アリキリ -2ページ目

アリキリ

働くことをテーマにした小説ブログです

オクダはアリーよりも2学年上の学生で、同年代ということもあって身近な存在だった。といっても、アリーのシフトは夕方5時か6時に入って夜の10時、オクダは大抵そのあとの深夜帯シフトだから、それほど多くの言葉を交わすわけではない。ただ、同じ学生なのに、アリーの同級生男子たちにはない、物静かで落ち着いた雰囲気がそう思わせたのかもしれない。細身で背の高い体形で、細いフレームの眼鏡をかけた佇まいはいかにも都会育ちの青年に見えた。

 

アリーは自分のシフトが終わると、帰り支度を整えてから店内をひと回りして何かしら買って帰ることが多い。別に、店やキリヤマに気を遣ってそうしているわけではない。一番近いスーパーは、帰り道からほんの少し逸れているので寄り道するのが面倒だった。夕飯用にお弁当だったり、お風呂上がりのアイスクリームだったり、帰り道に歩きながら頬張るあんまんの時もあれば、翌朝の朝食用のパンの時もあった。買うものや目的はその日によって違った。

オクダはいつも、アリーが買ったものをレジに通しながら言葉をかける。「あ、これ、オレも好きだよ」とか「新商品じゃん。今度、オレも買ってみよっかな」とかの愛想良い言葉の時もあれば、「こんな時間にそんなもの食べたら太るよ」なんて、シニカルな笑みを浮かべながらわざとデリカシーに欠ける言葉を吐く時もあった。そんな、微かに乙女心を引っ掻くような台詞も、オクダの笑った口元からわずかに覗く欠けた前歯の隙間が、オクダ本人の隙を垣間見るようでアリーを和ませるのだった。

 

学校生活にも日常の生活にも慣れ始めた4月半ばの日曜日、アリーは秋葉原にいた。宮城から上京したという同じ学部の同級生となったヒトミから「秋葉原に行ってみたいの!一緒に行って」と懇願されたからだ。ヒトミは、所謂、“二次元派”というやつで、アニメや漫画のキャラクターに恋する乙女だった。アリーは特にそういう趣向ではないのだが、趣味趣向は別として、同じ東北出身ということで仲良くなった。それに、今どきは、“二次元派”も市民権を得ているので、そうそう毛嫌いされるようなものでもない。アリーも“サブカルの聖地”などと言われる秋葉原という場所に一度は行ってみたいと思っていた。

秋葉原は大学への通学路線のちょうど中間地点にあった。かつて、『電気街』と呼ばれた秋葉原も、今は、「サブカルの聖地」、そして「人気アイドルグループを生み出した街」としての方が通りがよい。休日となれば、大通りは外国人観光客とアリーたちのような地方出身者で溢れかえっている。ひと昔前、メディアでも大々的に取り上げられていた「メイド喫茶」文化はすっかり日常の景色に溶け込んだ風景で、当たり前のように、通りのあちこちにメイド服を着てビラ配りをする少女たちがいた。アリーがどことなく他人事のように、それほど歳も変わらないメイド服の少女たちを眺めるのとは対象的に、ヒトミは興奮気味だった。いつか、コミケという大イベントにも参加したいと言っていたが、アリーは「それには誘われませんように…」と心の中で祈った。

 

ヒトミに誘われるまま、有名(らしい)なメイド喫茶に入り「お嬢様」などと首筋がくすぐったくなる呼び方をされる羞恥プレイみたいな時間を過ごし、二人は再び大通りに戻ってきた。「秋葉原」を「アキバ」などと馴れ馴れしく口にできる程に街の雰囲気に馴染んだころ、アリーは一人のメイドに目を留めた。ビラ配りをしている、周囲よりも大柄なそのメイドは体格以上にその美貌で目立っていた。にこやかな笑顔でビラを配る美貌のメイドを、アリーは不思議な親近感を持って凝視する。「オクダさん!?」過去の想い出がフラッシュバックしたみたいに、美貌のメイドの横顔にオクダの横顔がオーバーラップした。ウィッグを着けているのか、明るめに赤みがかったロングヘアだが、美貌のメイクの奥にオクダの面影が残像のように重なり合っていた。似ている?本人?アリーの視界の中で、メイドの周囲がホワイトアウトしてゆく。

