借り暮らしのアラフィフティ

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- 放浪生活編 -
天涯孤独で帰る家もないのでシェアハウスに住み
とうとう放浪生活に出た激貧アラフィフおひとり様

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明けましておめでとうございます。

年末に振り返りを書こうと思っていたのですがかけず、もう新年になってしまいました(;^ω^)

が、とりあえず時系列的に、2024年の振り返りから書こうと思います!

 

 

大きなことは、テンジクネズミさんがいなくなってしまいました。

片方は5月かな。そしてもう片方は、11月。4歳でした。

だいたい5歳でお空に帰る子が多いようなので、少し早かったですね。

 

うんち💩をしなくなりました。そして、突然、エサを食べなくなり、大好きなきゅうり🥒も無視しました。

うっ帯…胃腸が止まってしまう症状だったようです。テンジクネズミさんにはよくある症状のようです。

 

前の子は、気が付いた時にはものすごく体が軽くなっていて、そこから1-2日で亡くなってしまいました。

何も食べずにいると2日でお空に帰ると言われるテンジクネズミさんなので、残った子もそうなるのかと思いましたが、

よく太った子だったからか、もっとずっと一緒にいてくれました。

 

「テンジクネズミさん部屋」のような、インターネットサロンがあるんです。

英語でも、ずっとずっとテンジクネズミさんの延命のために頑張っている飼い主さんがいて、

そして、同じ うっ帯 の症状の子でも、

1年以上ずっと食事介助して生きているテンジクネズミさんの例を見てしまったんです。

 

だから。期待してしまった。

本当は、実は、早くに安楽死を導入するつもりでした。

痛みを表現しない動物なのに異常を見せるということは、もうすでに苦しみが凄いだろうということなので

前々から考えていたことでした。

でも。

「もしかしたら治るのかも」

そういう、気の迷いが起きてしまって、安楽死を躊躇してしまいました。

治療に走ってしまいました。

 

早く決断するべきだったのに、結果として、苦しむ時間を長引かせてしまった。

 

どんな方法を取っても悲しいし、必ず絶対に後悔はする。

でも、自分の意思決定の弱さが、優柔不断さが招いた結果でテンジクネズミさんを苦しめたと思うと

後悔の念からというか罪悪感からというか、テンジクネズミさんが虹の橋を渡ってから、しばらく放心してしまって…

感情が麻痺した感じでした。

 

かわいい生き物だった。

ものすごくかわいい生き物だった。

夢中でした。

ずっとずっと「テンジクネズミさん~♪テンジクネズミさん」と歌って、撫でて、

テンジクネズミさんグッズを探して、買って、身に着けて、

家に帰ると「ごはんくれ」と言いながら駆け寄って私を見つめ続けてくれるのがかわいくて

朝起きたら私の顔を覗き込んでご飯を期待しているのがたまらなくて

嬉しくてたまりませんでした。

 

でも、私はテンジクネズミさんについて未熟だったのかもしれません。

 

寂しくて悲しくて恋しくてたまらないので、次の子をお迎えしようかとも思ったんですが

今はやめることにしました。

次の子をお迎えするときは、もっと環境が整って、広いお庭などが使えるようになってから、と思っています。

 

私の、借りぐらしでの、テンジクネズミさんライフは、終わりです。

3年間、ありがとう。かわいかった。ほんとうにかわいかった。一緒にいてくれて、ありがとう。