壊れました。
はい、壊れましたよ~!!
1回目を書い ておいて2回目をずっと書かなかった。それはなぜか。
自分の利益にならなかったからである。
ま、当然だよね。
ってことで、じゃあどうすれば自分の利益になるのか。
オナニー日記を書けばいいのである。
そして自己陶酔に浸ればいいのである。
ってことでこれからはオナニー日記を書きます。
どんぶりをかいしてのコミュニケーションと悶々とした四年間。
さっきかんがえてたのはそんなの。
オナニー日記を書き散らします。
なぜ壊れたのか。それはまたいつか。
壊れました。
はい、壊れましたよ~!!
1回目を書い ておいて2回目をずっと書かなかった。それはなぜか。
自分の利益にならなかったからである。
ま、当然だよね。
ってことで、じゃあどうすれば自分の利益になるのか。
オナニー日記を書けばいいのである。
そして自己陶酔に浸ればいいのである。
ってことでこれからはオナニー日記を書きます。
どんぶりをかいしてのコミュニケーションと悶々とした四年間。
さっきかんがえてたのはそんなの。
オナニー日記を書き散らします。
なぜ壊れたのか。それはまたいつか。
さっそく、真面目にマスコミに関して思うところを記していこうと思います。
第一回のテーマは「自戒の念」です。
マスコミもしばしば報道などで過ちを犯すことはあります。
自戒の念を込めて、マスコミ自身がマスコミの悪いところを正すというのは必要でしょう。
ただ、マスコミの言う「自戒の念」とは、本心なのでしょうか。
よく槍玉に挙げられる朝日新聞ですが、昔サンゴ礁が傷つけられているという記事を捏造し、その記事を書いた記者自信がサンゴ礁を傷つけた記事を掲載したということがありました。
それが発覚してから数日後、「声」欄にはこの事件に関する様々な批判が載せられました。
朝日新聞的にはこれは自戒の念を込めたつもりだったのかもしれません。
・・・でもよく考えてみると、おかしくないでしょうか。
なぜならこの朝日新聞に対する批判を載せることは、別に朝日新聞のダメなところを新たに発覚させたわけではありません。
それどころかこの批判文を載せる事によって同情を引くこともできますし、あくまでも私たちは反省していますよというスタンスを見せることができます。
この批判文をもし載せなかった場合のメリットは、声欄を読み一面などを読まない人には今回のサンゴ事件を知らさないでおけるということぐらいではないでしょうか。
本当に朝日新聞は自戒の念を込めてこの行為を行ったのでしょうか。
自分たちが反省しているように見せかけて、自分たちに有利にしようという動きがあるのかもしれません・・・。