長い間見つめていたのか、ほんの短い時間だったのか、もはやアリーにはわからない時間が経過する中、一瞬、目が合ったような気がした。美貌の大柄なメイドは、眉ひとつ動かすことなく笑顔のままでビラ配りを続けたが、アリーは見逃さなかった。笑った口元に前歯の欠けた隙間が見えた。驚愕とも落胆とも言えない複雑な気持ちがアリーの中で渦巻いていた。否定したいわけでもなければ拒絶したいわけでもない。どこか、できれば受け入れたい気持ちと、見てはいけないものを見た気持ちが綯交ぜになりながら、徐々にアリーの視界の吹雪が静まって景色に色が戻った。

「これが東京なんだ」「ここは“アキバ”なんだ」アリーは自分に言いきかせるように妙な言い訳を思い浮かべ、ヒトミのいる方に視線を移す。無邪気にアキバの風景をスマホで撮影するヒトミを眺めながら、「“コミケ”には行かないよ」と、アリーは独り堅く誓った。

オープニングの2日間は、まさしく目の回る忙しさだった。皆、ろくにトイレに行く暇もない、というより、トイレに行く時間も惜しいほどに仕事量が多かったのだ。初めての労働に充実感を覚えながらも、アリーはふと思った「毎日、こんなに忙しかったら続けられないよ(泣)」

そんなアリーの想いは杞憂におわった。と言ったらキリヤマに失礼かもしれないが、営業3日目からはそれまでの2日間が嘘だったみたいに落ち着きを取り戻した。コンビニエンスストアの開店なんて、得てしてそういうものだ。といっても、住宅街の幹線道路沿いにあるキリヤマの店はそれなりに客足はよかった。朝はさまざまな工事現場に向かう作業員たちを乗せたワンボックスで賑わい、昼は隣の敷地に建つ電子部品の会社の従業員や近所の主婦でレジ待ちの行列ができた。夕方になれば学校帰りの高校生が、夜も遅くなれば帰宅途中の社会人が立ち寄り、すっかり街の風景に溶け込んだ“模範”と言ってもいいコンビニエンスストアとなっていた。

 

カトウは家族が家を空ける昼間のシフトに入っているので、アリーがカトウと顔を合わせるのは夕がたのシフト交代の時だけだ。前にもコンビニエンスストアで働いていただけあって、カトウは全ての業務を手慣れた様子でマスターしていった。レジの機種が違うとか、商品の並び位置が違うとか、細かいルールの違いはあっても基本的なことは変わらない。アリーがシフト交代のタイミングでたまたまレジが混雑していて慌てて店に出ようとする時でも「大丈夫だからね~」などと声を掛けてくれた。

カトウはオープン初日の混雑にも落ち着いたもので、「黄金小麦食パン」の在庫がなくなってしまい、キリヤマとダース・ベイダーに『後日引換券』の発行を提案したのも彼女だった。「前の店でもね、あったのよこういうこと」カトウは、バックヤードでの作業中、アリーにこっそりと告白した。「あたしくらいのおばちゃんは何でも言えちゃうからさ」カトウはあっけらかんと笑って言ったが、キリヤマもダース・ベイダーも二つ返事で受け入れていたし、アリーは、片田舎でのんびり過ごしている自分の母親とそう変わらない年齢のカトウの機転と度胸に感心していた。

たったひとつ、アリーが苦手なのはカトウのゴシップ好きな一面であろうか。といっても、アリーだってきっと、カトウくらいの年齢になればそうなっているのだろうが…。珍しく、シフトの交代時に店内に客がいない日、カトウがバックヤードでアリーに話しかけてきた。「カオルさんているでしょ?彼女、ちょっと怪しいのよ」なんと言っていいかわからず、言葉につまったアリーに、カトウは続けた。「あの子、多分、不倫してるのよ」どうでもいいことだし、知らなくてもいいことだったのだが、アリーは「え?ホントですか」と反応を返す。驚いたのは本当のところだが、むしろ、知らない方がよかった。アリーはカオルとは、それほどまともに口もきいていないのだ。そんな間柄で、こんな内容の先行情報を刷り込まれても困るだけである。

