読みたい本/見たいDVD

読みたい本/見たいDVD

読みたい本と見たいDVDを書いていきます。もちろん読んだら、見たら感想を書きますが、せっかくブログ形式なので、読んだ人見た人が感想をコメントくれたりしてくれると、参考になります。

でも基本的にあくまでも、これから読みたい本と見たいDVDを書くというブログです。

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ロジャー・マーティン, 小林 薫
「頑張りすぎる人」が会社をダメにする―部下を無責任にしてしまう上司の法則―

なぜリーダーの努力はほとんど失敗に終わるのか?


こんな出だしからこの本は始まる。
今、日本はバブル経済崩壊後の立ち直りを見せ、経済回復に向かおうとしている。
企業は業績を回復し、消費が上向き、政府も変わろうとしている世の中、優れたリーダーシップを取れる経営者や、改革を掲げるリーダーが望まれている。


こんなリーダー像は、ヒーロー型リーダーと呼ばれ、積極的に自ら働き、周りを動かして組織やグループを成功に導くという人間を想い描く人が多いが、著者の長年のコンサルタント経験から、こういったリーダーが率いる組織やリーダー自身は最終的にはほとんど成功しないという。


こういうリーダーは独力で全てを行い、より一生懸命に働き、さらに多くのことを手がけ、ますますヒーローのように振る舞う。すると、部下の依存心が増大し、全ての事象はリーダーがコントロールすべきと考えて、自らの手を緩める。それを見たリーダーは、さらに全責任を奪い、実権を行使する。こういった連鎖反応が起こるのである。


心理学的に、人間は選択を回避するように動く性質がある。困難に直面した時に失敗への恐れから、責任を回避したがる。これを筆者は「無責任ウイルス」と呼んでいる。


前述のリーダーは、通常「トップダウン方式」の組織でよく見られる図であるが、これはエンパワーメントのまやかしである。この方式では、組織のメンバーの力を萎えさせ、長い物にまかれろ、右にならえの部下たちを作り出すだけだ。これらのメンバーは、リーダーに対して「フォロワー」と言われる。


この本では、これを「責任量保存の法則」と呼んでいる。たしかにリーダーが責任を持つと部下は責任を放棄する、つまり組織内では責任量は一定のように見える。これは端的に「頑張る上司と頑張らない部下という本のタイトルそのものではないか。


筆者は、長年のコンサルタント経験から4つのツールを編み出した。それは、


1)選択決定プロセス
2)枠組み実験
3)責任のハシゴ
4)リーダーシップとフォローシップの再定義


である。
これらを使って、責任を分担し、組織を強化するだけでなく、個人の能力まで向上させる方法を説く。
今現代のリーダーとはどうあるべきか、またどのように組織を作るべきかのヒントを与えてくれる書である。

ブライアン サイクス, Bryan Sykes, 大野 晶子
イヴの七人の娘たち

この本は、人類史をDNA探索と言う手段で著者が長年探し続けた研究の結果を分かりやすく紹介している。


調査は、アルプス山脈で見つかった5000年前に死んだ「アイスマン」から、DNAを採取することから始まる。このDNAは現代ヨーロッパ人のDNAと一致したのだった。


著者は、DNAを調べる際に、ミトコンドリアDNAに着目した。
通常、DNAというと染色体に含まれるらせん状の塩基配列を指す。ここには父親と母親の遺伝情報のコピーが含まれており、特定の人物の身体の設計図が標されている。
しかし、この染色体のDNAは30億もの塩基配列が含まれており、遺伝情報から人類の過去を探すためには、この30億もの塩基配列全てをチェックしなくてはならない。
それに比べてミトコンドリアDNAは16500塩基という少ない配列しか持たないのである。
染色体は細胞核の中にあるが、ミトコンドリアはその外側の細胞質の中にあり、化石などの過去の生物情報を調べる際には、細胞核の中にあるDNAよりも、細胞質にあるミトコンドリアDNAの方がDNAの数から言っても100倍も多く、抽出しやすいという特徴を持つ。


