こんばんわ。
メンタルカウンセリング Re:BOOT 代表のまっちゃんです。
さて、先日はオキシトシンやセロトニンなどの脳内物質の働きからみた言葉や肌の触れ合いの重要性を書いていきました。
僕自身、実は、うつによる記憶障害を患って、仕事も辞めてリハビリをしていたことがあるんですが、回復へのきっかけになった不思議な事柄を紹介したいと思います。
元々10年ほど前に離婚を経験し、子供2人の親権をどちらにするか等、色々もめたやり取りの中で仕事(当時新大阪で勤務、業種柄移動が大変)・話をするための元妻の実家への移動(神戸ー東京)、実家の親からのプレッシャー等々肉体的な疲れに加えて精神的にも参ってしまい、このときは心療内科にお世話になる始末。
これが初うつ病でした。
それから何年か経って40歳になる頃から仕事の忙しさと持病の免疫の病気に加えて、子育てに関して実家の両親と対立することも多くなり、うつうつとする日が続くように。
そして、ある日。
初めて会う取引先の営業さんとその上司という人と名刺を交換し、その日一日を一緒に過ごし、さんざん世間話をした次の日、また、朝から会うんですが・・・
朝の待ち合わせで顔がわからない・・・(汗)
昨日会って、一緒に1日過ごした人の顔を覚えてないんです。
待ち合わせ場所ですぐ近くにいるのに声をかけてこない僕を変な人だなと思っていたらしいです。取引先の2人。
結局、向こうから声をかけてくれたんですが、その日を境にどうも人の顔が覚えられない![]()
そんなことが続いて、そのうち自分で組んだ予定をすっ飛ばしたり、とにかく物忘れが激しくなりました、
仕事にも支障をきたすようになり、病院へ
うつによる記憶障害ということでした。
脳の海馬も少し縮小してるとか言われました。。。。
このとき。ストレスによる過食を約3年ほど続けたせいで体重も100Kg近くに(身長は184cm)、膝は曲げるのも伸ばすのもつらい状態で歩くのもしんどい状態。
身体も精神もボロボロ・・・
仕事・・・やめちゃいまいした。
治療に専念しようと。
入院や通院を繰り返している中で、精神科や心療内科の薬や治療、全然効果あがりませんでした。薬飲めばそりゃ気分爽快になりますけど、飲んだ後はまぁ、不安感の増えること増えること。自分が健康へ近づいている実感なんて沸きませんし、頭が全然クリアにならない。
精神科や心療内科の治療がいかに場当たり的かを思い知らされました。
治る自信がホントにわかない。不安が募るだけ。
そっからですかね?
やたらと本をむさぼるように読み始めたのが。
うつ関連、依存症関連、整体からトレーニング、食事について、宗教や自己啓発etc.
で、気付いたのが、本を毎日数十分読んだ後って、妙に安心感を覚えるというか、不安が少しなくなってるんです。
今、気になっていることが本を読むことでクリアになるってこともありますが、なんとなく、誰かと会話をしてるような感覚に陥るんです。読書に集中すると。
もう一人の自分と本の内容について会話しているような感覚とでもいうんでしょうか?
少し気持ちに余裕が出てきたころに
「こうして思考は現実になる」・・・パム・グラウト著
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「潜在意識をとことん使いこなす」・・・C・ジェームス・ジェンセン
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等の引き寄せ系の本を読みました。
また、依存症関連や機能不全家族に関する本によく登場する
AC(アダルト・チルドレン)
(シチュエーションによってはインナーチャイルドなんていう使い方もします)
これについても何冊か本を読みました。
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そして
自分のことをノートに書きだしてみよう。ということになり・・・
見方によっては多才だが器用貧乏であること
自分が自己評価の低いこと
誰にも愛されている実感のないこと
親との関係に成熟が見られないこと
生活の中のコントロール権限が自分にないこと
etc.
色んな問題が見つかってきました。
そのときふと
今まで自分を一番愛してくれた人って誰なんだろう?
愛してくれていると実感させてくれた人は誰なんだろう?
