こんにちは。
いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
僕の部屋の本棚には、長年「いつか読むだろう」と信じて疑わなかった本たちが、静かに鎮座していました。自己啓発、マーケティング、小説、歴史…ジャンルは様々。その数、およそ30冊。どれも、買った瞬間は「これを読めば何かが変わるはずだ」と、胸をときめかせたものばかりです。
しかし、現実は非情です。月日は流れ、本の上にはうっすらと埃が積もり、僕の熱意はどこかへ消え去っていました。それらの本は、いつしか僕にとって「成長できていない自分」を突きつける、重い十字架のような存在になっていたのです。

「読むべき」という呪いと、「知的好奇心」という名の見栄
なぜ、僕は読めもしない本を買い続けてしまったのか。そして、なぜ手放せなかったのか。
その根底にあったのは、「これを読んでいないと、ビジネスパーソンとして失格だ」という強迫観念、そして「これくらい知っていて当然だ」という、他人に対する見栄だったのかもしれません。
本棚に並んだ背表紙は、僕の知的好奇心の証であると同時に、「まだ読んでいない」という負い目でもありました。ページを開くたびに感じるのは、知の探求の喜びではなく、「早く読み終えなければ」という焦り。これでは、本の内容が頭に入るはずもありません。
このままでは、本にとっても、僕にとっても不幸だ。そう感じた僕は、ある週末、意を決してその30冊の本と向き合うことにしたのです。
僕が実践した、本を手放すための「卒業式」
ただ捨てるのは、あまりにも寂しい。そこで僕は、本たちへの感謝を込めて、自分なりの「卒業式」を執り行うことにしました。
ステップ1:1冊ずつ手に取り、買った時の気持ちを思い出す
まず、すべての本を床に並べ、1冊ずつ手に取ります。そして、「なぜこの本を買ったのか」「この本から何を得たかったのか」を、静かに自問自答しました。この作業を通じて、自分が本当に興味を持っていたこと、そしていつの間にか忘れてしまっていた情熱の源泉に気づくことができました。
ステップ2:「今の自分」に必要かどうかを判断する
次に、それぞれの本が「今の自分」にとって本当に必要かを問い直します。「いつか読む」という曖昧な基準ではなく、「この1ヶ月以内に読むか?」という具体的な問いを立てるのがポイントです。この基準で判断すると、驚くほど多くの本が「不要」であることに気づきました。
ステップ3:感謝を込めて、次の読み手へ
最後に、手放すと決めた本たちを、丁寧に拭き上げ、感謝の言葉をかけながら箱に詰めていきました。行き先は、古本屋や図書館への寄付。僕の元では眠っていただけの本たちが、次の読み手のもとで新たな価値を生み出してくれることを願って。

空いたスペースに流れ込んできた、新しい「時間」と「情熱」
30冊の本が消えた本棚は、少し寂しげに見えました。しかし、物理的なスペース以上に、僕の心の中には大きな「余白」が生まれていました。
•「読むべき」というプレッシャーからの解放: 本棚を見るたびに感じていた罪悪感が消え、心が軽くなりました。
•自分の「本当にやりたいこと」の明確化: 手放す過程で、自分が本当に情熱を注げるテーマが何であるかを再認識できました。
•新しい挑戦への意欲: 本を買うために使っていたお金と、読むために確保していた(つもりの)時間を、ずっと先延ばしにしていた「新しい挑戦」に使う決意が固まりました。
僕の場合、それは「プログラミングの学習」でした。何年も前から「いつかやりたい」と思いながら、具体的な一歩を踏み出せずにいたことです。
積読を手放したことで生まれた時間的、金銭的、そして精神的な余裕が、ついに僕の背中を押してくれたのです。
「積読」は、未来の自分への「投資」ではなかった
かつての僕は、「積読」は未来の自分への投資だと信じていました。しかし、今なら分かります。それは、単なる「現状維持」の言い訳であり、行動しない自分を正当化するための行為だったのかもしれません。
本当に大切なのは、本を所有することではなく、本から得た知識やインスピレーションを「行動」に移すこと。
もし、あなたが部屋の隅に積まれた本を見て、少しでも心が重くなるのなら、一度、その本たちと向き合ってみませんか?
手放した先に、あなたが本当にやりたかったことが、見つかるかもしれません。
あなたが「積読」している本は、何ですか?そして、その本を手放したら、何を始めたいですか?
ぜひ、コメントであなたの思いを聞かせてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

