近代人が初めてピラミッドを発見したときはこんな気持ちだったのでしょう。
いままさに崩れかけた遺跡的なブログと再会しました。
謎も呪いもロマンもない、ただ音量の大きい独り言であふれているこのブログを再度、更新してみます。
暇なので。
最近、二元論者が目立っています。
何もかもな複雑なこの時代、白黒はっきりしてるほうがわかりやすく、いさぎよくも見えるのでしょう。
憚りながら、彼らのものの中でも特に雄弁な弁に対抗してみたいと思います。
「良いことは良い、悪いことは悪い!」
↑理性が敗北しています。
文化的に憎まれるべきもの、著しく生命を脅かすものなど、もちろん大半の事象においては悪い行いであると言えます。
しかし二元論者に多くみられるのは、どのケースにおいても「ワルイ!ワルイヨー!コレワルイ!!」と安っぽい道徳を振りかざして問題を提起して、座って満足している精神的肥満児の姿です。
「~する人は理由はどうであれ嫌い。」
そんな風にアホ面晒して妙に甲高い声でピャァピャァ言っています(笑)
極端に言えば肉屋が豚を殺す罪と糞垂れが好奇心で豚を殺してみた罪の重さを計れない、想像力が欠如した湯豆腐脳の持ち主です。
そういう人は自分と同じ意見を表明したものと接したがえる傾向にあります。
さらに、概ね良ければ全体を良しとして大して機能もしてなかった頭止めてめでたそうな顔をしています。
それで何か得ましたか?
自己満ですか?
「自己満でいいじゃないか。」とまたお得意の「ドタバタ大焦り判断」でいきますか?
何も言わないで「こいつガチじゃんw」ととなりの不細工に同意を求めますか?
彼らからは「悩む」という過程が落っこちています。
理性的敗北を繰り返して動きの鈍ったクサい脳が判断にたどり着くまでの「ラグ」はあっても真剣な「葛藤」というものは存在しません。なぜなら彼らの中で二律背反は「悪」だからです。
自分に対する反論にこそ価値があり敬意を示すべきであって、その逆に同意見というのは多数決議会の場以外では補足でしかないのにですよ。
個々のケースに依って行為の背景は変幻するのにですよ。
単純に「完全な善悪を体現する」だなんて、神の領域ですよ。
人間とは思えない。反吐が出る。二度と話したくもない。
いまテレビ・映画界に溢れているのはそのような人たちです。
お悔やみ申し上げます。
ってなにこのハードボイルドジェントルマンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
寝れないよ!