この日は着替えも持ってなくて少し女子の練習を見るだけで帰りました。女子は活動を始めて

1週間でしたが、みんな上手に思えました。今まで想像していたピンポンとは違う感じでした。

先生が「俺は卓球を教えるのが得意」だと言った意味がわかりました。

帰り道、男子3人で自転車を押しながら帰りました。

「あいつら上手だったよねぇ」

「俺達もあんな風に出来るかなぁ」

3人とも不安であった。せめてスタートが女子と一緒だったらとも思いました。

僕はキャプテンにまでなってしまったのだから・・・

陸上部とも決別したし、もう後には引けない。


家に帰ってからラケットをみつめて頑張ろうと誓いました。

穏やかな15の春の日でした。

その翌日から練習に行きました。新しいラケットを持って先生の所にいくと、「あ~しまった。まぁいいか」

と少し残念がってました。後になって知る事なのですが、僕は背が高いのでカットマンにと考えていたそうです。

この時は卓球のラケットはこれしか存在しないと思っていたので、先生が残念がる理由はわかりませんでした。

この時、一緒に入部した男子が中学の時に吹奏楽部だったひろしと帰宅部だったじゅんでした。

2人ともただ顔を知っている程度なのでした。

先生は「男女合同で活動していくのでキャプテンは男子から出してもらいたい」

2人してほぼ同時に僕を指差しました。

先生も「よしまぁお前がやるんだ。嫌だったら来なくていい」と言い・・・

一瞬、戸惑いましたが1年しか部員がいないので仕方ない、誰かがやらなくてはいけないので簡単に引き受け

ました。

練習は第二体育館でやってました。バスケットコート2面のうち1面をバドミントン部、半面を新体操部、残りの半面

を卓球部(同好会)が使ってました。

この卓球のスペースはバドミントン部が使ってましたが、この場所を心よく譲ってくれたそうです。手狭になったのにも

誰1人と不満を言わなかったです。ホント感謝の気持ちでいっぱいです。

当時は未熟でこの件についてお礼を言う事が出来ませんでした。

今、この場を借りてお礼を言います。

「バドミントン部の皆さんありがとうございました」


体育館に入っていくと卓球台2台で女子4人が、いい感じでラリーをしてました。男子に先立ち女子は1週間前から活動

を始めていたそうです。すごく上手に見えました。

女子も同じ中学で顔なじみの、中学時代バレーのアキ、テニスのユキコ、テニスのモモ、吹奏楽部のマイという顔ぶれ

でした。

先生は「卓球部のキャプテンが参りました」と僕を紹介しました。少し照れくさかったですが、女子は集まってt拍手して

くれました。これが僕と卓球との出会いの瞬間。今思えば、とても懐かしく感動的な始まりでした。

説明会が終わった後にいったん家に帰ってから、地元のスポーツ店にラケットを買いに行きました。

この時の僕は卓球のラケットというものはペンしかないものだと思っていたので、迷わずペンのラケッットを

買いました。実際このスポーツ店は品数が少なくて、ペンのラケットしか置いてなかったけど・・・

ラケットとラバーとケースを合わせて7000円くらいになりました。持っていったお小遣いのほとんどを使って

しまいました。入学祝いとかで潤っていたのに、まぁ仕方ないです。

買ったラケットは確かバタフライの檜の単板で、檜の匂いが凄くよかったです。

その夜は勉強そっちのけで買ったばかりのラケットを眺めてたり、匂いをかいだりして過ごしてました。

卓球のラケットもなかなかかっこいいじゃないかと・・・自己満足したりして。」


入学式から2週間近く経ったある日、先生が声をかけてきました。「今日の放課後に説明会をするから」


やったぁーやっとこの日が来た。授業が終わり何もしないで帰宅するのが退屈になってきたからです。

説明会は狭い教室で15人~20くらいはいたのだろうか?

