やっぱりビートルズサウンドの核になってるよ、リンゴって。
ラブ・ミー・ドゥ聴けば良く分かるよね、分かるでしょ。
1年なんて本当に早なー、もう3月だもんなー。
躁転だ鬱に入ったなんて騒いでいるうちに3ヶ月も経ってしまった。
この間、僕は何をしてたんだろう。
うーむ、そう考えると何もしていない様にも思えてきて
とてもむなしくなってしまう。
1っこくらいイベント有ったろう、と考えてみても躁転の時に
親父におもいっきり食って掛かった事ぐらいしか思いつかない。
あ!でも去年の夏に躁転した時の事をクラスの女の子に思い出されて
あいつは詐欺師だと影で言われた事を思い出した。
こんな陰口、双極1型を長いことやっていると、なれっこになってしまい
なんとも思わないけれど、この感覚の鈍感さがかえって怖いかも。
でも仕方がないんだよね。
自分じゃどうしようもないんだから。
なんせハイテンションになって王様になって
下々の者に講釈をぶっている自分の愚かさに気が付かないんだから。
ダメなもんはダメなんだから、そうあきらめるしかないんだよ。
きっと。
そして今、また短期の躁状態(少し前は鬱で地獄を見た)に入ってきていて
ふとドラム習いたいなーと思い、教室に無料体験レッスンを申し込んでしまった。
楽譜も読めないし音痴だし、こんな僕があんな難しい楽器を
扱う事なんて出来っこないと思うんだけれど
電話対応してくれたおねいさんの
「大丈夫ですよ、80代の方もいるんですから」
の言葉に乗せられて、その気になってインターネットでドラムセットって
どのくらいの値段なんだろうなんて調べてみたりして。
だいいちドラムなんて置くとこないし、たたける所だってないし
生ドラじゃないのもあるけれど、あれはいかのも味気ないし。
それでも講師の先生に「この曲を叩きたいんです」って分かってもらうために
DVDにYou Tubeから動画をダウンロードしたりして
準備だけはしっかりやってるし。
明日クリニックなんだけれど、前回は超調子が悪くてクリニックには
奥さん(法律上は離婚状態なんだ)に行ってもらって薬を送ってもらったのに
「躁転している様です」なんて恥ずかしくて言えないよなー
なんて思うと、いきなり明日が憂鬱になったりして。
まったくどうなってるんだ俺の状態は。
2人が1本のマイクに向かって録音した事で、より一体感が増している。
最近、ひさびさにMACDを使うようになった。
このテクニカルでひどいめにあった事があるので(スイング)
MACD恐怖症になり、数年ものあいだ封印していた。
あの時は日足で、ものすごくいい感じになっていて
MACDを見ても最高のシグナルを出しており
ここでスイングやらなくて、どこでやるの?
っていう感じだったので証拠金に対して
少し大きくポジションを取ったんだけれど
それが大きな間違いに。
完全にギャンブラーの誤謬と化し大損失。
その時は新しい業者を初めて使っていたので証拠金も
ぎりぎりにしていて強制ロスカット。
撃沈。
もう絶対にMACDは使わないと誓ったのであります。
しかし最近になって複数(組み合わせは重要)の通貨ペアで
MACDを見ていると、かなり高いパフォーマンスが出る事に
気がつき、早速最低ロット(1ロット1000通貨)で実験しているんだけれど
やっぱり良いのです。
本当にいい感じ。
そろそろ20000通貨くらいにサイズアップしてみようかなー
なーんて考えている今日この頃であります。
うまく機能してくれるといいんだけれどなー。
楽しみ楽しみ。
ひさびさのトレードの話。
最近、チャートの表示をろうそく足からバーチャートに変えてみた。
チャートはろうそく足という固定観念があり、今までろうそく足以外の表示を
したことがなかったけれど、バーチャートの方が僕には向いている
感じがする。
とにかく売り買いの動きがろうそく足よりはるかに見やすい。
またろうそく足はなんとなくせかされている感覚になるが
バーチャートはテクニカルと見比べながら落ち着いてポジションを
取る事が出来る。
10年以上のトレード経験があるけれど、もっと早くバーチャートにしていれば
初期のでっかい損失は出さなくともすんだかも知れないなー。
なんて思ってみても後の祭り。
もしバーチャート使ったことがない人は一度ためしてみると良いかも知れませんよ。
本人がベストプレート言ってはばからない曲。
『RAIN』
ゴスペル・ブルース・JAZZなどを経てR&Bへ。
1950年代、チャック・ベリー バディー・ホリー エルビス・プレスリー
などが登場し、彼らを憧れ育ったビートルズの4人が1960年代初期に登場した。
しかしJAZZの時代もR&Bの時代もドラムのパートは
どちらかというと単にリズムを刻むだけの扱いだったため
レコーディングでも特定のプレイヤーが担当する事無く
スタジオミュージシャンが担当する事も多かった。
その様な扱いをされていたドラムスであったが、ビートルズの一員として
リンゴ・スターがロックシーンに登場し、ドラムが単にリズムを刻むものでは
なく楽曲にとって重要不可欠な存在となった。
それにもかかわらずリンゴ・スターの評価が低いのは
今、現在の打ち込みや(これはもはやメトロノームと変わらない)
ドラマーの技術の進化やドラムスの構成そのものの進化に
よるところが大きいと思う。
例えば1960年代のF1マシンとドライビングテクニックと
現在のF1マシンとドライビングテクニックの違いを見れば良く分かると思う。
リンゴ・スターはミュージックシーンにおけるドラムの開拓者である。
もしかすると彼の存在がなかったらドラムの扱いは、60年代後半まで
それまでのR&Bなどの時の位置付けから脱皮する事は出来なかったかも知れない。
さらに既にご紹介した通り、彼のプレーをコピーする事じたい
現在でも相当に難しい。
彼のプレイスタイルは他の3人のプレイに上手く乗っていく
言い方を変えると寄り添っていく、しかし媚びない。
これは楽曲を支えるムードメーカーだったとも言える。
すなわちリンゴ・スターなくしてビートルズは存在しえなかったとも言えるのだ。
1つの例として、あのヘイジュードのベースは
ジョージ・ハリスンが担当しており不自然に感じない事でも分かると思う。
ベース=ポールという固定観念があるが、そのベースでさえポールの
代わりをするプレイヤーがいたということだ。
しかし先にご紹介したBack In The U.S.S.Rのドラムパートをリンゴではなく
ポールとジョンが叩いており、そのクオリティーがあきらかに低い事でも
ビートルズにはリンゴ以外のドラマーは考えられなかったと言える。
ビートルズサウンドを支えていたのはリンゴ・スターだったのだ。
この事の証明に、ビートルズ解散後のポールのバンドである
ポール・マッカートニー&ウイングスのクオリティーでも分かると思う。
明らかにビートルズ時代のクオリティー・オリジナリティーに勝ることはない。
これらの意味で彼に対する不当に低い評価を見るにつけ、不愉快にすら感じる。
リンゴ・スターは1960年代最高のドラマーだったと言い切ることが出来る。
リンゴ・スターはまさにビートルズオブビートルズだったのだ。
みたいな事さけんでたんだけれど
やっぱ僕しくじったなー
きっと
本当は彼のStrawberry Fields Foreverものっけたかったんだけれど
音質が悪くて断念。
興味が有る人は探してみて