父のタバコを吸い始めて、かなり吸い方にも慣れてきました。

最初は火をつけるのもぎこちない感じで、非行に走る高校生よりも初々しいおっさん喫煙者爆誕で喫煙所でみんな生暖かい目で見てくれていましたが、だんだんと慣れてきたような気がします。


昔から、タバコは吸わないまでも、喫煙所で話したりするのは大好きで。
友達と休憩中にランチなんかに行くと、ランチ後に喫煙所に寄りたいみたいな人は多かったので、自分は缶コーヒーを持って、タバコに付き合うとかしてました。

タバコ吸ってる人って、リラックスしてるからか、本音で話してくれるんですよね。そんなチャンスってそうそう訪れるわけでもないから、タバコ吸わないのに喫煙者に密着してました。

先日、元同僚と集まって久々に飲みに行く機会があり。羊さんは喫煙所まで付いてきてくれる人ってゆう共通の認識をみんな持ってたみたいで。ただのさみしがりやなんですけどね。
つい最近、タバコ吸い始めたなんて話をしたら、一緒に吸いに行きましょう!なんて言われて、嬉しくて。

なんで今になって吸うようになったんですか?って聞かれましたので、親父のもらって吸ってます、なんて答えたら、それ以上にカッコいい理由は見つからないとまで言われました。

素直に嬉しかったんですけど、ただきっかけはどうあれ、喫煙者が一人世に放たれただけの話。オヤジ臭い、酒臭い、胡散臭いにタバコ臭いが追加されて、これはもう無敵のオジサンです。

タバコってコミュニケーションツールだったんですね。それを父親が教えてくれたんだとしたら、ありがたいな、なんて。

タバコの良さがわからないのに、ここ数日は時間あると吸いたくなってる自分がいます。
「惑溺性」なんて言葉を用いてJWは注意喚起してましたが、確かにそのとおり。統治体はさすがですね笑。

大学も出てないバカな中年は、いちいち何を学ぶにも遠回りです。
大学出ときゃ良かったな。
論点ズレてきたんで、このへんで失礼します。