ただし、このミトコンドリアDNAは染色体と違って、母親のDNAしか受け継がれないという特徴を持つ。
この本が「イヴと七人の娘」というタイトルなのは、人類史の母系祖先の探索の旅の本だからである。


実際に染色体には父親と母親の遺伝子が揃っているが、それは受精の際に精子が卵子の中に入り込み、新たな染色体が生まれるからである。しかし、その外側の細胞質は母親の卵子のものであるから、当然細胞質側にあるミトコンドリアDNAは母親と同じモノとなる。


このミトコンドリアDNAによる探査は、大量のDNAサンプルからDループといわれる部分(ミトコンドリアDNA内にある)だけを比較していき、その配列の違いから過去の母系列の祖先を捜すという手法を取っている。
これは、細胞分裂時の突然変異を観測することで、その突然変異の周期が統計的に一定の期間であることが分かった為、例えば2つのDNA配列を比較して、2カ所の塩基の違いがあるとすると、そのDNAは2万年前には同じ人物を祖先に持つ(母親)ことが分かるといえるというのである。
1カ所であれば1万年前には同じ人物を祖先に持つ比較的に近い親戚(1万年というのが近いと言えばだが)ということになる。
ミトコンドリアDNAは、細胞質内の染色体と違って、直接身体を構成する設計図で無いため、特にこのDループはコピーミスを起こしやすいらしい、核DNAは十億年に1回しかミスをしないが、ミトコンドリアDNAのDループは約1万年に1回というコピーミスを起こす。さらにこのDループは約500塩基しかないという大変捜索がしやすい特徴を持っている。


探査の結果、7種類の母系DNAが分かった。人類最初の人間はアダムとイヴなので、この7人はイヴの娘という訳である。


日本も西洋と同様に、基本的には父系社会であるため、祖先というと父親側を考えやすい。しかしそれを行うためには染色体DNAを調べることが必要となる。遺伝子探査という大量のサンプル採取と比較が必要な研究が、30億もの塩基配列の比較となったら、将来的には可能かもしれないが、時間も手間も膨大なものになるというのは素人にも分かる。
そこで、逆転の発想から母系を調べてみたという訳である。
この本の中には、母系と父系の祖先の出会いなども書かれており、母系DNAからみた世界の祖先分布とその混合の課程なども推測されている。
将来、さらなる研究成果が出た時には、またこの本の研究と比較してみるのもおもしろい。

野口 旭
経済学を知らないエコノミストたち

エコノミストとは誰の事を示すのか?


この本は、世の中でエコノミストを自称する人を批判する本である。
この批判は、それぞれのエコノミストを自称する人の言う経済学の論理を、教科書的な観点から見て間違っている事を言っている専門家たちに向けられている。


さまざまな有名エコノミストが出てくる。実際の批判は経済セミナー誌の時評が元で、2000年~2002年にかけてのものであり若干古いが、今の、その時の経済論戦の結果が分かっている今の時点で読むというのも、どっちの誰の論理が間違っていて、合っていたのかが分かるのである。


冒頭に、人が経済学を嫌う理由の分析があるのがおもしろい。
日本では投資関連の規制緩和などで、株や信託などのブームもあり、人々の関心は高いはずの経済という学問だが、評判は良くない。
「つまらない」「役に立たない」と皆たしかに思っていて、私もその一人である。
何が問題なのだろうか。
彼によれば、これは本来の専門家であり、有用性を示すべき人が、役割を果たしていないといいのが原因であると説く。
それにより、現実の経済と関係がない無用のモノとして見ている人が多いからというのである。


通常、人は実用性や社会的有用性を持つ学問には一定の敬意を示すし、知的好奇心を満たす学問や芸術にも関心を持って接する傾向にある。
経済学という学問の定義は、「経済現象の背後にある規則性、法則性を解明する科学」であるはずである。
これは誰にも異論は無いであろう。

