まさをグッド・バイ 日々雑感
こどもの頃、夢中になった本は?
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小学生の頃、子ども向けの
シャーロック・ホームズもの、
怪人21面相、明智小五郎など
江戸川乱歩もの、
いわゆる探偵小説を図書館でかりて
夢中になって読んでいた。
ガストン・ルル―の
「黄色い部屋」とかも印象深い。
それと、那須正幹先生の
ズッコケ3人組シリーズは、
僕が児童文学を目指したきっかけだ。
そういった児童書とかと別に、
子どもの頃からプロレス関連の
本、雑誌を何冊も読みあさった。
今は無いカタクラモールという
デパート(現在はイオンモール)で
初めてプロレスに関する本を
買った時のことは今でも覚えている。
確か小学3年生くらいだった。
当時からゴングとか
雑誌の存在は知っていて、
それが読みたかったのだが
売っていなくて、写真集のような
「アメリカン・プロレス」
なる本を買った。
主にWWF(現WWE)の選手が載っていて、
ブルーノ・サンマルチノが
(ブルーノ・マーズはサンマルチノから
その名前をとっている)、
バディ・ロジャースを
バックブリーカーにとらえた写真とか、
当時のWWFチャンピオンだった
ボブ・バックランドが、ビリーグラハムを
コブラツイストにとらえた写真なんかが
印象に残っている。
この1冊を手始めに、その後、
プロレスに関するありとあらゆる本、雑誌を
買い集めた。お金のある家では無かったが、
なぜか本だけは買ってくれた。
プロレス本に関しては、父もファンだったから
特に買ってもらえた。
当時、プロレス雑誌が
週刊化されたこともあって、
プロレスに関する本はどんどん増えていった。
中学、高校の頃は、古本も集め出したので、
最終的には、何千冊ものプロレス本に
囲まれていた。
でも、子どもの頃に買い集めた本、マンガは、
親が仕事仲間にだまされて実家を手放した時、
行き場がなく、ほとんど手放してしまった。
プロレス本だけは、
近所の友人が引き取ってくれて、
長年、保管してくれたけれど、
さすがに引き取ることになって、
でも、結局、保管場所が無くて、
すべて他の方に引き取ってもらった。
「無料で差し上げますが、
プロレスが好きな方で、
本を大切にしてくれる方」
という条件で、引き取ってもらったのだが、
すぐにプロレス図書館等とうたって、
お金をとって商売の利用されてしまって。
言葉にできないくらいショックだった。
たぶん自分がいなくなるまで、
忘れることはできないと思う。
さて、最近、読んだ本。
児童文学の名作「光車よ、まわれ!」。
作者の天沢退二郎は、
宮沢賢治の研究で有名な方である。
SF冒険ファンタジーになるのだろうか。
けっこうシビアな話であるが、
一番、ビックリしたのは、
これで終わりでは無いこと。
続編を書く予定であったのだろう。
ラストもその伏線で終わっている。
でも、続編が出ることは無かった。
その理由も今や分からないが、
とても残念である。
他に何冊か。
毎日、何かしら読んでいる。
ただ夢中になって読む、
ということは、もう無いなあ。
エイプリルフールで笑った嘘は?
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笑ったウソではないけれど、
4月1日エイプリルフール。
朝、仕事に行かなくちゃ
って思って起きたら、
前日、仕事を辞めていた。
前日の3月31日、
辞める気なんて無くて
異動のことで上の人たちと
話し合いをしているうちに、
相手からの売り言葉に
ついのってしまい
「辞めます!」
と言ってしまった。
もちろん、退職届なんて
用意もしていなかったけど、
すぐに書け!って言われて。
結局、相手の作戦に
のってしまったのだ。
15年間、勤務した。
苦しいことも多かったけれど、
思い出のたくさん詰まった職場。
こんなにあっさりと
辞める日が来るなんて
思いもしなかった。
でももう、あの頃の自分には、
もう立ち向かうほどの
力が残っていなかった。
4月1日、
エイプリルフールだもん。
辞めたなんてウソに決まってる。
そろそろ「職場に出てこい!」
って電話が来るんだ。
そうしたら職場に出て行って、
笑ってやるんだ。
悪い冗談だったね、って。
1日が過ぎて、2日、3日、
1週間が過ぎて、
ひと月が過ぎて・・・
とうとう連絡は来なかった。
思えば僕の人生の時は、
この頃から
止まったままなのかもしれない。
幸せを手に入れかけると、
遠ざかる。その繰り返しで、
僕の手の中には、
哀しみばかりがたまっていった。
あの頃の僕の夢は、
君といることだった。
それが幸せだと信じていた。
この歌のように、
神様はいると・・・
と、それだけを信じて
生きることは辞めなかった。
そういえば、この4月1日は、
いつだっただろう?
そうだ、2009年だ。
三沢光晴さんが
亡くなった年だった・・・
先週、第2期が最終回した
アニメ「葬送のフリーレン」
第3期につながる最後の場面は、
鳥肌もの。
デンケンさん(78歳)
かつて78歳の老人が主人公
となったアニメはあっただろうか。
(あったらごめんなさい)
来年10月放送予定の
第3期の主人公である。
最終回、Milletの曲も良かった。
さて、週末、息子の用があって
先週に続き駅前へ。
となると、
やっぱり駅前の翁堂へ。
今回はちゃんと撮りました
メンタイコ・スパゲティ。
(って、先週と同じ)

と、バナナパフェ。
(先週と同じ)

向かって左は息子が注文した
モカ・パフェ。これもまた美味しい。
翁堂に来ると毎回、思い出すのが、
まだ店内が今より広かった
高校時代、ひとりで来たこと。
大きな楕円形のテーブルがあって、
そこにひとり座って、
ピザとアイスコーヒーを頼んだ。
生まれて初めて、
ひとりで飲食店に入った。
ドキドキしながら周りを見ながら、
今でもそんな若かった
自分が思い浮かぶ。
それと就職してから、
仕事の途中でたまたま
食事をしようと入ったのだが、
その時、ウエイトレスさんが
「山本先輩!」
と声をかけてきてくれた。
高校の部活の後輩だった。
元々、背の高くすらっとした
可愛い子であったが、
卒業してから
10年近くたっていただろうか?
より可愛い女性になっていて
驚くほどだった。
一緒にいた年上の職員さんが
「おい、あんな可愛い子と
知り合いなのか?紹介しろよ!」
なんて言っていた。
ああ、高校時代、
頑張っていれば・・・
というか、高校時代、
ぜんぜん恋愛とか
できてなかったからなあ。
ああ、バカだった・・・
と、そんなことを思うくらい
ちょっとした衝撃だった。
ちなみに、この年上の職員さん。
その後の会うたびに、
この子のことを言っていた。
今やすっかり出世しているが
去年だったか。偶然、
会った時もこの話がでたような。
ところでこの時、後輩の子、
僕が背広を着て
(会議だったんだろうな)
仕事をしていることを
とても褒めてくれたような。
(それくらいテキトーな男
だったんだと思う)
ああ、LINEが当時、
発明されていればっ。
悔やまれる青春の思い出である。
(って、彼女から見ると、
僕なんかにはまったく
興味も無かったであろうが)

松本駅構内のゴジラ。
地元有志の方々の作である。
思った以上に大きい。
みな写真を撮っていた。
やはりゴジラを前にしたら
言わなくちゃならない。
「今、何時?」
「5時ら」・・・
ああ、デンケンのように
歳はくっているけど、
醜く足搔きたい。

