唐突では有るが、

ハードコアパンク界で最も知名度の高い人物は誰だろうと考えてみたのだが、

ギズムのSAKEVIとグールのMASAMIが2大候補ではなかろうか。

 

 

ギズムは、ボーカルスタイル、メタリックなギター、楽曲スタイル、世界観、アートワーク、ファッション性、そしてヴァイオレンスなステージと、日本ハードコアパンクの方向性を決定づけた正に王道・伝説のバンドで、SAKEVIはこのギズムそのものである。好き嫌いはあるにせよ、ギズムを聞いたことがない当時のハードコアパンクスなどいないだろうし、パンクが好きになるような頭の悪い当時の若者にとってその存在感は圧倒的で、影響を受けないはずは無い。少なくとも私は直撃を受けた一人だ。ISHIYA的に表現すると「日本ハードコア最重要バンド」であることは間違いなく、JPハードコアパンクの世界での知名度は圧倒的にSAKEVIである。

 

一方、MASAMIの率いるグールはに人気が高いハードコアバンドであったが、ギズムのフォローワーバンドの1つである印象はぬぐいきれない。ハードコアの黎明期を支えたのがギズムで、拡大期の中心にいた1つがグールと言えよう。JPハードコアパンク界においてはギズムの存在は巨大であったが、その売り物の暴力性が原因で活動は自然と閉鎖的となる欠点があった。この閉鎖性から脱却に成功したのがラフィンノーズである。チャーミーは、思考の柔軟性と社会への適応性が抜群であり、バンドブームの追い風も受けてその才能を開花させ、一気にメージャーデビューし人気バンドになった。残念なことではあるが、成功の過程でラフィンノーズはハードコアパンク的な魅力は失ってしまった。

 

 

グールも閉鎖的なシーンで活動する1つのハードコアパンクバンドであったが、MASAMIがハードコアパンクの世界の外で、一気に有名になる出来事が起こった。

ファッションモデルとしての活躍である。それも、ハードコアパンクスのままのMASAMIとして。

 

1980年代後半に絶大な人気を誇っていたストリートファッションブランド「ヒステリック・グラマー」であるが、このブランドの評価を決定的に高めたのが1988年の達川清による広告写真である。

都内でゲリラ撮影されたシリーズもので何枚かあるのだが、この1枚が出色の出来である。

とにかくカッコイイので見て頂きたい。
 

 

中央分離帯で信号が変わる直前にゲリラ撮影されたこの写真であるが、単なるファッションブランドの広告らしからぬ緊迫感が伝わってくる名作である。(ちなみに、原宿の明治通りと表参道の交差点を明治神宮側から撮影したものだ。)

特に中央左右2人の存在感が半端ない。左がMASAMIで、右が後に世界的現代アートの第一人者となる森万里子である。シンプリー・レッド(全英1位にもなったイギリスの世界的ロックバンド)のドラマー屋敷豪太も後ろにいたりして、かなりの強者が並んだ写真のはずであるが、この二人のオーラは別格である。

 

この写真を初めて見た時はカッコいい写真だなあと純粋に思っていたのだが、よく見るとMASAMIが写っていてそれはそれは驚いた。パンクがかっこよく一般広告に出ているってのは、かなりの衝撃であった。パンクなどおしゃれなファッションブランドの世界から最も遠い位置にある存在で、嘲笑の対象であっても憧れの対象ではなかった時代である。まだ横浜銀蝿みたいなツッパリファッションの方が社会的認知が高かった。

30年以上も前の写真であるが、未だにその破壊力は色あせていない。最近も写真展が開かれたばかりである。

 

 

 

この写真以外にも、ヒステリック・グラマーの商品カタログにも登場していてこれまたカッコイイのであるが、当時の資料を紛失してしまいお見せできないのが、残念である。

 

SAKEVIも山本政志監督映画「ロビンソンの庭」で俳優の活動をしているではとのご意見があるかもしれないが、映画での演技は評価できるものでは無く活躍したとは言い難い。ステージでは存在感抜群であるのに、演技ではそれが生かせなかったようだ。

 

また、ブルーハーツの「ぼくの右手」がMASAMIをモチーフに作成された話は有名である。この作品でのヒロトのMASAMIへの敬愛ぶりは相当なものと感じ取れる。

MASAMIはその人柄からかハードコアパンク以外のミュージシャンとの交流が広く、ヒロト以外にもX JAPANのYOSHIKI、TOSHIなどの名前が上がってくるのは興味深い。

 

更なる方面での活躍が期待されたMASAMIだったが、1992年に35歳という若さで他界してしまった。

 

ロックヒーローは早死にすることが多く、それはそれで伝説化してカッコイイ面もあったりするが、早すぎるMASAMIの死は残念でならない。存命ならばハードコア界にも違う風が流れていたかもしれない。

グールのメンバーはMASAMI以外も、MAXとゴーストがすでに鬼籍に入ってしまっており、残っているのはTETSUだけで悲しい限りである。余談だが、TETSUはGASのNARUMIと結婚して、確か地元の倉敷でBAR「Ghoul」を営んでいると聞いたことがある。ネットで検索してみたのだが、情報は得られなかった。やめてしまったのだろうか・・・

 

その一方で、SAKEVIは元気にGISMの活動を続けている。

つい先日の2020/12/8もリモートライブでも、その存在感を知らしめたばかりである。

しかし「地蔵」と揶揄されたほど動かないステージパフォーマンスは、膝か腰でも悪いのかと心配だ。

 

なにはともあれ、

SAKEVIにはJPハードコアパンク界の重鎮として、長生きしてもらいたいものである。