である。正妻は別に居た。下関で芸妓をしていたところを高杉が見初め、したのだ。それ以来、行動の殆どを共にしている。
小柄でぱっちりとした目元が愛らしく、時々抜けたところもある。それでいて三味線の名手というものだから、高杉が惹かれた理由も分かると桜司郎は思った。
「毎日の事やけど、これは痛いっちゃろう。やのに、お可哀想やなぁ」
衣類に付かないように、患部に清潔な布を当ててその上から晒しを巻き付ける。まだか、と言う焦れた声が襖の向こうから聞こえた。
「旦那様、もうええっちゃ」
おうのが声を掛けると、
高杉が部屋へ入ってくる。待たされるのが嫌いなのか、何処かぶすくれていた。
「桜花。体調はどうじゃ」
「お陰様で。傷は痛みますが、良くなっている気がします」
ほうか、と頷きながら高杉は桜司郎の前へ座る。
「ところで桜花。君の鎖骨の下……、胸に黒い紋があるんじゃが。あれは何じゃ。二年前は無かったじゃろう?」
その問い掛けに桜司郎は目を丸くした。何て答えれば良いのか分からなかったことと、そもそも何故それを知っているのかという疑問が浮かぶ。
その心中を察したかのように、高杉はポンと手を叩いた。
「ちなみに僕は君の裸なんて何度も見ちょるけえ。二年前も着替えさせたんは僕じゃったし、今回もそうじゃ」
「なッ……!」
旦那様、とおうのが高杉の腕を触る。仮にも年頃の娘に対する言い草としては、あまりにも遠慮がないそれに、桜司郎は羞恥で顔がみるみる赤くなった。
「何じゃ、おうの。確か……、栄太の胸にも同じ紋があったんじゃ。まさか、揃いの墨を入れたんか?」
高杉は揶揄うようにニヤニヤと笑みを浮かべる。だが、その言葉に桜司郎は真顔になった。同じ運命を持つ人物が他にいるのかと思い、思わず身を乗り出す。
「栄太さんってどなたです?何処にいるのですか?会わせて頂けませんか」
この妖刀について知る人物に会いたいという思いがそこにはあった。
高杉は驚いたような表情を浮かべた後、切なげに瞳を伏せる。
「吉田栄太郎……吉田稔麿じゃ。君の恋仲じゃろうて。……もう、この世には居らんがのう」
"吉田栄太郎"と、桜司郎は頭の中で繰り返した。しかし、どうしてもその人物のことは分からない。繰り返すほどに頭の中のが大きくなっていく。「恋仲……?そんな人、私には……」
桜司郎は瞳を揺らしながら、口篭った。その言葉を聞いた高杉は眉を顰める。
「桜花。まさか、栄太のことまで忘れてしもうた訳じゃないじゃろうな」
咎めるようなその視線に桜司郎は視線を畳へ移した。少なくとも、藤や高杉と出会ってからの記憶は殆ど鮮明に残っている。まるで"作為的に切り取られたかのようなある期間"を除いては。
となれば、切り取られた記憶は"吉田栄太郎"という人物に関連したものなのだろうかと思った。
「高杉様。御実家から遣いが来ちょります」
そこへ戸の奥から声が掛かる。高杉は深い溜め息を吐く。
「僕が此処におることを聞き付けたんじゃな。一度は挨拶に行かんと後が面倒か……。志真、羽織を持って来い」
そう言いながら立ち上がった。戸が開き、志真と呼ばれた男が上等な羽織を片手に入ってくる。桜司郎は志真を見るなり、目を見開いた。
「白岩さん……」
「これは。ご無事で何より」
志真は機械的な会釈をすると、高杉へ羽織を着させる。
「志真。桜花に大怪我を負わせたことを詫びておくんじゃ。そうじゃ……僕が居らん間、志真に萩を案内して貰うとええ。頼んだぞ」
それだけ一方的に言い残すと、高杉はさっさと出掛けて行く。
気まずい空気が流れる中、先に言葉を掛けたのは桜司郎だった。
「貴方は……白岩さんじゃなくて、志真さんなのですね」
「はい。白岩ちゅうのは壬生狼へ潜伏するための偽名でしたけえ。本当は志真与三郎と云います」