「こないだね、あの子と昼間のシフトが一緒だったの。あんまりないんだけどね。」アリーは内心、「早くお客さん来て~」と思ったのだが、願いは届かなかったようだ。結局、学校帰りの大学生が来店するまでの二十分の間に、たまたま同じ日にシフトに入った日の夕方、違う結婚指輪をした男性がやってきて一緒に帰って行った物語が完結してしまった。ゴシップを楽しめる歳にはちょっとばかり早いアリーは、まだ第一印象も抱いていないカオルに対するネガティブインフォメーションを与えられて、いずれおとずれるカオルとのファースコンタクトを想像して、独り気が滅入っていた。

ついに迎えたオープニングの日は朝から慌しかった。いや、正しくは二日前からだ。オーナーのキリヤマはもとより、アルバイト従業員は総出で準備に駆り出され商品の陳列に追われた。さらに、店舗前を通る人たちに開店を知らせるチラシを配り、近隣住宅にもチラシをポスティングする。誰しもが認知しているコンビニブランドではあるが、オープニングは一大イベントなのだ。何しろ、普段は全ての商品を定価販売しているコンビニエンスストアである。コンビニエンスストアには、本部を頂点とする確固たるカースト制度が存在している。たとえオーナーといえども、勝手に安売りをすることはできない。オープニングイベントは、唯一、フランチャイズ店に許された安売りの機会である。顧客獲得を狙う店側はもちろん、周辺の潜在顧客たちだって心待ちにしている。だから、店舗前でのチラシ配布はたいていの人が受け取ってくれる。しかも、チラシにはプライベートブランドの「黄金小麦食パン・2枚」の無料引換券まで付いていた。ポスティングも含めて、用意した3千枚のチラシがあっという間になくなったのだから、オープニングが極めて多忙になるのは最初からわかっていたことなのだ。

 

アルバイト従業員は、オクダ、コウ、カトウ、そしてアリーの他に、3人増えていた。25歳だというが実年齢よりもかなり上に見える、フリーターで生計を立てているというカジさんという男性。小学生の息子がいて、何故か下の名前で呼んで欲しいというカオルさん。そして、コウさん同様、中国出身というサイさんという男性。大方、朝から昼間が主婦チーム、夕方から夜にかけてが男性とアリーという布陣だろう。

これだけのアルバイトがいても、さらには、ダース・ベイダーも応援として駆け付けていたのだが、オープニングの忙しさは尋常ではなかった。アリーは初めての労働にして、人生で最も忙しい労働を体験した。何しろ、お弁当やおにぎり、お惣菜類は並べた先から棚からなくなり、補充しても追いつかない。レジはレジで、都心のオフィス街のお昼時でもあるまいに朝から行列が途切れることがない。普段はコンビニではなくスーパーマーケットに行くだろう年配の主婦やお年寄りが、「賞味期限内に食べきれるのだろうか?」と疑問になるくらい大量のおにぎりや弁当をカゴいっぱいにして並んでいる。

キリヤマとダース・ベイダーがひたすらレジを捌き、アルバイト従業員は、終始、商品補充とカウンターFF(ファストフード:通常、レジに並んでいる揚げ物や肉まん類のこと)の提供に追われた。オープニングの混雑は予想されていたことだが、この店に限っては、エリアマネージャーを務めるダース・ベイダーの予想を超えていたようだ。無料配布の「黄金小麦食パン」はとっくに品切れになり、急遽、カトウとアリーはバックヤードで手書きの『後日引換券』を作る羽目になった。余っていたチラシを大量にコピーし、切り取った引換券の裏面に店舗のゴム印を推した紙を受け取れなかったお客に渡すという不測の仕事が増えてしまった。オーナーのキリヤマとしては、嬉しい悲鳴であろう。

 

