3:00AM 起床


昨晩あわててホテルの売店で購入したニット帽(1万ルピア)と手袋(1万ルピア)などの防寒具を身につけ、ロビーへ。すでにインドネシア人や欧米人など50人ほどの人がおり、ロビーは混雑。


3:30AM ホテルを出発


16名の参加者が4WDのトヨタランドクルーザーと三菱の小型バスの2台に分かれて乗り込む。


4:00AM 外輪山の頂上近くに到着


30分ほどで外輪山の頂上近くに到着。車を降り、舗装された山道を10分ほど歩き、山頂

(2702m)展望台へ。まだ、人は少なかったので眺めの良さそうな方面(真っ暗で方角がよく分からないが)の展望台を占拠。


4:30AMごろ 日の出をじっと待つ


シャツ2枚とトレーナー、ウインドブレーカーを着込んでいるが、じっとしていると寒い。座るとお尻が冷たいので立ったまま。座布団をもってくればよかった。時間がたつにつれ、展望台に人が増えてきた。数百人はいたと思われる。じっと待つのは寒いが、早く到着し場所を確保しておいてよかった。


5:00AMごろ 東の空が徐々に明るむ


眼下は一面の雲海。噴煙をあげるスメル山(3676m)やいくつかの山の頂が見える。日の出の光が雲海を照らし美しい光景。これでも十分満足できたが、参加者によると雲海がなく地上まで見通せると、月面かと思わせる幻想的な雰囲気になるらしい。


6:00AM 外輪山を出る


6:15AM 外輪山から火口へ降りる

荒野のように砂と短い草が生えるだけの場所。バスで進む。


6:27AM バスを下車

草もなくなり砂だけのところにバスが停車。バスを降りたら、一斉に馬丁たちが寄ってきて、自分の馬に乗せようとする。群がる馬丁たちを振り切って、ガイドの手配した馬に乗り、山頂へ。


うきうきしてきた。思わず「コンドルが飛んでいく」を口ずさむ。


6:34AM ブロモ山頂へ

5分ほどで階段のところへ。まだ馬に乗っていたかったがあきらめて、山頂までの275段の長い階段を登り始める。日頃の運動不足のせいか空気が薄いせいか息がきれる。ただ、参加者最年少組としては元気なふりして山頂に向かって休まず登る。


6:46AM 275段を登りきり、待ち望んだブロモ山頂に到着


山頂(2329m)は噴火口のクレーターを囲む幅4mほどの尾根。聖なる山のブロモ山では花束の捧げ物をするらしい。ここでも商魂たくましい花束売りが寄ってくる。無下に断ったら哀願の顔。

うるうるした瞳(男ですが)に負けて、もうひとつ買ってしまった。その5千ルピアで購入した花束を噴火口に投げ入れる。思いっきり投げたら噴火口近くまでに飛んだので、参加者が「願い事が叶うよ」と言ってくれた。「花束の飛んだ距離と願い事って関係あるのかな?」と思いつつも喜ぶ。

隣のバトック(2440m)を背にもうひとつ記念撮影。帰りは楽に階段を降り、また馬へまたがる。「コンドルが飛んでいく」の続きを口ずさみながら、馬にゆられて進む。


7:22AM 車に乗り込み、火口を出る

途中の外輪山からブロモ山とバトック山を撮影。さっきまであの山頂にいたかと思うと感慨深い。


8:10AM ホテルに戻り、朝食


9:10AM ホテルを出発


9:50AM 大型バスに乗り換え

乗り換え場の子供たちが見送ってくれた。早起きしたため、元気な参加者もつかの間の睡眠。


11:10AM トイレ休憩


11:29AM 右手にブナングナン山

バスから右手にブナンクナン山(1653m)が見える。富士山を髣髴させるような稜線が美しい。


11:38AM チャンディブラハンに向かうため小型バスに乗り換え


12:05PM チャンディブラハン(Candi Belahan)に到着

クディリ王朝のエルランガ王が祀られているのが、ここ。聖なる地のはずだが、ちょうど10数人の子供たちが素っ裸でマンディしていた。昔はエルランガ像があったそうだが、オランダ人が持ち帰った後、現在はモジョクルト博物館に展示されている。今はシュリーとラクシュミーの二人の美しい女神像が立っている。

右側のシュリー女神はおっぱいから水が流れ出ている。「しょんべん小僧の女神版」と納得。(え、違う?)

