前回のブログ記事では、日本人の職人たちのレベルならば、英語能力を問われるよりも、その技術力で持って、自分たちが想像しているよりも容易に仕事が得られるだろう、というようなことを書いた。
たかが一つのブログ記事だけれど、アップする前には何度も読み返し、誤解を与えるような書き方をしていないか?とか慎重になる。
その割には、一度アップしたものは後になって読み返すということを滅多にしないので、過去記事の記憶は薄れていくばかり・・・
その前回のブログ記事に関連するような出来事が最近あったので書いておこうと思った。
しばらく前、我が家の冷蔵庫の調子が悪かった。
冷蔵庫の温度がいつもよりも温かく感じて、配偶者も同様にそう感じていた。
冷凍庫の奥を覗いたら霜が張っていた。
その霜が障害となって、冷蔵庫の温度を上手く冷やすことができないでいたのだ。
そこまでは分かったんだけれど、果たしてなぜそうなったのかは機械音痴の俺にはさっぱりわからない。
インターネットでサーチして、評判の良いテクニシャンにコンタクトして、後日来てもらうことにした。
2日後、ジョンというテクニシャンが手配されて、到着30分前に電話をくれた。
「おっ、なかなか丁寧じゃないか。カナダ人なら着いてからメインエントランスのドアを開けてくれという催促しかしてこないはず。」
あ、そうそう、電話で予約した際にヨーロッパ風のアクセントがあったので、カナダ人経営の会社ではないと予想はしていた。
ガッチリした体躯の割に愛らしい笑顔を浮かべたジョンが我が家の玄関に入ったときに、彼はもう一つ好印象な行動を見せた。
履いていた自分の靴を脱いだのだ。
当地の職人やテクニシャンに仕事を依頼すると、もしくは定期的に行われる火災報知器の点検に訪れる人たち、そのすべてが、他人の家に上がるときに履いていた靴を脱ぐということは、まずない。
せめて、髪の毛が落ちないように被るような、ナイロンでできた、靴の上から履くやつを持参してもらいたいんだけど、それもない。
英語にアクセントがあるからと言って、いきなり
「Where are you originally from? (元々はどこからきたの?)」
と尋ねるのは、あまり好ましい態度ではないので、お互いそんなことは聞きもせず、俺は冷蔵庫の現状を話し、ジョンは少しチェックして、すぐに原因が分かったようで、その説明をしてくれた。
どうやら、温度調節をするコントロールパネルにカビが生えて、正確に稼働していなかったのが原因らしい。
取替の部品も乗ってきたバンにある、ということなので、見積もりを出してもらってゴーサインを送った。
ガタイの割にはテキパキと仕事をこなすところも、その辺のカナダ人とは違うところだ。
俺は学生時代までハンドボールをしていて、今でも世界トップレベルのヨーロッパのゲームは時々ネットで観戦している。
丁度、世界選手権が行われていていたので、ダイニングにあるパソコンでハイライトを小さな音量で観ていたら、
「ドイツ語分かるのかい?」
と、仕事をする手を動かしながら、横目で俺に尋ねてきた。
「いや、分からないんだけど、ハンドボールのゲームのハイライト観ているだけだから・・・。 もしかしてドイツ人?」
と答えると、
「いや、僕はウクライナ出身で、19歳でイスラエルに移住して、ドイツでも働いたことがあるからさ」
と、そこで初めて自分の出身地を話してくれた。
「ウクライナかあ・・・(少し間をおいて、野暮なことは聞かないように注意して) 家族とか友達は大丈夫?」
「うん、大丈夫」
と、その時の会話はそこで終わった。
2時間も掛からずに、しかも自分で出した冷凍庫の中の食材も元に戻し(これがカナダ人なら、俺に中身を出させて、当然元に戻すのも俺になる。つまり、こちらが依頼した仕事(冷蔵庫の修理)以外のことは、まずやらない)、はじめの見積もり通りの額面で終了した。
「これ、自分のビジネス?どれくらいやっているの?(手際が良かったので)」
と、俺が玄関先で自分の道具を片付けているジョンに聞くと
「3年くらいかなぁ。僕は元科学者なんだよ。化学の研究ね」
「ええっ!そうなん?ドイツでかい?」
「ドイツにもいたけど、僕は19歳で家族と一緒にウクライナからイスラエルに移住したんだ。そこで科学者になったんだけどね。君が思っているほど、収入は良くないんだよね」
「まあ、確かに冷蔵庫や食洗機の修理なら需要は高いし、腕が良ければ確実な現金収入にはなるよね」
と俺。
「ウクライナと言えばね、俺が好きなウクライナのベーカリーがあるんだよね」
という俺に
「ああ、そう(Oh Yeah?)」
と、以外にも素っ気ない反応だったので、あまりウクライナのことは触れられたくないんだな、と俺は察し、それ以上話題には出さなかった。
はるか昔から、陸続きの国が多いので、何度も何度も侵略されたり、占領されたり、を繰り返してきているのがヨーロッパ。同じ国にも違う言語を話す民族が暮らしているので、ひと括りにはできないものなのだ。
ジョンのように元科学者だったり、自分の国では教員だったり医師だったり、一般的に地位が高く見られる職の人たちも、カナダに移民すると、あまりカナダ人が好んでやりたがらないような仕事に就くことも珍しい話じゃない。
俺も普段は口に出さないけれど、移民(永住者)として、カナダ人に比べると、色々な分野でハンデを背負っていると感じることはある。
ボケーッとしていても耳に入ってきて理解が容易い日本語と比べて、英語は”聞こう”という意識を持たないと耳に入ってこない。
この国にいて暮らす限り、英語は理解できたほうが良いし、話すことができれば良い。
けれども、他国の人たちを見ていると、日本人に比べると、生きることへのしたたかさや逞しさを感じる。
過去の自分のキャリアに対するこだわりよりも『今ここにいる自分に何ができるか』を正面から見据えて、アクションを起こしているように見える。
いかなる理由であれ、どんな仕事をしようとも、どんな場所(国)へ移り住もうとも、人生は何度でもやり直すことができる・・
というよりも、『その全てをひっくるめて一つの自分の人生』なんだろうなあ。
そんなことを、ウクライナ出身の元科学者だった、冷蔵庫のリペア職人ジョンを見て思った。