妊娠が分かったのは3月

上司に伝えたのは5月

コロナ禍で第二子の妊娠が発覚した訳なのですが

ここでは

コロナ禍のおかげ、とも言える

私の妊娠ワークを書きたいと思います。

もちろん私が恵まれた環境にいるからこそだし、

感染したらそれどころじゃないという前提のもとの話です。



多くの場合、

コロナ禍での妊娠は不安なことも多いと思います。

だから出生数の減少が言われているのですよね。


それは、働く上で他の人と比べたハンディキャップが小さかった、という点です。

緊急事態宣言下では、半ば強制的に在宅勤務になりました。

そのころ私はまだお腹も出ておらず、

妊娠報告もしていなかったですが、

他の人と同様に家で仕事をすることができました。

その後在宅勤務は少しずつ緩和されて出社もする様になって行きましたが、

在宅のインフラが急速に整えられ、

出社可となった後も一定割合は在宅を認める様な体制となったため、

私は妊婦としての特別扱いとしてではなく、

他の人たちと同じレベルで仕事をすることができました。

これって、働き方改革で、

子育て介護世代、シニア、それから障がいを持った人たちが活躍できる構図と似ています。


ハンデを持つ人が、

ケアされるだけではなく、

フェアに能力を発揮できる状態。


前に大泉洋さん主演の映画「こんな夜更けにバナナかよ」を見ました。

その中で、今では当たり前の、駅にエレベータを設置するというものが、

1970年代の障害者運動からきていると知りました。

著者の渡辺一史さんの言う通り、

「障害者が生きやすい社会は、健常者にとっても生きやすい社会である」

というのは真理。


障がいを持ち自立生活を送られている方が、

このコロナ禍での仕事、

慣れないおじさんたちを見ていると、

どっちが障がい者か分かんないよと言っている姿を見ても同じように感じました。


ハンデを持つ人に合わせるって訳じゃないけど、

全ての人がパフォーマンスを発揮できる状態に

持っていくことって

すごく大事。


産休前、そんなことをすごく強く感じて

平常時も変えていきたい、

そう思いました。