日本の漫画は死んだ

雑誌一冊に
10以上の漫画が連載されているのに
面白い漫画は1~2作品

好きな漫画だけ立ち読みされて雑誌が売れない
単行本が古本屋を行き来する

内容の軟弱化
規制強化
読者の精神的低年齢化

似たり寄ったりの新作
出ては消え
出ては消え
出版社は同じ事の繰り返し

映画化
失敗
アニメ化
失敗
ドラマ化
失敗
しかし
成功したふり

ネタの引用
ネタの使い回し
あからさまな真似
ありきたりな演出
口先だけの個性
流行にもみ消される本質

決して無くしてはいけない物を失い
必要の無い物を身につける

過去の作品が過去の作品にならないのは
現在の作品が現在の作品になれないからだ

漫画は死んだ。
死んだ事に気付かずに
宛も無くさ迷う。
蘇生は出来ない。
生まれ変わる事は出来る。

いつか
俺が救世する。

拒絶されるのは知ってるけど。



わかりあえない事を理由に遠ざける事は
自分が直面した問題からの逃走だと思うから
相手に理解されなくても相手を理解できなくても
なんとか理解しようとしないといけない
理解しようとすべきだと
俺は考える

だから
相手に自分の考えをいくら伝えても相手を動かせないならば
自分が相手を理解出来るように考えを巡らせる

たとえ
その結果自分なりに理解した相手の考え方や生き方が
自分の考えにそぐわなくても
それを越えなければ本当の人間関係とは言えない

気の合う人や自分に対して無害な人とだけ付き合う事や
理解してくれる事を望む事は
本当の人間関係ではない

理解して欲しいにしろ
理解できないにしろ
たとえ相手が明らかに間違っていても
自分の許容範囲を広げて
自分を動かす事しかできないし
しなきゃいけない

お互いが
様々な条件を飲み込んで相手を理解しようとする事で
いつか理解し合える
その関係のみが
本当の人間関係

アイツはわかってくれない とか
アイツの考え方は理解できない なんて言ってる間は
薄っぺらな人間関係ごっこに浸っているだけの幼子だ

しかし
その薄っぺらな関係に満足している人をも
理解し受け入れてこそ
人として
人になれると思う

だから俺は
多くを受け入れたいと思う
多くを受け入れたいから
多くを否定する
原石を磨いて宝石にするように
否定というヤスリにかけた真実を
真実に少しでも近い物を見聞き感じる事で
信じる事ができ
受け入れる事ができると思うから

良い所を探す必要は無い
悪人は悪人として信じ
悪人として受け入れる

人として生きる覚悟という物は
そういう物だと思う。



ふと思ったんだけど、アカペラって ボイパが良いなら楽器使って良いんじゃない?
楽器使ったらアカペラじゃないなら ボイパやってもアカペラじゃないでしょ。
アカペラとかボイパが何にプライドを持ってるのかよくわかんない…。

「助けて~わかる人~!」(「知りたがり」より)