年配女性や子連れの主婦が並ぶレジ待ちの行列からは、「近くにお店ができて便利になったわ~」とか「ここはお弁当が美味しいからね」という会話が聞こえていた。しかし、会話がいかに無意味で信用できないものかを、この後、アリーは知ることになる。チラシを持って訪れたこの客たちを、200メートル離れたスーパーマーケットのフードコートで見かけることはあっても、コンビニエンスストアで見ることはなかった。コンビニエンスストアのオープニングにわざわざやってくる客は、単なる「新しもの好き」か「安売りマニア」だったのだ。

風貌に似合わないBGM(アリーの頭の中だけで流れていたのだが・・・)で登場した小柄なスーツ男の手には、ビニール袋に入った真新しいオレンジ色のユニフォームがあって、オーナーのキリヤマとアルバイト三人に手渡した。

「じゃあ、今日からこれを着用してくださいね~」

アリーは、小柄なダース・ベイダーの棒読みの台詞みたいな変わったイントネーションと語尾が伸びる特徴的な口調が気になったが、初めて、学校の制服以外のユニフォームを渡され、ビニールから取り出した時の何とも言えないパリッとした香りに高揚していた。学校の制服に袖を通した時とは違う、何か、“大人の世界”に足を踏み入れる期待感のようなものを感じた。

「じゃあ、オペレーション・トレーニング始めますね~」皆がユニフォームに袖を通しながら、ダース・ベイダーの棒読み台詞が続く。アリーは三日前に覚えたばかりの言葉を聞いて、誰に褒められるわけでもないのだが、一人得意気だった。

伸ばした語尾が終わるか終わらないかのタイミングで、裏口から「スミマセン」という声と共にもう一人のアルバイト君が遅れて現れたが、言葉の割には慌ててやってきた様子もなく、あまり悪びれた風にも見えなかった。

「ダメだよ~、時間は厳守ね~」ダース・ベイダーが、わずかに感情のこもった台詞を喋った。

「ワカリマシタ、スミマセン」ダース・ベイダーとはまた違う、不自然なイントネーションの台詞だ。日本人(?)ではないようだ。

「コウさん、これからは気を付けてね」キリヤマが間髪を置かず、とりなすように割って入る。ダース・ベイダーが天井に目配せして大きく吐いた息が、映画の中のダース・ベイダーの迫真の“コォー”に聞こえて、アリーは独り笑いをこらえた。

 

全員が揃い、名前と年齢だけの自己紹介を済ませる。アルバイト仲間というだけの関係だからか、趣味や特技などという面倒な自己紹介をしなくてよいのがアリーにはありがたかった。学校なんかで、これから先の有意義な人間関係を築くために自分をよく見せようとする“自己紹介”というセレモニーが、アリーは本当に苦手だった。そうそう自慢気に人に語る趣味やエピソードなんて持ち合わせていないのだから。アリーよりも先に来ていた二人は、既に大学2年生だというオクダ、子供が大学生になる近所の主婦だというカトウ、そして、遅れてやってきた中国人のコウという顔ぶれである。このメンバーだって、この先、いつも顔を合わせるわけではない。特に、夜は主婦業となるカトウはアリーとシフトが合う可能性は低い、などと自己紹介の途中から考えていた。

オペトレは坦々と進んだ。リーチイン冷蔵庫への飲料補充から始まり、雑誌の補充、食料品に衛生用品に日用品・・・ありとあらゆるものに配置が決まっていて、アリーは気が滅入った。本当は、レジの打ち間違えが怖くて、接客も含めてレジが一番大変な作業だと思っていたのだ。それどころではなかった。今まで何気なく手に取っていた全ての商品がに配置場所が指定されていることを、アリーは始めて知ったのだ。

