今日は娘の誕生日。

メールを送っても返ってこないだろうし、

返ってこないことにきっと私は傷つく。


けれど、

送ることにした。

伝えなければ伝わらないではないか。

ブロックされてても、

それはそれで、

相手が受けとりたくない!

ということだから、

それはそれで認めないと、

と強がってみる。


自分の気持ちを自分で感じれば良い、

自分で慰めれば良い、

そういうトレーニングを重ねなければ、

出来るようにはならないし。


で、返ってこない。

それでも私は、

娘の産まれた日のことを

今もはっきりと覚えているし、

嬉しい気持ちになる。

優しい気持ちになる。

メールを打っている間、

顔がニコニコしていた。

産まれてきてくれてありがとう。

幸せだった。

ちゃんと病院へ行っているかな?

身体は大事にしてください。

元気でね。

そんなことを打った。


何故、今の状態になったのか。


それは、きちんと状況の把握が出来なくて、話された内容から対処するしかなくて、

ずっと引きずってきた

娘が襲われる機会を作ってしまったことに対する、

積年の私の罪悪感から、

もっともっと客観的に物事を見なくてはならなかったことが見えなくて、

何もかもが自分の見方、

考え方しかお互い話せてこなかったせいだと思う。


説得したい側と

されたくない側、

の戦いもあると思う。


母の葬式の準備からの、四十九日に来ないと言う娘らの暴挙になるまでの間、私は自分が相当の我慢をしていることがわかった。


私のその時の最優先事項は

母の死に対しての精一杯の供養と、

施設への業務上過失責任での告訴、であった。


お前たちの態度はなんだ!

アーティストのラストコンサートだのバイトだの、

悲しくて、落ち込んでたから、葬式に出る持ち物すら用意していないだと?

で、式は式で、

このくそ彼氏は、家族葬だというのに出たいだとか、

弟に話して、

退院時手伝ってくれたからと了解をもらったらもらったで、

家族葬なのに出ていいのかとか。

娘を介して聞いてくる。


私と娘が言い合いになると、

娘の落ち込み様が酷かったからバイトに行かせたとか、

その娘の状態がわからず、

私と娘のやりとりが喧嘩越しになってくると、

炎上させてるのは娘ちゃんでしょと

娘に言う。

確かにお前が直接私に話さない以上、そうなるわな。

けどな、

そういう至らない点が沢山ある娘を僕が助けると言ったんじゃないのか?

お前よりも私の方が出来ると私はお前に言ったぞ?


なのに

持ち物はお母さんに聞いたら?

とか

そんな状態で気晴らしにバイトを選べだ?

お前ふざけんなよ…を堪えて、取り敢えずは式だ。


私はしかも喪主だ。

母が亡くなったら、私は相当堪えるから、頼むね、と娘に支えを頼んでさえいた。


亡くなった弟が

母の搬送先の病院で、

皆に招集をかける際、

「え!一緒に住んでない?

え!同棲?

それは良くないだろう…。なんでまた…」ととても驚いていた。


もう一人の方は

「ま、本人がそういうなら仕方ないだろ。但し、後悔しないならな。」

と、ある意味もっと重い。


私も反対したこと、

息子も反対していたのに、話し合いで私をのけて、元旦那を呼びいいんじゃないか!

