16日から吉右衛門が休演と聞いてガッカリして、でももしかしたら復帰するかもと期待していたら

 
ちゃんと今日から復帰!
 
よかった!
 
沼津の十兵衛も寺子屋の松王丸も吉右衛門で見るのとそうでないのでは随分違うと思うよ。
 
歌舞伎ってお話の内容より、役者だからな。
 
どっちのお役も吉右衛門ならではって感じ。大満足。
 

 
 
 
今回の大お目当ては仁左衛門の勧進帳、弁慶。

幸四郎の弁慶は見たことあるけれど仁左衛門は初めて。
且つ、多分最後だよな。
 
弁慶は何人の役者さんの弁慶を見たかなあ?けっこう見ていると思う。4人?くらいかしら。
 
多分、そのイメージよりは仁左衛門さんの弁慶は上品。落ち着いた感じ、美しい。
 
今まで見たやつはともかくパワフルで激しくて茶目っ気あって、これでもかあーって感じだった気がする。
 
そういう弁慶に見慣れていると仁左衛門さんの弁慶は物足りないかもだ。
 
でも、お話的に言えば弁慶の胸のうちって頼朝に追われる主のことを思うと、悔しくて、苦しくて、辛くて、責任重大で〜〜〜〜
そしてこの関所では、敵を欺くためとはいえ主を打擲してしまった!!〜〜
心は潰れそうなはず。
パワフルだけで突っ走る話ではないのかもしれない。
 
って思って、
 
役作り、役の腹の解釈とその表現って難しいことなんだなって改めて思った。
 
現代劇みたいな心の演じ方もあるだろうし、歌舞伎ならではの美しい身体の表現での心の演じ方もあるだろうね。
多分、伝統、伝承ということからいうと後者は前者より意識していかないと廃れていってしまうものかもね。