2020年 5月 1日 

                    コロナのおたより                                          

                           ーポエムを外れてー              

 

                                                                     まさおジイジ

 

 

 

         今年の1月、新型コロナウイルスの惨禍が中国・武漢などに広がり始めた頃、わ

       たしは、用心するに越したことはないと思う程度で、ダイヤモンドプリンセス船での感

       染推移を眺めておりました。
          それが何たることでしょう、国境などとは関係なく地球上大勢の人びとの生活やい

       のちが「煉獄」化していく惨状です。日本でも深刻な報道が、日ごと重なりはじめて来

       るので、90歳の爺・わたしも、さすがに不安になり、気が沈んできて、とんでもないこ

       とだと憤る毎日にもなりました。もはや自分も、ブログでポエムなんか呟いているどこ

       ろではないという心境にもなって、心身がフリーズしてくる有様になってまいりました。
          驚くべき世変わりのなかで、毎日、皆さん如何お過ごしですか。ご用心のうえ、

       「上を向いて自粛・自活」ですよね。それにしても、今年の若葉の伸びざま、ツツジの

       花の叢がりなど、なんとやけくそに美しいのか!

 

 

 

         皆さんは、この世界規模の惨禍をどのように見ておられますか。
         憂鬱になってきた私が、昨晩、妙な夢につつまれた話、それをちょっと聞いていた

       だきましょうか。 
          夢のなかで、爺の私は、奈良の東大寺まえに立っておりました。まわりには人っ

       気が全くありません。変だなあと思っていると、今度は、風景が二重橋前の広場に変

       わり、振りかえれば東京駅の建物も遠くに見えています。だが、松の点在する広場に

       は、全く人影がありません。なんと、何処を見渡しても人の姿は消えています。東京駅

       のスレート屋根を吹く南東の風に、フルートの微音がふるえているようですけれど、駅

       前の広場には、人っ子ひとり見当たりません。やがて、そんな映像がふっと消えるや、

       防護服マスク姿の医師が、メスをかざして私に迫ってくる、そこでハッツと迷夢は覚め

       ました。
         こんな奇妙な映像を思い返しながら、私は90歳、モウロク爺イの夢でしかないと

       は思いながらも、ちょっと待てよと思案がはしり始めました。

 

 

 

 

          そうだ、これは新型コロナウイルス禍に関わる悪夢のようだが、もし、このような

       細菌がさらに鋭く変容して、人びとの五臓六腑に食らいつき、生ま身を溶かして「い

       のち」を奪い、地上から人間を消滅させるような事態が、世に起こってきたとしたら

       ・・・そんなアホなことは全くあり得ないな、いやいや待て、今回の新コロナウイルス

       の変幻する感染力を見ると、まったく無いとは言い切れない。これはどうも人類史に

       事変を劃す予告かも知れない。そんな懸念が、私の胸にじんわりと浮かんでまいり

       ました。
          もしも、そのような凄惨な事態が広がって来るとしたら、世の様相は、どんなふう

       に顕れてくるのだろうか。そうですねえ・・・
          晴れた五月の青空には、あの東京スカイツリーが聳えているし、浅草の雷門の

       大提灯はすこし揺れているけれども、もはや門前に誰もいない。東京駅のホームに

       は新幹線の最新車両が停まったままで、街に林立する高層ビルには、春の陽が射

       しているけれども、大都会TOKYOの市街には、人っ子の影姿すら一切見えず、晴

       れた青空のもと、春風だけが街なみをナダソウソウと吹いている華麗な静寂の拡が

       りとなるでしょう。
         強烈な感染力を持つウイルスが、この先、さらに変容して、人間社会に襲いかか

       る怖れはあります。ワクチンや新しい治療薬の備えを潜りぬけた鋭いウイルス細菌

       が現出して、つぎつぎと人を消していく。かって、恐竜が絶滅していったように人類も

       消える。いま現在、地球上の人びとが被っている災難は、襲来するであろう自然災

       害の予知と同様に、直面するかも知れない人類史破滅の様相までも告げているの

       かも知れませんね。

 

 

 

 