となって…と話すと、


「え!会ってるの!え!息子だけ?なんだよそりゃー。そりゃダメだよー。」

と弟は、元旦那からの悪影響をものすごい速さで推測し、ほぼそれは合っていた。


で、四十九日に、

娘に

ちゃんと説明するように、と話していたから、

余計にきたくなかったのだろう。

私の弟には、娘は敵わないであろう。

しかし、来なかった。

「ほんとに来ないのか。迎えにいかなかったのか!」と

来なかったことにも驚かれた。

当然だ。

そして、その弟の葬式にも来なかった。

悲しかった。

残念だ。

残念でたまらない。


今は、要するにこうだったんだろう、

という時系列での事実がやっと見えたところで、

女の一生(伊藤比呂美 著)の、あなたはあなた、わたしはわたし、ではなく、あなたはわたし、となっているこの娘に、

世間の常識や、私の言葉などは届かないだろうなと理解はした。


しかし、四年前、

もうそんなに経つんだなと思ったが、

病院で、

私の目の前で

先生に死にたいと話した娘を前にして、

何が最優先か、と言われたら、

この子の命を守ること、

それ以外になかった。


説教は二の次、三の次だ。

仕事をするのも然りだ。


しかし、あの、

当時所帯持ちの彼氏の

母の葬式までの行動においては

どう考えても、

こういう人の生きる術なのかもしれないが、図々しい、という言葉がぴったりだ。


彼と別れた奥さんは正しい選択だ、と思うし、

しかし、そのせいで、

娘とくっつくとなると、

正しい選択をして欲しくないなあー、とそう思っていた。


私の別れた旦那に非常に良く似ている。

親を反面教師にしてきた私は、

娘がそうならないことに怒った。

しかし彼女の見方は、

パパとは似てない!

そういうものだった。


その具体化と説得は、可能ではあったんだろうなー。

でも、命が先だったからなー。


でもそこまで会社で追い詰められたのは、

既婚者のお前のせいじゃないか。

問題をすりかえるんじゃない。


娘会社の上司、総務の方、から色々聞いた。

いちいちショックだった。

新入社員の社宅にまで、平気で泊まるなんて、娘の立場は!

…想像を遥かに越える。

なのに娘は、

彼氏は家にいても、ずっとトイレに隠ってるらしくて可哀想だと、

そんなことをのたまっていた。


社宅を出て、自宅通勤に。

で、死にたい、電車に飛び込んじゃおうかと思ってる自分が居て、と。

それでも、娘をあいつは離さなかった。

入社して僅か二年半。

上司の上の、独身女性の部長のパワハラは凄まじかった。

反論出来ない、面と向かって皆の前で駄目出しをする、そんな中、運転中にとある家の塀に車をぶつけた娘。

それが、死にたいの1ヶ月前のしかも誕生日。

一人で謝りに行かせ、

予約したケーキを受け取って帰ってきたのが23時。

しかもケーキが間違ってて、店の人が別の店にとりにいって

待たされたり、

挙げ句それもまちがっていて

結局、電車で届けるというので、さらに待ち…。

私も迎えに行って、何とかその日に間にあったけど。


さっき見たその時の写真。

笑わない娘に、どーしたー?笑いなーって私は言った。

で、娘が笑って撮った写真がある。

その前の笑わない顔もある。


娘にとって

その日は何という誕生日だったんだろう。

そして、それを、どうして話してくれなかったのだろう。

私のために、

私を悲しませないように、

心配させないように。

そういうことだと思うけど、

人って追いつめられると

正常な判断は下せないということが

本当によくわかる。


病院の先生には、

自宅通勤に変えたから、

わかることが出来たんだと思う!と言われた。

電車に飛び込もうとする気持ちに気がついたこと、それが良かったんだとおっしゃっていた。


そして、

彼氏が会社で責められてるのは私のせいなのではないか!と

会社とやりとりしている私に娘は言ってきた。

当然だ!と言いたかったが、

娘の上司がとことん、彼に言ってくれていたのが良くわかったので、

そちらに任せた。

しかし、

このくそ彼氏は、お前が問題だという認識がない。

ずっと娘を離さずに、

そして娘は会社で話せたのが彼氏さんだけなんだと、

私が生きているのは、彼氏さんのおかげなんだと言って泣く。


そして、

娘が退社したあとも会社に残り、

僕はプロジェクトを任されているので、

女のパワハラ部長よりもかわれているんです!と自慢していた。


しかしすぐに娘が

息子のところに遊びに言ったとき、

毎日死にそうな顔で仕事に行くと話し始め、

そんな姿を見ていたら、娘がまた病気になっちゃう!

と息子の奥さんまで心配し、


あなたは会社には不要な人間だから、プレッシャーをかけられてるんだと、

しかもあんな会社にいる方がおかしいと、辞めることを彼氏にすすめた。


離婚します!

も、結局、それから散々娘が、話して怒って、彼氏に弁護士事務所に行け!と言って、で、やっとこ彼氏は頑張ったようで…。


なので、実は娘まで慰謝料請求されていたという話も、

後日談で聞いた。


私は初めて不倫の話を聞いたとき、

彼氏に会いに行き、

離婚するというその理由を聞いた。

こいつの借金のせいだった。

月1万くらい、小遣いが足りなくて、後輩たちと飲みに行くので、自転車操業になって、

でも1万くらいなんだという。

それなのに、人間としておかしいと罵倒されて、といっていた。


なので、私は言った。

当然だと。

私も丸切り同じだと。

額が全然違うけどねと。

子供産んだばかりで、旦那の借金がわかったら、というか不安の固まりになっているところへ、信頼関係がなくなってしまうではないか!

