みんなの今日は、どんな一日になるかな(゜▽゜)


私は今、旅立ちの時です。

今日からしばらく、産休の主任のかわりに大阪で働きます。


が、一つ忘れ物をして、今から慌てて取りに行くとこ(´Д`)

はぁ…………



今日はバレンタインですね。

みんなは、あげるかな?
もらうかな?

昨日、私が担当しているお客様(おばあちゃま)に、
『まさ茶さん、今日でしばらく会えないって聞いたから、一日早いけど、チョコ食べて♪』
といただきました

masateaさんのブログ-Image121.jpg
きれいな箱。

masateaさんのブログ-Image122.jpg
赤いハートは、ラズベリーの味だったよ!


昨日は東京最後の日で、同僚みんなが何かしらくれるもんだから、机の上が差し入れで山積みに。

お供えものじゃ、ないんだからっ(>_<)


でも、なんか、
愛されてる気がした。


\^o^/

ステキな一日になりますように。
あんなに長い一日だと思っていたのに、昼過ぎには母のベットに一緒に横になり、寝てしまったから、あっという間に夕方に。

いつぶりだろう、一緒の布団に寝るのは。

ぎゅうぎゅうだったけどもf^_^;


母の夜ご飯が終わると、私が帰る仕度を始める。

夜行バスは22時20分発だけど、病院からの最終バスが19時05分だから、仕方なく帰る。

母は病室の外まで出てきてくれた。

帰り際、母を2回、抱きしめた。

ただ、泣けてきた。

母も泣いていた。

離れたくないと、強く思った。

母は、
『大阪に、負けるなよ』と言った。

涙が止まらなくなった。

大阪(本社)の主任さんが産休のため、私は助っ人として、長期出張に行く。
これにも、いろんな背景があり、私は気がのらなかったのだ。


『それじゃ、早く退院できるように早く寝てね』

と、私は歩き出した。

何度も振り返った。

ずっと母は見守ってくれてた。

病室から続く長い廊下を過ぎて、角を曲がると、本当にツラくなって、また廊下を覗いてしまった。

母はまだ、そこで涙を拭いていた。

今日ほど一人でいることがツライと思ったことはない。

いつも、自分の好きなことを好きなようにやっていて、大人になったつもりでいたけど、

私はまだ甘えん坊の子供なんだ、と思った。


今は、東京行きのバスを待つのにちょうどいい場所がなく、インターネットカフェでポツンとしている。

友達にもゆっくり会える日程にできたらよかったな。

寂しい。
とても。

母の病室から見た外。
masateaさんのブログ-Image111.jpg


昼過ぎから雪が降ってきて、辺り一面、真っ白になった。
masateaさんのブログ-Image112.jpg


母よ、早く元気になれ。
病院へは秋田市営バスで向かう。

masateaさんのブログ-Image108.jpg

高校時代お世話になったバス~。

病院へ着く頃には朝日も、だいぶあがった

masateaさんのブログ-Image105.jpg

病院のまわりは、田んぼだらけで、癒される。


母の病室は703号室。
ちなみに、私が大阪で住むウィークリーマンションの部屋も703号室!

偶然の一致!!


母は、病室の外まで出てきていた。
なんだか、一回り、小さくなったような気がした。

点滴もはずれ、ご飯も普通に食べて、もう少しで退院できそう。

でも、油断は禁物。

寝たきりは退屈だから、車イスに乗せて、あれこれ院内を連れ回した。

特別、何を話すわけではない。

用意してきた話のネタも忘れてしまった。

でも、ゆっくりできた。
お互い、一緒にいるだけでよかったのだ。

向かいのベッドのおばあさんに頼まれ、水を4本とプリンやゼリーを買い込む。


入院生活というのは、なんとも一日が長い。

母のご飯は、三食とも普通のかたさに炊いたご飯が出てきたけど、味噌汁はなかった。
バランスを考えているらしいけど、どう見ても寂しい色合いだった。

母は食べたくないと、私に譲ってきた。

さすが、あきたこまち、ご飯はとても美味しかった。


つづく。