坊ちゃんの“おつかい”で葬儀屋さんの元を訪れると、店のドアを開けた途端に大量の花びらが降ってきた。
店の奥にあるカウンターには、花束を持ったままニヤニヤと笑う店主。
よく天井を確認してみると、籠のようなものが糸で吊られていた。
その糸が壁を伝いドアノブに括り付けられている。
どうやら、ドアを開けると上のものが落ちてくるだけの、トラップと言うにはあまりに幼稚で初歩的なイタズラを仕掛けられていたらしい。
「……それで、これはどういう意味でしょうか」
死神流の出迎え方なのか、それとも遠回しの嫌がらせなのか。
どちらにせよ、皮肉には違いない。
「いやぁ、聖水のシャワーじゃなくてよかったねェ~」
やはり皮肉か。
「6月6日って君の誕生日だろう?」
「ヨハネの黙示録に記述されている、獣の数字のことでしょうか?」
13章18節にはこう記されている。
『ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である』
それが転じて、悪魔の数字と呼ばれるようになり、いつしか6月6日が悪魔の誕生の日だという根拠のないデマが流れるようになった。
聖書を諳んじてみせると、相手はさも面白くなさそうに隠し持っていた聖書と聖水をカウンターに置いた。
「なぁんだ、悪魔には聖書と十字架と聖水が効くっていうから試してみたかったのに」
「そんなもの見せられたくらいでは何ともありませんよ。私をそこら辺の雑魚共と一緒にしないでいただきたいものですね」
「だって、狩るのがお仕事だったから、そんなもの試したことなかったんだもん」
聖水のビンをそのまま投げつけようとしてきたので、慌てて取り上げる。
そんな高価なものをたかが悪魔一匹に投げつけるなんて、頭がおかしいとしか思えない。
「あ、やっぱり苦手?」
「違います。貴方これがいくらするのかわかってるんですか」
「さぁ? けど、ストックなら沢山持ってるから一本くらい無駄にしてもどうということはないよ」
もう一本を取り出そうとしていた腕を何とか掴んでテーブルの上に乗せる。
実験するのは一向に構わない。
しかし、そういう高価なものはもっと有益なことに使ってもらいたい。
「ヒヒヒッ、冗談だよ。伯爵の執事くんにそんなことするわけないじゃない」
そう言った彼の目は笑っていなかった。
いや、目は前髪に隠れて見えてはいないのだから、正確にはオーラが笑っていなかったことになる。
これだから死神は性質が悪い。
特にこの男は何を考えているのかも、どこまで本気なのかも検討がつかない。
早く用件を済ませて屋敷に戻りたいと溜息を零していると、忘れる所だったと、目の前に花束を突き出された。
「はい、プレゼント」
カウンター越し、しかも相手は座ったまま。
片腕は私に掴まれたまま、片腕は大きな花束を掴んだまま。
何もできないとは思うが、何かをしてこないとは思えない。
「……何です」
警戒しながら花を見る。
受け取ったら爆発するような仕掛けでもされていたらたまったものじゃない。
「悪魔を毒殺にでもしてみますか? それとも、先程仰っていた聖水にでも浸してあるのでしょうか?」
「どうしてマイナスにしか考えられないのさ。ユーモアのない奴って、小生キラ~い」
「プレゼントにありきたりな花束なんて、ユーモアがないのは寧ろ貴方の方ではありませんか」
その言葉を待っていたと言わんばかりに笑みが濃くなる。
「ヒッヒ……この花はねェ、普通の花じゃない。クロユリなんだよ」
花言葉は呪い。
「トリカブトとも迷ったんだけど、英国だと騎士道って意味になっちゃうから面白くないと思ってね。誕生日に死神が悪魔に、手に入れた者が不幸になる花を贈るなんて、なかなか面白いジョークだと思わない?」
そう言って、両手いっぱいの花束を私に押し付けた。
ブラックジョークにも程がある。
この男はもう一つの言葉を知っていてクロユリを渡しているのだろうか。
目の前の相手は相変わらず笑顔で、私の顔を見て反応を窺っている。
だとするならば、皮肉には皮肉で返すしかない。
「……嬉しいです。まさか私の事をそんな風に思っていて頂けたなんて」
「おやおや、悪魔って皆総じてドMなのかい?」
想定外の返事だったのか、嬉しそうな声で切り返された。
「まさか……しかし、こんな熱烈なプロポーズを受けたのは久しぶりですよ」
「……へ?」
今度は本当に想定外なのか、間の抜けたような声が返ってきた。
もしやと思い同じように畳み掛けてみると、言葉の意図が理解できていないようで明らかに動揺しているようだ。
これはいい。
今までさんざん弄られてきた分のお返しをしてやろう。
「クロユリのもう一つの花言葉は恋ですよねぇ?」
魔性の まま魔性の香りが強く、魔性の花とも呼ばれる悲 恋の花。
そう伝えた瞬間に、ようやく今までの言葉の意味に気が付いたらしい相手は更に動揺し始めた。
「ちち、違うっ! プロポーズとか告白とかじゃなくって、そんなんじゃなくって……!!」
「好きな相手に程意地悪したくなるってやつですか」
「ただの嫌がらせだよ!! 困ればいいと思っただけだもん!!」
やっぱり嫌がらせか。
「そうですね、困りました。告白されたのはいいとして、私は攻められるのが嫌いなんですよねぇ……」
「攻……!!?」
掴まれたままの腕を振りほどこうと必死の彼を上から見下ろす。
「嫌っている害獣の誕生日を祝って、更にクロユリの花束をプレゼントするなんて。ドMなのはどちらでしょうね?」
「うぅッ……!」
何も言い返せなくなったのか、睨みつけるだけでそれきり口を閉ざしてしまった。
一方的になじられるのはムカつくが、反撃ができるのならこれもなかなか悪くはない。
「気に入りました。恋の花を両手いっぱいに渡してくださるなんて、」
悪魔の誕生を祝ってくれるなんて悪趣味なジョーク、貴方くらいしかしませんよ。
ありがとうございます。
最高の誕生日プレゼントですよ。