​和気致祥


人を幸にする人は

幸になる





なんて素敵な言葉でしょう

そして

穏やかな字ですよね




去年10月17日に
101歳で天に召された
村山富市元総理
です




ホテルニューオータニでの
お別れの会で
司会を
つとめさせていただきました






感謝以外に
村山富市元総理に
あてはまる言葉はなく

私が人生を生きる上で
とても大切なことを
たくさん教えてくださった
存在が
村山富市さん
という方でした






40年近く前に
若い政治記者だった私は
官邸キャップに

わからないなら
直接聞けばいい

と言われ

それ以来、いつも
素直な気持ちで

知りたいことを本人(政治家)に
直接聞く

という取材手法で
正面突破の毎日でした


政治家は怪物でも
怪獣でもなく
私たちと同じ人間

だからこそ

人と人の繋がりで
わかることは
多いものです

そして向き合う政治家の
記者には
自然とわかってしまいます

大物ぶっていても
それはお金があるからなだけで
中身がない

とか

人として尊敬できない

とか

すぐにわかってしまいます

本音を言わないことも
本音を吐露することも
そして
口にしていることと
腹の中がまったく違うことも

議員として以前に
人としてどんな人なのか
よくわかってしまいます
話せばわかりますよね


私は
村山富市さんという
当時、国対委員長だった
政治家には

他の政治家には感じない
人としての
温かい優しさ

それは
表面的ではなく

万物に対して

もっというと

たとえ
敵と言われるような存在であっても
情や優しさを向けられる
類稀な
仙人のような心根の方だ

取材しているうちに
はっきりと確信しました

そして
気がつけば
30年以上
家族ぐるみで
親交を温めることができる
そんな関係となりました


あの魔物が住む永田町にいて

無私で

こうもまっすぐ
国民の幸せ
口にし

国民のために
日々を普通に
過ごしていた村山さん

朝駆けで
議員宿舎に行っても
ぴょんぴょんと
狭い玄関先で跳ねる孫たちに

じーじ、いってらっしゃい!

見送られて
ニコニコと出ていく…

そんな普通の日常の姿に

朝駆けなのに
爽やかな力をもらえたことは
政治記者としては
貴重な体験でした




村山さんは
たとえば
社民党を離れていく
国会議員が挨拶に来ても

そうか
頑張りなさい

と言って
笑顔で見送りました

本当ならば

なぜだ?!
我が党を潰す気か?!
怒ってもいい話なのに
なぜ怒らないのか?

なぜ怒る必要があるのじゃ
国民の幸せを考えて
違う党で頑張る
というのならば
目指していることは
自分たちと同じ
国民の幸せのためじゃろ?
みんなで一生懸命頑張るんじゃよ



それにしても
村山さんは

怒らない

怒鳴らない

妬まない

いつも穏やかな方でした

ご家族に聞いても

お父さんが
怒っている姿を
見たことがない

口を揃えて言います

わかります…

どんな時も声を荒げることもなく
いつも少しはにかんだような
笑顔でした
取材をしていると、議員の皆さんは
怒鳴ったり怒ったり叫んだりする人、結構多いんです



数は力の永田町で

国民のことより
俺が俺が…

お金が欲しい

というような
政治家が現れてきても


村山さんは

政治家たるもの
国民の幸せのために
頑張るのは当然じゃ

の理想は揺らがずに
他の政治家のことも
その目線で見つめ

そしてご自身は
その信念そのままで
101年を生きられた方でした



















また
思い出を
書かせてください


今、この時
安らかになんて眠れない
…かもしれないことが
気になりますが


本当にたくさんの優しさ
そして
人として本当に
大切なこと
大事なこととは何かを
教えてくださり
ありがとうございました

私の胸に遺った
優しさや本当に大切なことを
私もまた誰かにお渡ししながら
生きていきたいと思っています

ありがとうございました



無理やりのツーショットです


村山富市元総理のお別れの会の翌日

高市早苗内閣は

殺傷能力のある武器の輸出を全面的に解禁しました

戦後の平和主義に基づいて抑制してきた武器輸出政策が

大きく転換された日本の今を、そしてこれからを

村山さんはどうご覧になるのでしょう…