しかし、この本では、「世間知でものを言う、自称エコノミスト」が問題であるという。
つまりは、本来の経済学とはかけ離れた話を、TV・新聞・雑誌などのマスメディアで、訳知り顔で言う人が多いということである。

この本の所々に出てくる言葉で、


  「教科書的な経済学から言えば」


という言葉がよく使われている。

本来の経済学での常識と、TVでも見られるような著名人の言うギャップが分かるのである。
これは文句なしにおもしろい。


また、当書では今後の政府の経済政策の役割なども章節を割いて書かれている。
政策は経済には重要である。「何をすべきか」だけでなく「何をしてはいけないか」も示してくれる。
経済学の大切さも教えてくれる。

アルフレッド アドラー, Alfred Adler, 岸見 一郎
人はなぜ神経症になるのか

神経症、うつ病など今の世の中ではこうした心の病が蔓延している状態であることは誰しも認めることだろう。彼、アルフレット・アドラーはフロイトの弟子でありながら、フロイトの心理学の誤りを指摘し、独自の理論をもって、神経症に苦しむ人たちを救う医者として活躍した心理学者である。


彼の理論によれば、人は人生の3つの課題、すなわち


  ・交友
  ・仕事
  ・愛


が重要であり、その中に「共有体感覚の欠如とそれに伴う自信の喪失」が神経症の源であるという。
これらの適応は、対人関係的な行動を必ず伴う。
したがって、神経症になる人は全てこれらの対人関係、情報を観察することにより、その原因が見つけられる。
たしかに、人は社会生活をするにあたり、家族やそれ以外の人と触れ合わずにすます訳にもいかず、それゆえに人は精神病、神経症になるのであり、対人関係が無いならならずにすむであろうことは容易に想像できる。
しかし、それができないから神経症になるのである。


彼の理論のおもしろい所は、これらの神経症を治療する際に、原因を追及するのではなく、その行動の目的となるものを観察するという部分である。
彼が言うには、たしかに原因を探るのは大切だが、原因が分かったからと言っても、治療には何の役にも立たないからである。
その人が向かう先、なぜそういった行動をするのかではなく、その行動の目的を知ることが、治療に大切であるという。


例えば、ある人が怒って口論をしていた人を殴ったとする。この行動の場合では原因に着目すると「怒ったから殴った」であるが、目的に注目すると「殴るために怒った」となる。
なぜ怒ったかを後で考えても意味がなく、これからも人を殴る行動を取る可能性が高い人であれば、怒らないようにする平常心を保つことが大切という意味である。


この本は、体系的に彼の理論をまとめたものではなく、実際に彼が治療したかなり多数の事例を紹介する形で執筆されている。
彼の理論は前述に書いたとおりであるが、人として何が大切かを知ること、または子供を育てる親などには参考になると思われることが書かれている。


原因論ではなく、目的論というのは目からウロコが落ちた。
これは色々な日常でも応用が利く、論理的思考の参考になる。

シンディ エンジェル, Cindy Engel, 羽田 節子
動物たちの自然健康法―野生の知恵に学ぶ

動物はどうやって、自分の健康を維持しているのか?


人間のように薬を飲む訳でも、治療してくれる医者もいない動物が、自然界にある「薬」を使って、自己治療するという話が読めるのが、この本である。


野生動物はたしかに健康のように見える。
しかし、死後の野生動物を調べると、さまざまな病原菌の寄生や病気の跡があることが分かる。
病原菌を持っている事と、病気であることは同じではなく、病状を示さないということは健康であるということと、イコールだと筆者は言う。


野生動物の健康調査・観察により、今後
・新薬を探す医療
・野生動物の保護
・ペットや家畜の健康管理
・はては人間の健康管理
にまで役立つ可能性が出てきた。


動物は生きていく為に必要な化学物質を自分でほとんど作れない。
だから、必要なものを緑色植物からもらう。
緑色植物は、日光・大気・水から、炭水化物・タンパク質・脂質・ホルモン・ビタミン・酵素などの一次代謝物だけでなく、毒性・薬効性を持つ二次代謝物を合成する。
この二次代謝物は、発見されているものだけで10万種。これは植物自身の防御物質となり、病気や捕食者から身を守る。
野生動物はこの二次代謝物を利用しているのである。


