私と彼は同じ会社で、彼は支社長。


異動してきた彼は、その仕事ぶりと人間性が、それまでの支社長達とは雲泥の差だったから、今までやる気のなかった社員、課長も生き生きと、全員一致団結した雰囲気の社内に変わっていった。


その中で付き合っている事を隠しながら、私は淡々と別居に至ったんだけれど、別居直前に私の動きを怪しんだ旦那は、私を半監禁しだした。


そのせいで会社を辞めざるを得なかった事が、今も最も後悔している…悲しい


旦那が仕事に行ってる隙に、一気に逃げた。


そして旦那は過去の経験から、話し出すといつも怒鳴り声を上げて会話にならないと分かっていたので、先ずは離婚調停に行くこととなった。


それから1年くらいは調停で話し合いを重ねたけれど、彼は自分に悪いことは何一つない夫婦生活だったと語っていたらしい。

お酒も女もギャンブルもしない事が、良い旦那だったことの証だったらしい。


私は例えば車で出掛けて、高速の支払い料金所のおじさんに、「ありがとう」と伝えただけで、男に媚び売る女認定されていた。


だから娘の学校の、男の先生にも敵意剥き出しな対応されて、いつも私は慌てていた。


電車でお爺さんに席を譲っても、だ。


そういえば、私が高齢の親の近い未来の為に、介護の勉強をしようと、資格を取りに行きたいと言った時も、実習でお爺さんと関わる時があるからダメ認定されて諦めた事もあったっけ…


私は有責配偶者。


私が勝手に家を出て、男と浮気した。

「何も悪くない俺が何故?…    」

彼の一貫した言い分。


何も悪くない???? ホント⁉️


だから私が100%悪いし、俺が許すんだから、戻って来る以外の選択肢は無い、と…。


確かに私は浮気(本気)した。

離婚してくれないから、まず別居して長期間の別居で実績を作って離婚に至る作戦決行に出た。

でも?でも?

浮気する人の常套句かもしれないけど、私がこうなった背景を少しは考えて!


直接旦那とやり取りした経験豊かな調停員の人も、ご主人のような方(おかしな人)は初めてです…と絶句する程の人。



彼との日々は楽しかった。

感性が同じだから何をやっても、何を見ても、感じ方が一緒だった。

それに大人だから、私の話をいつも全部聞いてくれて、受け止めてくれた。


まだ会ってもいなかった娘の事を第一優先に考えてくれて、私から聞いている娘の性格や趣味から、好きそうだと思う贈り物も私からだと渡してね、と気遣ってくれた。


娘にいついろいろ話そうかな?離婚が成立してからがいいかな?と、離婚調停と並行しながら、彼との3人の生活を夢想していた。