2年振りに投稿します。人との接続、絆は、社会の構成員の一人と云う状態に完全になる、と言う点では、この2年間の努力で上手く行ったと思います。多分ですけど。また、愛に成りたいと、書きましたが、これも、多分上手く行った、と思います。多分ですけど。そう言う確信っぽい物が有る積りなので、ブログで発信しても大丈夫だろうと思い、また投稿します。

  ブログのタイトルで、生きて行くと言う事について思う所としましたが、スピリチュアルで得た知識と自分の人生を振り返って、思う所を述べます。

 魂が創造されて、それぞれの魂は神と同じ能力を与えられたから、創造しながら、生存して来たと言う事だとして、私は今、生活しています。それぞれの魂は物質界も創造して、物質を直接、直に体験する為に人間の肉体も創造して、そこに宿ったりしている、と言う事にして、私は今、生活しています。従って、そうであるならば、イエス・キリストの話もモーセの話も嘘で無いだろうと云う事にしていますが、要するに其れが本当か嘘かは、自分が日々の生活で、本音でそうだと思うかどうか、だけだと、思っています。

 奇跡が起こせる状態にはなっていませんが、その前提としての、社会の一員、と言う状態にはなった、と思ったので、後は聖賢の教えを実践するだけ、と云う状態になったと思っています。

 生きて行くと言う事ですが、魂の存在を認める立場にたち、上記の様なスピリチュアルの説を採るなら、生活し生きて行くと言う事は、なるべく、魂が創造された当初の魂の状態で生きるのが、最も自然で、合理的で、上手く行く、と言う事に成ると思います。ただし、現在の地球の状態は、そう言う生き方には、障碍だらけ、とは思います。世の享楽に生きるのか、神のお望みの通りに生きるか、信仰を貫くのか、個々人が選択する事になり、もう皆、選択していて、宗旨変えも自由だと言うことは、皆分かっていると思っています。

 以上、生きて行く、と言う事について思う所を述べました。また、投稿するかも知れません。では、また。