他にも土食と呼ばれる、ミネラルを地面から取ったりする象の話など、さまざまな野生動物を観察する実例を示している。
この自然の中で野生動物が自己治癒する様子を観察するという研究は、極端に時間と根気が必要であり、本格的な研究は始まったばかりであるが、「東洋の医食同源」思想に近い、この栄養を採る事と薬で治療するの区別の無い健康法は、今後の我々人類に大きな影響を及ぼすかもしれない。
その一端が読める書である。

井田 茂
異形の惑星―系外惑星形成理論から

人類の同胞を探したい。


この想いから、プラネット・ハンティングが始まった。
そして約半世紀後、太陽系以外の恒星に、ついに惑星を発見した。
しかし、それは太陽系の惑星から見ると、常軌を逸した異形の姿をした惑星だった。


この本では、異様な姿の太陽系外の惑星を紹介し、2~30年前、太陽系形成理論の標準モデルを完成したと思われた我々人類に、惑星形成の理論の再構築が必要になった経緯と、現在の恒星と惑星の形成理論の行方[現在進行型]と、筆者が考える理論を見る事ができる。


異形な惑星とは、ホット・ジュピターと呼ばれる、中心の恒星から超近接した周回を廻る惑星であったり、エキセントリック・プラネットと呼ばれる、長偏心の楕円軌道を回る惑星だったりする。
ホット・ジュピターの例では、太陽系の最も太陽に近い、水星と太陽の距離の1/8の距離を周回する、木星の半分の巨大な質量を持つガス惑星。

エキセントリック・プラネットでは、遠点では0.85天文単位[1天文単位は地球と太陽との距離]、近点では0.03天文単位という長楕円軌道を回り、地表の温度は遠点では30度、近点では1300度にも達する惑星だったりする。


宇宙の成り立ちや、太陽系形成に関しては、子供の頃に聞いたことがある話が出てくるが、ここに出てくる異形の惑星はその理論では惑星が生まれる事ができない。
しかし、現実は小説より奇なりという言葉がピッタリの話がこの本である。
夜空を見て、星や惑星の事を考えた事がある人なら、現在議論されている最新の惑星形成理論が読めるというのは嬉しい。

ソニー
KDL-L32HVX デジタルハイビジョンテレビ

[本体]

SUPT3S[テーブルトップスタンド]


DVDを見る際に必要なものは、DVDプレーヤとTVです。
当たり前なんですが、最近TVを液晶TVに買い換えたので、おまけとして感想などを書いてみたいと思います。
これから買おうと思っている人の参考にどうぞ。

さて、2005年、最近勢いが無い会社の烙印を押されているSONYの液晶TVですが、このTVは買いだと思います。

一般的なカタログスペック情報は、メーカーホームページなどに任せるとして、実際の使用感などです。

基本的に、現在各社メーカーが出している液晶TVやプラズマTVは、皆似たりよったりです。
素人には、どれを選んだらいいか、大分価格もこなれてきて、そろそろTVを買い換えようかと考えている人は多いでしょう。

私のこの液晶TVを選択した理由は以下の通りです。

・液晶かプラズマかと言えば、液晶にしたい。
 理由は寿命と消費電力です。松下のプラズマなどは消費電力もかなり省電力で寿命も長いですが、やはり液晶に歩があるからです。そんなに買い換えるものでもないし、前のブラウン管TVは10年近く使った。

・デザイン的にかっこいいのが良い。
 これは長い間、毎日見るTVとしては、デザインを重視しないというのは、私としては考えられない。

・画質はもちろん音質も良い物が良い。
 映画(洋画)、音楽ビデオがメインになるので、音質にもこだわりたい。

・サイズ的には大きいのは良いけど、32型ぐらい。
 これは前に使ってたTVのサイズが25型のブラウン管(ワイドでない)なので、画面の高さ的に同等+アルファぐらいが良いと思うから。あまり大きなサイズはリビングにある他のものと比較して、突出してしまうのでいらない。