参加者のリクエストで、ガイドさんがシュリー女神像の乳房を触れたところをパチリ。

妙に照れているガイドさんがかわいい。棚田が望める涼しい場所で、買ってきていたマクドナルドのハンバーガーでランチ。買いすぎたので、余りはマンディしていた子供たちにあげたら喜んでくれた。


12:57PM チャンディプラハンを出発

 

1:25PM 大型バスに乗り換え


1:37PM チャンディジャウィ(Candi Jawi)に到着



この寺院はシンガサリ王国のケルタネガラ王によって建立されたと伝えられている。3階建てだったが、ある時、落雷によって崩れたため、1940年前後に現在の姿に修復されたらしい。果物市場に立ち寄るため、ここは駆け足で見学。


1:50PM チャンディジャウィを出発


1:53PM 果物市場へ

チャンディジャヴィ隣の果物市場に立ち寄る。この辺はりんごの名産地として有名。りんごは寒冷地でできるが、熱帯のインドネシアでも、高原地のマランではりんごができるらしい。ただ、日本のような大きな赤いりんごではなく、小さく緑色のりんご。甘さは落ちるが、安いのでお土産に買って帰る。


2:10PM 果物市場を出発


2:40PM シドアルジョ泥被害の現場を通過

空港に向かう途中で、昨年5月から発生している熱泥噴出被害の現場を通る。一部の高速道路は閉鎖されているそうで、わたしが通った幹線道路のすぐ右側まで泥が迫っていた。幹線脇の家々は退去しており、ゴーストタウン化。街路樹と思しき木々も有毒ガスのせいで枯れ木になっていた。現在も、地下5kmから毎日13万m2の泥が噴出しているらしい。


3:10PM 空港近くのレストランに立ち寄る


チェックインには早いので、「ラウォン」を食べに空港近くのレストランへ。「ラウォン」とは東ジャワの名物料理で真っ黒なビーフシチュー。黒い色はクルワックという名の香辛料らしい。名物料理を食べながら、楽しい旅を名残惜しむ。


4:25PM 空港到着


飛行機のスケジュールを示すモニターに我々の便の表示がないなど一騒動あったが、無事搭乗口まで進む。


6:00PM


ボーイング737-400でジャカルタに向け、出発。機内はどっきりTVを流していた。前にも見た番組だったが、思わず笑ってしまう。気がついたら着陸体制へ。


7:15PM スカルノハッタ空港に全員、無事到着


7:45PM 空港で解散


16名全員、怪我もなく全旅程を無事、終了。


楽しかった!

11:45AM スカルノ大統領墓隣のおみやげ物や


お墓隣のおみやげ物通りでスカルノ一家の写真を発見。ファトマワティ第一夫人がメガワティ大統領にそっくり。また、子供のころのメガワティ大統領はお目ぱっちりのかわいい娘だったようだ。お土産通りを抜け、ベチャに乗ってバスの待つ駐車場へ。


12:00PM お墓を出発


12:10PM スカルノ初代大統領の生家

お墓からバスで10分のスカルノ大統領の生家に向かう。下級だが貴族出身の家らしく思ったより大きかった。玄関や応接間に所狭しと写真が並べられている。

デヴィ夫人の若いころ、日本人離れした顔立ちの超美人!を見つけてミーハーに喜ぶ。台所など使われているらしく、今でも庶民に親しまれている大統領を感じた。


2:45PM レストランで昼食

高い土地を意味する「インギル」という名前のレストランで昼食。ミシンやラジオのアンティークが壁に飾られていて、メンバーの方が懐かしんでいた。料理はインドネシア料理で、海老の甘辛煮が美味しい。


3:25PM レストランを出発


4:00PM チャンディキダル(Candi Kidal)