「大丈夫よ、すぐ慣れるから」不安が顔に出ていたアリーに気付いたのか、慰めるように声をかけてくれたのは、もっとも接点がなさそうだと思っていたカトウだった。そういえば、さっきの自己紹介でコンビニエンスストアで働くのはここが2件目だと言っていた。15分程離れた場所にあったコンビニエンスストアが閉店したので、ここに応募したのだとも言っていたっけ。アリーはカトウの自己紹介を振り返って、勝手に頼もしく思った。ふと、男性陣に目をやると、オクダはダース・ベイダーの説明にいちいち大袈裟に頷き、コウは無表情で声に耳を傾けていた。二人の反応が、アリーが想像していたのとはまったく逆で意外だった。
コンビニエンスストアの店内業務は商品補充やレジ打ちだけではない。消費期限切れの弁当や総菜の撤去、公共料金の支払処理、宅配便の受付から引き渡し、今どきはチケットの発券やフリーマーケットサイトの受付だってしなければならない。アリーは正直、「こんなにやることがあるなんて・・・」と恨めしくも思ったが、今まで自分がその恩恵を受けていたことを思い出して慌ててその想いをかき消した。
「はい、じゃあ、説明はこれで終わりですね~」オペトレは、すっかり日が落ちる頃までかかったが、ダース・ベイダーの語尾は最後まで伸びていた。「あとは、マニュアル見てちゃんと勉強えおいてくださいね~」そう言って、ダース・ベイダーがタブレット端末を手に掲げる。「へぇ~、すごいね~」と、カトウが感嘆の声をあげた。「今どきはマニュアルもそんなのに入ってるんだ?」アリーには、さしてすごいことのように思えなかったのだが、自己紹介で、カトウが最近スマホに変えたばかりだと言っていたのを思い出して、さっきまで抱いていた頼もしかった気持ちが冷めていくのだった。

「オペトレがあるんだけど、いつ来られるかな?」

キリヤマから連絡があったのは面接から二日後の夜だった。まだ、新学期開始前で特に予定もなかったアリーは、ふたつ返事でいつでも行けることを伝え、他に採用されたメンバーも集まるからということで三日後に訪問する約束をした。

キリヤマからの電話を切り、アリーは即座にスマホの検索エンジンに“オペトレ”と入力した。“オペトレ”はアリーが初めて耳にする単語だったからだ。

「オペレーション・トレーニング?…運用訓練?なんだ、要するに店舗業務の練習ね」アリーは言葉の意味を理解して、既に“オペトレ”の全てを理解したような気分になった。ちなみに、アリーは『訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥』という諺を知らない。おそらく、アリーの友人たちにも知っている友人は多くはない。誰かに物事を訊くことがないからだ。インターネットが社会インフラとして認知されている現代では、ネットで調べればすぐにわかるということを学校でも教えている。そういう時代なのだ。

 

アリーなりに“オペトレ”で何をするのかを想像しながら三日が経ち、空気が春の香りを纏い始めた小春日和の中、アリーは“オペトレ”に向かった。時間ギリギリになりそうで自転車を必死に走らせた。店の脇に設けられた自転車置き場スペースに自転車を置き、ガラス越しに店内を覗くと、面接の時にはガランとして広々と見えたフロアは既に什器が設置されて急にゴチャゴチャとしたように感じられたが、大きなガラス扉が付いたリーチイン冷蔵庫も稼働していて、すっかりコンビニエンスストアの佇まいが整っていた。見た目には、あとは商品さえ並んでいればすぐにでも営業できそうだ。

既に、アルバイト店員として採用されたと思われる背の高い男と小柄な女がいて、キリヤマと談笑していた。正面の自動ドアから入ろうとすると、ドアは開かなかった。「あれっ?」と思ってまごついていると、キリヤマがアリーに気付いて、手を大きく回して「裏に回れ」というジェスチャーをしていた。アリーは、そこで初めて、キリヤマの身体越しに裏口の扉があることに気付いた。慌てて小走りで裏口から入っていったアリーを六つの目が迎えた。

「お~、来た来た。時間ピッタリだ」ここに来るまでの全力自転車と短い距離の小走りで息があがっているアリーを宥めるようにキリヤマが口を開く。「まだ一人来てないんだけど、始めちゃおうか」という言葉に、更に大きな声で「お願いしまーす」と続けると、まるで、それが合図だったかのようにレジ裏のバックヤードから小柄で小太りのスーツ姿の男が姿を現した。丸みのあるセルフレーム眼鏡のレンズの奥にある目が小さくて、鼻の頭に汗を光らせている姿は、まったくかけ離れたイメージなのに、アリーの頭の中には何故か映画「スターウォーズ」に出てくるダース・ベイダーの登場曲が流れていた。