[デザインや全体感など]
これで、色々カタログ/Webや店頭で見たりして決めたのがこのSONYの液晶TVです。
SONYはハッピーベガというシリーズがありますが、これはその上級機です。
明かにデザインやリモコンなどが違い、ハッピーベガは安っぽいですが、これはかなりスタイリッシュなデザインで、リモコンもずっしりと重く重厚感/高級感があります。
こういうのって、買った後の所有満足度が大きいと思います。

デザインは他のものと違い、画面の外に四角い枠があるというデザインではありません。
上部と下部にガラスの透明部分があり、下の部分のSONYのロゴやPowerランプなどが、そのガラスに浮かび上がるという凝ったデザインで、はじめて箱をあけて見たときに思わす「ほー」と言ってしまうキレイさです。

設置はかんたんで、地域を選び、アンテナをつなぐと自動的にチャンネルを設定してくれます。アンテナは地上波とBS/CS波の2本です。

[画質]
画質は、私はアニメなどは見ませんので分かりませんが、洋画映画やハイビジョン(地上/BS)は満足いく画質だと思います。このハイビジョンに慣れてしまうと、普通のアナログの地上波放送は基本的に見なくなります。録画環境として、ハイビジョン録画ができない状態なので、録画したTVを見るときはしかたがないという状態です。(こういう人多いですよね多分)
SONYのベガエンジン搭載で、基本はナチュラル系です。もちろんある程度の調整はききます。


[入力端子など]
録画の話が出た所で、外部入力端子ですが、ビデオ端子×3、D端子×2、HDMI×1とあり、普通はDVDレコーダー、ゲーム機、CATVのセットトップBoxなどを接続するなら、端子数が少なくて困ることはないでしょう。
また、全ての入力に対して、画質調整と音質の調整が独立にプリセットできます。これはDVDレコーダー接続端子にはMPEGブロックノイズ低減フィルタをかけるとか、ビデオ1端子の音声入力は簡易イコライザ設定で、好みの音にしたりとか出来るのが気が利いています。音量は共通です。


[リモコン・操作]
リモコンは折りたたみ式の独特なもので、重厚感があり本当に高級感があります。
基本的に折りたたんだ状態で操作すればよく、私も普段はリモコンを開けて操作することはありません。
チャンネルの切り替えはSONY独自のXMBという方式。リモコンのホームボタンを押すと、画面に半透明のメニューが現れ、スティックタイプのカーソルボタンでぐりぐり動かします。
地上、BS/CS全てに番組表もあり、リモコンの番組表ボタンで呼び出せますが、普通のDVDレコーダーなどに搭載されている、横にチャンネル、縦に時間の番組の番組表ではなく、縦にチャンネル、横に時間の独自の形式です。最初は違和感がありますが、慣れると問題ないです。


[音質]
これが、かなり良いです。これもSONY独自の高音質化技術が搭載されていて、それまで普通に使っていたステレオブラウン管TV(実はSONY製です)とは段違いで、音楽DVDなどをかけると感動しました。
専用のテーブルトップ型のTV台を付けて買ったのですが、このTV台の中に、スーパーウーハが搭載されていて、低音もバッチリ響きます。マンションだと下の階や隣へ響きすぎるかもしれません。
ただ、これは私の自宅リビングの設置とリスニングポイントのせいだと思いますが、かなり「音場」がTV画面に近い所に設定されているように聞こえます。つまり、TVの前1~2mぐらいにいる場合は良いのですが、TVから3~4mぐらい離れると、音が聞こえにくくなります。幸いTV側には音声出力端子もあり、サテライトスピーカを所有しているので、TVからちょっと離れた場所に、サテライトスピーカを置いてTVを見るようにしています。ちょっと広いリビングで、このTVを設置する際には要注意です。