先生はただ一言


「やるからには優勝を目指してやる。遊びのつもりで来る人は断る。練習は厳しいと思う。それでも、やる気のある

やつは残ってくれ」


もう何年も前の事だけど、このような発言だったと思います。この時、教室に残ったのは3人。みんな、ぞろぞろと

帰っていった。後述するが、最終的にこの説明会のメンバーで最後まで残ったのは僕だけでした。

今、思えばこの説明会は劇的で、ここから全てが始まった。

飛行機が離陸するように・・・



部活をどこにするかは非常に迷いました。中学にやってきた陸上も候補には考えましたけど真っ先

に候補から外れました。やはり新しい事を始めたいという気持ちが強かったからです。

陸上で体力はついたのでそれを何か別の物に生かせればいいなぁという安易な気持ちもありました。

テニステニスもいいなぁ。バレーもいいなぁと思ったりもしてました。あと何故か吹奏楽部の2年の女子が

毎日のように勧誘してきたので少しは考えましたがやはり運動部に入りたいという気持ちが強かった

です。

K先生は「俺は卓球を教えるのが得意だ」と言ってたなぁ。その言葉が引っかかてました。自画自賛

するくらいならかなり自身があるんだろうな。あの先生の下で卓球を習ってみようかなぁと・・・

その気持ちがだんだん強くなり卓球部に入る事にしました。

入学式から10日近くが経ったある日の放課後、他の希望者とともに先生に志願しに行きました。

「卓球部に入らせて下さい」

先生は嬉しそうでしたが少々困惑した表情で、後日説明会を開くのでもう少し待ってて欲しいとの事

。僕としてはすぐにでもやりたかったので少し拍子抜けした感じでした。


それもそのはず。卓球部は5年前に廃部になっていて、その存在も練習場所もなかったのだから・・・

僕が高校に入学した199*年の春は今思えば穏やかな春の日々でした。こんな穏やかな春はもう

ないと思うくらい・・・

初めてみたK先生の印象はとてもではないけど、ちょっと引いてしまう印象でした。顔色は青白くて

黒縁のメガネをかけていて卓球がいかにも陰湿なスポーツだと自分で宣伝しているようでした。

2年生の頃だったと思う。海に行き日焼けして真っ黒になった僕に先生は言った。

「卓球は室内でやるスポーツだ。そんなに日焼けしたら練習もしないで遊んでいたと思われるだろ。

見た目も大事なんだよ」と・・・先生の卓球に対する思いが伝わり感動しました。

先生自身もばんばん試合に出てた時だったので、だからかっこ悪くても日焼けもせずに卓球一筋

なんだなぁと初めて気付きました。

そしてこの色白に黒縁のスタイルは最近になって1977年にペン表ソフト速攻で世界選手権を制した

河野選手似ていると最近気付きました。僕はこの選手をしる由もありません。時代的に先生は知って

いたはずです。先生に直接聞いたわけではないですが、あの卓球のスタイルと容貌を見るかぎりは

先生は河野選手を目標としていたと思います。

師匠の師匠を知った感じで嬉しかったですニコニコ

出会いって運命だと思う。その人の人生を左右するから・・・


中学時代、はっきりいって学校はそんなに好きでなかったです。考えるのはいかに楽しく過ごす

かで、何人かで授業を抜け出しては遊びにいったり、空いている教室で野球をしたりと今、思えば

かなり酷い事をしてました。先生達からも目をつけられまくってました。みんな同じ事をしても僕は

特に目立つみたいで・・・

そんな僕も高校受験をなんとか合格して運命の高校時代の始まりです。


家から近い所だったので、同じ中学の人も多かったのですが、他の中学の人も多くて、期待と不安

に胸を膨らませてました。

担任はこの年に赴任してきたK先生。最初の挨拶で・・・

「俺の趣味は卓球で俺の特技は卓球を教える事だ」

ほう、なんと面白い事を言う先生なのか。特技を卓球を教える事だというなんて・・・

「ただ、今卓球部はないのでこれから作ろうと思う。興味ある人は俺の所にきてくれ」

最初の自己紹介でまだ存在しないクラブの勧誘活動までして驚きでした。


この時点では部活はどうしようか迷っていました。中学にやっていた陸上をやろうかぁなとか。

この時、『卓球部』いう選択肢も加わったのは事実です。

卓球にそんな興味はなかったけど先生に魅力を感じたのです。