初めての投稿です。
masayangと申します。

今までAmebaは読むだけで書くつもりはなかったのですが不意に思いついて投稿してみます。

自尊心と選民思想について最近思うところがあったので忘れないように
以下に覚え書きを残しておきます。


自己肯定感の大切さということをはき違えたらだめだなということについて考えていた。
自己肯定感の大切さについて言及すべきなのは、自分が自分の価値を不当に低く見積もってしまっている時にそれを冷静に正当に評価するべきな場合だ。

一方で、自己肯定感を持ちたいがために、自分の価値を本来より高く見せかけることをし出すとおかしくなってくる。
自己肯定感を得て高揚したいために特殊思想にはまったりする。こうなるとそのうちムリが生じてくるし破綻に向かう。 
フラットな目線を自分や周りに向ける習慣をつける方がいいなと思う。

まず、基本として基本的人権をどんな人にも認めること、福祉の思想を基本に置くところからスタートするか否かは大きなちがいだ。
そこを基本に置くことでスタートすべきだと私は思う。
選民思想に走るとたいていの思想がダメになるみたいだなと感じる。

高揚感は特別な瞬間だけにあるギフトのようなものですばらしいものだけど、それを人工的に作り出そうとするのはエゴだと思う。 
ニュートラルな状態で淡々とすべきことをひとりで引き受けて行うことが基本なのだと思う。
洗脳によって視界がゆがめられたり曇っていると特別な瞬間はつかめない。

話はずれるけれど、恋愛における高揚感もまたすばらしいものだ。
しかしこれもやはりその瞬間にしかなく決して同じものは人工的には再生できない。
時間は戻ることがない。だからこそうつくしいのだ。

しかし、同じものを人工的に再生することは決して出来ないが、肚が座ったニュートラルな状態ですべきことをしながらいまの時間を淡々と生ききっているとまた思いもよらぬ違うギフトが届く瞬間はあり得る。
どんなものかは予想は出来ない。
だからこそ生きるのは面白い。 

深呼吸してニュートラルに戻り歩こう、いまを。


なんでもないいつも通る道の青空。
なんでもない道にも綺麗なものは存在する。