バップ
瑠璃の島 DVD-BOX

TVドラマ瑠璃の島DVD-BOXです。
このドラマ好きだったんです。

ちょうど、このドラマをやっている最中に、TVを買い換えまして、ハイビジョンの沖縄の空と海の映像に感動しました。
DVDだとデジタル放送のハイビジョンの画質にはかないませんが、ぜひもう一度DVDでドラマを見たいと思う作品です。


主人公の成海璃子は12歳ですか。ちょっと大人っぽいんですが、役に合っています。名前の「璃子」と役所の「瑠璃」の名前がなぜか一致しているというのがおもしろい。
他のキャストも竹ノ内豊、小西真奈美をはじめ、ベテランをそろえてあり、なんと言っても、物語として感動できます。

また、主題歌になっている、コブクロの「ここにしか咲かない花」が、ドラマのエンディングにぴったりで、DVD-BOXを買っても絶対損はしないと断言できます。

ワーナー・ホーム・ビデオ
コンスタンティン 特別版 (初回限定版)
これ、本当は映画館で見ようとしていたんですよね。
でも、見れなかったので、見たいDVDとなりました。

キアヌ・リーブスは改めて言うまでもない、俳優ですが、やはり一番は「マトリックス・シリーズ」ですよね。彼は男性から見ても、かっこいいですし、私的に演技も好きです。

成功している、ハリウッド俳優(に限らず全ての一流俳優)は皆、努力家であり、かつ実際に何をやっても出来る人たちですから、「セレブ」として憧れる人は多いのは当たり前という所です。


なぜ見たいかというと、やはりキアヌ・リーブスが主役であり、彼がマトリックスを思い出される、ヒーロー物をやるということが期待を持つのは当然と言えます。
さらに、SFXいっぱいのホラーテイストのアクションと言われたら、見るしかない。


ところで、この「セレブ」って英語の意味を知っている人からみると、日本人のこの「セレブ」の使い方は、変だなあといつも思うのは、私だけではあるまい。

前野 隆司
脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説

「私」はなぜ「私」なのだろう?


子供心や思春期にそんな事を考えた事がないだろうか?
この本は筆者のそんな気持ちが発端となり、科学者/技術者となった彼の「心とは何か?」という問いかけに対しての彼の答えである。
進化論や脳構造、人間の知情意などの事を、矛盾のない科学的なアプローチ・理論で「心」を説明している。
しかし、だからと言って難しい説明をしているのではなく、例えば脳のニューロンがニューラルネットワークを介して情報を伝達しているという説明を、「単純作業をする小人さんがたくさんいて、情報伝達の伝言をしている」という話に置き換えていたりするのがおもしろい。


彼の説明は、私にも納得できる。
まずは進化論の中で人間は特別な存在では無いという話。キリスト的な思想から神が自分に似せて特別な人間というものを作ったという話が今の社会でも広まっているのは、「私」という強烈な個我(自我)を持っている我々人間は他の動物とちょっと違うのでは?と皆が少なからず思っているからだと思われる。
しかし、彼の理論によれば、これは単純に身体の進化、特に脳の進化に伴って、必然的な必要性から「私」が生まれたことによるとある。
もう1つは何故人間は錯覚を起こすのかという話。火に手をかざしても熱く感じず、やけどすらしない人がいたり、時間がたつのを早く感じたり、短く感じたりする事がある。これも彼の理論でいう「私」という存在が、当本に書かれている通りだとしたら、理論的に説明出来るのである。


この本では「心」を人工的に作ることが出来るとあり、心はもはや謎ではない。とある。
だが、最後には


「人間がその歴史の中で長く追求してきた心が、わかってしまうというのはすこしさびしい気がするが、心を(理論的に/科学的に)理解可能というのと、予測可能というのは違う。心は複雑なもので、心が生み出す未来が予測できる訳ではない。これは私たちに残されたロマンである。だから私たちの人生は、はかなくもおもしろい。」

という言葉で締めくくられていて、この本を読んで得られた知識/思想がすばらしいものであるという想いだけでなく、これからの人間が作る未来が良いものであるように願っている筆者の気持ちに触れた気がした。