ある日突然、このような事を考えた。
人間はどうしてこんな体の形になったのか。
生き物が進化する過程において何かを願い
必要性を感じながら努力し変わっていく。
それは、僕としては少しづつの変化だと思う。
ごく当たり前のことのように勘違いしてる。
それは人類が手探りで進化した証かもね。
時に当たり前の事がつまらなくなる。
ある日知り合いがよもや話でこう言った。
漫画やアニメのロボットはでたらめだ。
訳を聞いたら人のありきたりに反すると言う。
それはそうだと思いながらもこう考えた。
アニメなどのロボットは戦うばかりだ
それは、もしかして強くなるための進化?
コックピットに乗り込み出陣する。
遠くの敵をレーダーで捉え、モニターを睨み
相手を見つけたら映像をズームで確認する。
空を飛んだり、巨大な体で走り回り戦う。
器用な動きで素早く相手を倒そうとする。
・・・。
時に空を飛んでみたいとか高くジャンプする
強い力で重い荷物を軽々運んだり
遠い場所に早くたどり着きたいなんて
ありきたりの願望を叶える力や
格好よく着飾ったり凄みを見せたり
どんな強い人をも越えてみせたり
そんなことがロボット達は出来たりする。
それが羨ましい、しかし必要かどうか
それで嫌になるのだろうか、現実的には不要?
では、進化とは無縁なのか?
有名な話にガンダムがある。
ガンダムの世界ではモビルスーツと呼ぶ。
必ず他のロボットとは違うものと大別する。
危険な奴等が実際に造れない無限の隔たり。
なんだかそこだけは愛すら感じてしまう。
初代ガンダムより二代目が凄い、しかし二作目以降は性能差こそあれ何故か共通点が多く、他の物語に並足を揃えたものになっている。
・体の各部にカメラがあり全周囲を見る球体式の 360度マルチスクリーン。
・衝撃を乗員に与えぬフローティングシート。
・必要な情報を写し出すプロジェクター。
・体の各部に取り付けたロケットで自在に動き
背中には以前の倍の出力のロケットがある。
・銃の弾切れの際はエネルギーパックの交換。
ガンダムは強い、しかし強敵は必ずいる。
上記の能力も他のモビルスーツにもある。
敵の中には体が大きく飛行タイプに変形する
飛行機の域を越えて当たり前のごとく
自由自在に急激なターンを繰り返す。
ガンダムを手玉に取る凄みで圧倒する。
普通ならここで終りだろう、負けたら死ぬ。
しかし、主人公の味方にはシャアがいる。
シャアどころかアムロまでいる、しかも強い。
この両者は高性能な敵のロボットに負けない。
そして三代目のガンダムは飛行機にもなる。
これを時代の流れのように登場人物達は語る。
並足を揃えるがごとく進化するロボット。
しかし、オチがあった。
モビルスーツを作る会社が同じだ。
アナハイム・エレクトロニクス社
思わず唖然として目が点になった。
だが、強敵は連邦軍が独自に開発したらしい。
ギャプラン、アッシマー、ガブスレイ
サイコ・ガンダム、バイアラン、ハンブラビ
まだまだある、恐るべき連邦軍の底力。
更なる強敵にジオン軍も登場する。
果たしてカミーユ・ビダンは強敵に勝てるか。
ここで私は気がついた、全ての概念を変える
この物語、機動戦士Zガンダムは凄い。
わたしもそのような偏屈になりたいと思った。
いやいや、身体能力どころか心も変えたい。
いつの間にか頭の進化まで願うようになった。
果たして私は進化することが出来るのか?
皆さんはどう思います?
それではまた
m(_ _)m お粗末様でした。