数年前から繰り返し見てた夢。
遅刻して教室へ入りいつもの机につく。
先生はまたか、という表情をする。
実際の私は一回も遅刻なんかした事ない、ズル休みもしたことない。
マジメな生徒✨
にも関わらず。
またお正月も同じような夢を見てしまった!
もうこんな夢ばっかり見るの嫌!ってことでパートナー淳さんに相談。そして自分と向き合ってみました。
そこから気づいたこと↓
学生時代「世の中のフツウ」とか「こうあるものだ」みたいなのに顕在意識がガッツリ入ってた。だから学校は毎日マジメに行ってた。
学校では楽しいこと沢山あったし中学も高校も好きでした。時々は嫌になる時期もあったけど。
顕在意識では何の疑問も持たず学校に通ってました。
でも潜在意識では違和感があり、全員が同じことを習う学校教育に違和感を感じていた。朝早く起きて満員電車で学校に向かうのも窮屈だった。自由になりたいとどこかで思ってた。
当時の私が「学校に行かないといけない」「フツウ」に囚われてなければ、学校に通いながら時々は登校せず、家の裏山とか自然の中で過ごしてたと思います。
学校教育の中では集団生活の中から学ぶことは多いし、友人との繋がりもできる。生きる上で最低限必要なお金の計算とか文字のことも学べる。色々な分野のことを学ぶことができる。それを国内の子供たち皆受ける権利があるのだから、めちゃくちゃありがたいこと。
でも得意なことも苦手なことも、興味あることもないことも、ぜーんぶ他の子と同じスタイルで学ばないといけない。
それに学校では先生の言うことが「正解」になる。先生の答えに当てはまらない答えの多くは「間違い」「バツ」ってされる。
多くの教科は、ある意味テストをクリアするかどうか測られる為にあるとも言える。
子どもが「こう感じた」は受け入れられないことも少なくない。
それをおかしいって気づいてしまった子どもは、そのまま学校に居ると個性が死んでしまうと感じて登校しないを選ぶ場合もあるのだと思います。
登校しないを選ぶ子どもがいるのは不思議なことではない。
不登校が良いという訳ではなく、それを選ぶ場合はほんとに多くのことを考え配慮する必要があると思います。
ここ一年くらい、34歳になった私の中で大きくなっていた疑問の一つ。「あらゆる個性の人がいるのに、みんな学校教育を受けて同じことをするってなんで?」
何度も繰り返し見る夢はその疑問と繋がってました。
私は「フツウ」に囚われることで自分自身を窮屈にしてたと、また一つ分かりました😌
今私のお腹にはベビーがいて、この子は世の中のフツウに囚われない生き方をすると思います。お腹の中から主張してくるのでそう受け取っています。
今回の気づきは子育ての準備の一つでもあると思います。
2023年🌅
思い込みで自分自身を窮屈にしておくことなく、そういうのバンバン外しながら柔軟に軽やかにいこうと思います。
今後世の中はもっと常識に囚われない自由なものが増えていくと感じます✨✨