           もし、今回のコロナウイルスがさらに変異して、現在の深刻な事態以上に人びと

       の生身に浸食してくれば、あまたの世界遺産などが、光のなかに燦然と鎮座していよ

       うとも、人の世は、まったく不条理に沈黙した奇妙な風景に変わっていくでしょう。その

       ような遺物化していく都市の影絵は、このたびのコロナ襲撃でも、現実にその一端が

       見てとれました。例えば、先般、パリ市がロックダウンされ、人の姿が全く消えた映像

       がながされました。いかに春の陽が晴れた五月の青空にかがやき、パリの凱旋門の

       うえに、自由・平等・博愛の虹がかかっていようとも、それこそ、人っ子不在となった

       シャンゼリゼ通りは、次第に冷えていく石化風景にしか見えません。
           ウイルスの潜入によって、人が消えていけば、世界すべての都市の景観は、街ビ

       ルが墓碑銘のように林立しているだけで、停まった車両は線路上に横たわり、滑走

       路には航空機が放置され、湾内大桟橋の先に広がる波の上を、人の乗らないダイヤ

       モンド・クルーズ船などが艀とともに漂っている、そんな息絶えた光景が望まれるだけ

       の図柄となるでありましょう。

 

 

 

 

 

            それどころか、米ソなどの軍事基地には、最新式の「核ミサイル」や大量の武器が

       蔵置されたままです。人間が消えてしまえば、アメリカ、ロシヤなどの国々が、長年にわ

       たって莫大な国費を投じて設置した核装備などは、地球にとって、もはや厄介で邪魔な

       遺物です。
         明らかに、核兵器などの軍備は、尖鋭なウイルスが人民を襲う攻撃に対しては、まっ

       たく役に立たない代物です。改めて、これらの軍事大国は、何のために、何を護るために、

       核武装などに莫大な資金等を投入してきたのか、その施策は、国民との関係において

       何だったのかと問われざるをえません。核保有国やその同盟国もふくめて、このたび

       コロナ惨禍の深刻さのなかで、「核軍事体制」強化の国策などは、人々の生命や暮らし

       を護ることとの関係において、根本から再考されることが求められていると思います。
         獰猛なウイルスは、如何なる核戦力を備えている国であろうと、「いつでもコロナ攻撃

       を食らわすことが出来るぞ」と、愚かな国の【つかさ】たちに対して、近未来に起こりうる

       であろう「怖さ」を突きつけていますね。
          ああ なんという南無阿弥陀仏の鐘の猛打か!

 

 

 

 

 

          じつに馬鹿げた夢想ではありますけれど、見当違いの予測ではないと思います。

       私は、ロックダウンした国に見られる、人々不在の街の映像を見詰めていまして、遺伝

       子配列が変異していく尖鋭なウイルスごときによって、人の生命ばかりか、社会・経済や

       政治までもが危機的状況におとしこまれる。これはまさしく、現存社会の欠陥を、コロナ

       問題が世界的規模で明るみに引き出したものではないかと思います。すべての社会領

       域で、大変革が求められているのではありませんか。
            どんなに対策を強化しても、このようなウイルスは更に尖鋭に変異してくるでしょう

       から、ワクチン開発などでの予防、治療薬の探求や医療体制の整備などを進めることは

       当然です。しかし営利を追求せざるを得ない製薬資本だけに、もはやこの大事業を託し

       てはおけません。抜本的に、感染症の基礎研究から、先端医薬品の開発、そして治療

       方法に至るまで、人々が安心できる、総合的インターナショナルな対策事業体の設置が

       国に対しても求められます。

 

 

 

 

 

         考えてみれば、今回のコロナ惨禍では、総ての人が被災していますから、人々の総

       力を結集すれば、体制を変革できる絶好の機会でもありましょう。
         世界を抜本的に、「金融至上空間」から、人びとが「共生する社会・経済空間」に造り

       替えましょう。真の人権と平和を求めて、国の統治機構はもとより、国際的な機関も大改

       造しようではありませんか。現存するコロナ惨禍は、人類に新たな課題を示しているもの

       とも考えられます。このたびの新コロナ・ウイルスによる惨状は、地球に住む人間たちに、

       「金融愛」とか「覇権・独裁」で積み固められた体制の改革を求めています。そして、総て

       の人々が平安に暮らせる自由・人権尊重の社会を造りだすこと、人々のために政治や

       経済をまわす国家に改変することが、期待され希望されているものと思います。
         私は、いまコロナの悪夢から眼を覚ましながら、こんな事を考え始めました。でも、

       もはや90歳、皆さんを激励、応援しながら、大きな課題への取り組みをお願いするほか

       ありません。
          私は、皆さんの健康保持といっそうのご活躍を期待しつつ、暫くは、ご一緒に「上を

       向いて歩く」ことと致しましょう。

                                             
                                             
                                                                            2020年5月1日