度しか進んでないですが、
本がデカイと、
見開きで視界に入らないから、本を遠ざけて読んでる自分に気付き、アップしたくなりました
全体が見えないと…不安になるみたいです
さて、ついでだから、内容についてもコメントすると
とっても勇気付けられます
アインシュタインの言葉を以下に引用させていただきます↓
『言葉は、書き言葉にしろ、話し言葉にしろ、わたしの思考プロセスの中では何の役割も持っていない。思考の要素となる物理的な実体は、ある種の記号とかイメージなのであって、これらが“おのずから”再現されて、組み合わさっていく。もちろん、イメージの要素と、論理的に意味のある概念との間には、何らかのつながりがなくとはならない。最終的には、論理的に厳密な概念に到達したいという欲求が、感情面での基盤になっていることも確かである。しかし心理学的な見地からすると、この組み合わせ遊びは、他人に伝達するための言葉や記号を用いた論理的な構造とは、まったくつながりを持たない時点のものである。これは、創造的思考には本質的なものだと思われる。わたし、最初に重要なものは視覚的要素であって、従来の言葉や記号を骨折って探すのは、第二段階にすぎない』
~~~疲れた
たどるのが苦手なので、端折って意味が通じなかったらスミマセン…
~~~
これだ
形があって…
イメージがあって
キラキラと、フワフワとしてるものがあるところからスタートし、
そこから
道をつくり、
光をつくり、
言葉や記号を落としてく。
日常的な会話でも、私は、こんなような感覚で話をしてる、と気付いた。(上辺だけのテキトークでは、しないでしょうが
)
ある程度の話を聞いたら、まず、止まってしまう。
そんな私を見て、友人や同僚はどう思ってるんだろう…。『どうかした?』って聞かれる事は、多い。
私には、聞いたこと、を、見えたことに変換する作業が必要。そして、イメージがカチっとハマらないと、
なんだかとても
ムズムズする…
イメージにする作業が済んでから、思考が始まる。
その思考は、伝えるために出来上がってるわけじゃないから、
そこから、伝達ように記号や言葉を探し、発言をする。
仕事では、間違えらんないから『ちょっと待ってください』と言って、ひとりぼーっとしたり、メモしたり、暗号チックなものを書き出したり、指で変な形を作ったり…
変な動きは、イメージに持っていくのに重要なプロセス。そこから、思考が活動しジャッジしたり、自分の意見とぶつけたりする。そしてようやく、発言できたり、する。
2人での会話は上手いことできても、複数人になると、会話自体が成り立たない事が多い。
聞く作業から、見える作業への変換をする時間がないと、それ以上、聞けなくなる…というか、聞かなくなる、のかもしれない。
私に見えてる数学の世界を、いろんな人に伝えたい…というのが私の夢


変わった夢だな…
と思ってたけど、
実はアインシュタインも、そう思ってただけ、かもしれない…。見えてるもの、や、脳の上辺りでフワフワしてるイメージを伝えることで、相対性理論に到達できた
のかもしれない…
なーんて、飛躍し過ぎました
少し調子に乗りましたね
あはは。
さーて、読み進めます

アインシュタイン、エジソン、チャーチル等、草々たる方々の写真
が表紙に
ダ・ヴィンチだけは、作品でした。
まだ30ページ程度しか進んでないですが、
本がデカイと、
見開きで視界に入らないから、本を遠ざけて読んでる自分に気付き、アップしたくなりました
全体が見えないと…不安になるみたいです

さて、ついでだから、内容についてもコメントすると
とっても勇気付けられます
アインシュタインの言葉を以下に引用させていただきます↓
『言葉は、書き言葉にしろ、話し言葉にしろ、わたしの思考プロセスの中では何の役割も持っていない。思考の要素となる物理的な実体は、ある種の記号とかイメージなのであって、これらが“おのずから”再現されて、組み合わさっていく。もちろん、イメージの要素と、論理的に意味のある概念との間には、何らかのつながりがなくとはならない。最終的には、論理的に厳密な概念に到達したいという欲求が、感情面での基盤になっていることも確かである。しかし心理学的な見地からすると、この組み合わせ遊びは、他人に伝達するための言葉や記号を用いた論理的な構造とは、まったくつながりを持たない時点のものである。これは、創造的思考には本質的なものだと思われる。わたし、最初に重要なものは視覚的要素であって、従来の言葉や記号を骨折って探すのは、第二段階にすぎない』
~~~疲れた
たどるのが苦手なので、端折って意味が通じなかったらスミマセン…
~~~これだ

形があって…
イメージがあって
キラキラと、フワフワとしてるものがあるところからスタートし、
そこから
道をつくり、
光をつくり、
言葉や記号を落としてく。
日常的な会話でも、私は、こんなような感覚で話をしてる、と気付いた。(上辺だけのテキトークでは、しないでしょうが
)ある程度の話を聞いたら、まず、止まってしまう。
そんな私を見て、友人や同僚はどう思ってるんだろう…。『どうかした?』って聞かれる事は、多い。
私には、聞いたこと、を、見えたことに変換する作業が必要。そして、イメージがカチっとハマらないと、
なんだかとても
ムズムズする…

イメージにする作業が済んでから、思考が始まる。
その思考は、伝えるために出来上がってるわけじゃないから、
そこから、伝達ように記号や言葉を探し、発言をする。
仕事では、間違えらんないから『ちょっと待ってください』と言って、ひとりぼーっとしたり、メモしたり、暗号チックなものを書き出したり、指で変な形を作ったり…
変な動きは、イメージに持っていくのに重要なプロセス。そこから、思考が活動しジャッジしたり、自分の意見とぶつけたりする。そしてようやく、発言できたり、する。
2人での会話は上手いことできても、複数人になると、会話自体が成り立たない事が多い。
聞く作業から、見える作業への変換をする時間がないと、それ以上、聞けなくなる…というか、聞かなくなる、のかもしれない。
私に見えてる数学の世界を、いろんな人に伝えたい…というのが私の夢



変わった夢だな…
と思ってたけど、
実はアインシュタインも、そう思ってただけ、かもしれない…。見えてるもの、や、脳の上辺りでフワフワしてるイメージを伝えることで、相対性理論に到達できた
のかもしれない…なーんて、飛躍し過ぎました
少し調子に乗りましたね
あはは。さーて、読み進めます








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