帰って奥さんとしっかり話し合え!

そう伝えたが、なかなか帰らず。

娘の社宅に止まりたかったのだろうと、今ならわかる。

社宅には私が泊まるので、じゃ!さよならと返した。


まだまだあるよおー。

何故こいつが駄目なのか。

離婚すればいいとかそんなものではない。


もう、私は、苦労したくない。

ましてや娘の苦しむ姿など見たくはない。


この世のどこに、

この始まりを聞いて、

でも、これから先を見て応援しなきゃ!と思う親がいるんだ。

私の優しさを逆手にとりやがって。

私がおかしいとか、なんでそんなこと言えるのか!


でも、女の一生を読んでみて、

あなたはわたし…

なるほど、

だから、くそ彼氏の半分混ざった娘にとうとう私は、嫌悪感を抱いたんだろう。


私の母も私に対してそんな感じだったのかなと、

亡き母に思いを馳せる。

けれど、

あなたの行動は、

直ちゃんに何した!

ひろちゃんに何した!

と、

きっと、病気だったのかもしれないが、

妄想がひどく、度が過ぎて、

私ら家族は苦労したので、

少なくとも、

私はそうならないように

反面教師にしたい。

とても寂しいことなのだが、

離れる、距離をおく、

それも良いのかも知れないなと

思える。

死ぬ時には、会えるかな。

仕方ないかな。


自治会のテニスのメンバーの方が

その後どうなった?

と、母の四十九日が過ぎた頃、

励ます会を開いて下さって、

娘と彼氏のことを聞いて下さった。

で、愚痴ったら、

突然、

あんたは黙ってろ!!

子供なんてのはほっとけばいいんだ!!と言い出す人がいて。

みんなびっくり。

私もびっくり。

悲しかった。


テニスは辞めることにしました。


ほっといてるから

あなたの奥さんは新興宗教に入ったんでしょ?

で、あなたはそれをぼやいてるんでしょ?

そういうことは言わなくて、

その日はそのまま帰りました。


家に着いてから

グループLINEで送りました。

辞める旨。

そして、

親子で向き合ったり、喧嘩したりすることの何が悪いんだ!と。

他人の子だから、

本気じゃないから、

ただの話の種だから、

そんな言葉が出るのでしょう!

と。


すると、リーダーの方が、

いやー、あれは酷かった。

良く我慢したなと思うし、

僕も止めようと思ったんだけど、止めなかったのが悪かった、

と謝って下さって。


この方が謝ることではないし、

色々親身に話して下さっていたので、

まずはあんな人だと思わなかったと話しました。


年末から実は、

あんたは葬式で大変だろうけど、

こっちは孫とかが来るから!

私の社販の品をテニスメンバーに配るのは年明けに変更することになっていたのに、

私の車が駐車場にあるのを見たと

品をとりにきて下さいました。


そういう言葉に驚いたのと同時に、

とりにきてくれたのは、ありがたいけど酷いなあと思っていて、

と、

そんなことがあったんだと話しました。


ま、色々、災難が続きましたが、

今一人であること、

これは自分のしてきたことの結果の今、

なので、

コーチングのモニターから、

突破口が開き、

今は、足の痛みもおさまり、

手離した人間関係の代わりに出来た人間関係もあり、

セルフコンパッションがなかなかすすまないけど、

心の中に、

自分に優しくする気持ちは確かに芽生え、

今の私のまわりにいる会社の仲間ともうまくやれていることに感謝の気持ちも出来、

少しずつ変わっていけると信じています。


くそー!

あほー!

ぼけー!

と言いながら、

どんどん年をとっていく、この身体を労り、

土曜日には、やっとやっと、

心身ともに

父の面会に行けるかな、

となり、

昨日施設に予約の電話を入れました。

ただ、時間が5分!

たったの5分の面会なんですって!!

おいおい。

都内だからかなあー。

アルツハイマーで

私のことは完全に覚えていない父との会話。

わかるー?

ん?だれ?

の繰り返しだけで終わっちゃうんじゃなかろうか。

でも、まあ、楽しみにしてみようと思う。


私の娘へ。

改めまして、お誕生日おめでとう。