と気になったわけです、
「松浦くん!」(
私の本名)
と、私の名を呼ぶ声が聞こえた気がしました。
聞き覚えのある、すごく懐かしく遠い場所で響くような声
僕が中学生の思春期のころ、初めて彼女と呼べる存在ができたんですが(仮にOさんとします)、このOさんとは交換日記(昭和の時代ですから(笑))なんかをしていたのですが、僕があまりにも女性に不慣れでコミュ障でしたので日記も上手く書けないし、上手く話せないし。
でも、そんな上手く話せない、コミュ障な当時の僕の名前を教室で呼んでくれていたんですね、楽しそうに嬉しそうに休み時間になると。、
遠くから呼ぶんじゃなくて、クラスの他の仲のいい女子の腕にぶら下がるようにしてこちらに近づいてきては「松浦くん!」って恥ずかしそうに名前を呼んでくれる。
そのときの声だったんです。
聞こえてきたのが。
結局、交換日記もすらすら書けないから苦痛になってきて、何日も渡せない日が続いて、それをクラスの他の女子達に詰められる、怒られる、脅される。。そんな毎日に嫌気がさしちゃったんですね。それで、付き合い自体が嫌になってしまって数ヶ月で初彼女であったOさんとは別れてしまったんです。
すごく愛されていたんだな、何もこちらからは愛を与えることはできていなかったし、喜んでもらえるようなことをした自覚も自信もなかったのに、彼女は僕のこと愛してくれていたんだな、今度人を好きになることがあればああいう風に人を好きになりたいな。
とか、
別れに至ったのも周りからやいやい言われるのが嫌だったからで、彼女自身のことを嫌いになったわけではなかった、これをちゃんと伝えていなかったな・・・
とか、
会えることがあれば今更だけど伝えて謝りたいな
とか
考えているうちに「会いたいな」「会おう」「会える」と漠然と思い始めたんです。
同時に愛されていたっていう事実を思い出したことで、自信を取り戻したというか、正確に言うとこの時点では自信を取り戻すには何をすればいいか閃いた。
愛されていた頃の自分に戻ろう、いや、それを超えてみようと思えるようになってきたんです。
とはいえ、中学生の頃を超えるって・・・・ね。
それもおかしな話ですから。
昔、モデルや俳優業をやっていたときがあるんですが、その頃の自分を超えてみようと。
まずは見た目から。
そこからマイナス25Kgダイエットの始まりです。
これについてはまた機会を改めて皆さんにお伝えするとして・・・
で、そうこうしているうちにどうなったと思います?
なんと!
同窓会のお知らせが舞い込んできました。
Oさんのことを思い出してから5か月後くらいのことです。
これ知ったとき思わず鳥肌がたちました。
まだ会えるかどうかは当日になってみないとわかりませんけど、会える機会がこんなにすぐにやってくるなんて。でも、なんだかこの時点で確実に彼女も来るっていう確信がありました。
そして、僕の脳って言うんですかね、精神の状態もV字回復、同窓会が開かれる頃には体重も100Kg→82Kgまで減りなんとか見た目スリムな感じに戻っていざ!
はい。
再会、できました。
ほぼ30年ぶりに。
正確に言うと15年くらい前に道ですれ違って会釈だけしたりっていうのは何回かあったんですが、いかんせん向こうは僕に嫌われてると思ってるし、僕も気まずいんで話すことはなかったんですね、
そして同窓会が始まって・・・
でも、話す時間がなかなか取れなくて少しだけ。、
お互い結婚して・・・子供がいることや
僕が離婚していること。
当時、嫌いで別れたわけではなかったこと
カウンセラーをやっているということ
だけは伝えられました。
このとき、
彼女が「夫婦関係もカウンセリングしてくれるんだ」と言いながらとても暗い顔をしたのが気になって終わってから連絡を取り合ってから、こういうの運命っていうんですかね?
いろんなことが動き始めました。
彼女、ダンナの浮気や風俗遊びに15年ほど苦しめられていて、子供のために我慢を続けていた。離婚を考えているけど踏み出せずにいる。
っていう状態だったんです。
ダンナの様子を聞くと、完全な風俗依存症。DVもあるし、モラハラもひどい。
彼女自身も不眠症、神経性胃炎、軽いうつ症状、ある条件でストレスをかけると解離症状が出るなど、これ以上長引くと治すのに一苦労しそうだという状態。
早急に事態を動かしたほうがいいということで、両親にすぐさま相談、現在離婚請求中。
現在進行形なので詳しくは書けないですが、中学を卒業後、何人かとお付き合いをしたがずっと僕のことを想い続けていることを周りの友達にも言ってくれてたみたいです。
結婚する前も結婚してからも思い出してくれていたって言ってくれました。
自分のことを一番愛してくれていた人は一番初めに付き合った人だった。
しかも、自分が一番何もしてあげられずに傷つけるだけで終わってしまった人。
全て片が付いた後、将来を見据えたお付き合いをすることになっています。
過去、損得なしに一番自分を愛してくれた人が、
長い間、愛を受けられずに悩んでいて
30年を超える長い年月を経て再会してみたら
お互い気持ちが残ったままだった。
たぶん、引き寄せ×2人分だから展開が早いし、引き付け合う力が強いのかな?
長い文章になっちゃってすみません。
では、また。