レストランを出て30分ほどバスで走るとチャンディキダルに到着。ここはシンガサリ王国のアヌサバティ王によって13世紀に建立された。ただ、こんなにたくさんの寺院を見ると歴史に疎いわたしには全部一緒に見えてくる。

チャンディよりも、興味を引かれたチンギスハン似の、白髪&白ひげ門番おじいさんと記念撮影。


4:15PM チャンディを出発


4:20PM マンディ場を通過


バスでチャンディジャゴに向かっていると、道路わきに簡素な柵だけの女性用マンディ場を発見。みんなマンディ場を人目見ようと顔を窓に近づける中、「男性は女性がマンディしているところを覗かない」と顔を背けるガイドのコハルさん。ところが、メンバーの1人が「きれいな女性だった」と言うと、彼も思わず「そうですね」と。メンバーの「コハルさん、見たんじゃないですかー」との突っ込みに「わたしもまだ若者ですから」と頭をかきながら白状。マンディは朝と夕方4時に行われるなど、男性を中心にマンディがどうのこうのとえんえん。結局、みんな、好きなんですよね(苦笑)。


4:30PM チャンディジャゴ(Candi Jago)


マンディ話が一息ついたころ、住宅街にあるチャンディジャゴに到着。ここは西暦1268年~1280年に溶岩を素材として建てられた。シンガサリ王国の第四国王であるウィスヌワルダナ王の火葬場だったと言われている。「なんとかは高い所が好き」のためか、思わずチャンディ上まで登ってしまった。壊れかけの石が積み上げられているだけなので結構危ない。登ったあとに後悔。


5:00PM 出発


6:00PM バスの中で、アイス、コーラを食す


7:30PM 2台の小型バスに乗り換え


8:00PM ブロモ・コテージホテルに着


ブロモ山麓トサリ村の「ブロモ・コテージ」に到着。昨日のトゥグホテルと比べてしまったが、山中にお湯が出て、部屋も清潔なホテルがあるだけありがたいと思いなおす。


8:30PM ホテルで夕食


大皿に持った中華風の食事とワインで盛り上がる。


10:00PM 明日に備え、就寝

6:00AM 起床、ホテルで朝食


7:10AM トゥグホテルを出発


7:55AM ガソリンスタンドでトイレ休憩

スタンドの前の田んぼでちょうど、十数人が手で苗を植えていた。当地では昔ながらのやり方が今も生きていると実感。


8:20AM 路肩に突っ込んでいるバスを発見

快適なバスの旅も一歩間違えれば「明日はわが身」。


9:45AM チャンディパナタラン(Candi Panataran)到着



プリタナール市内に入りしばらくすると、チャンディパナタランに到着。1347年~1375年に建てられたタンガル堂、ナーガ堂、本殿のヴィシュヌ神殿からなる霊廟寺院群。タンガル(日付)堂は入り口に年代を示す碑文(サカ暦1369年)があるため、その名がついたらしい。本殿はもともと巨大な塔堂が立っていたと思われるが、現在はその基壇の3段だけ。それでもラーマーヤナの物語など見事な浮彫が施されていた。本殿頂上からの眺めが気持ちいい。


10:50AM チャンディパナタランを出発


11:15AM スカルノ初代大統領の墓に到着

広い駐車場でバスを降り、ベチャ(自転車タクシー)で3分、スカルノ大統領の墓に到着。インドネシア初代大統領だったスカルノだが、1965年の「9月30日事件」を契機に権力をスハルトに奪われ、晩年はボゴールに軟禁状態にされたまま1970年に寂しく没。その後数年は小さな墓碑に「工学博士スカルノ」とだけ記されていたらしい。しかし、スカルノ大統領の人気を利用としたスハルト大統領が方針を転換。1978年にこの地に近代的で立派なスカルノ大統領の墓を建立することになった。


スハルト大統領の肝いりで作った墓らしく、資料館など併設し近代的。大理石のお棺の周りには数十人のインドネシア人が熱心に祈っていた。スカルノのお棺の両脇には彼の両親のお棺も置かれていた。奥さんの分がないのは多すぎて(4人)置けないから、と。(笑)