まぬかようさいどう
プロローグ
何になりたい、なんて明確な夢があったわけじゃなかった。地元の普通高校にのんびり通って、いざ3年になって進路を考えないとって時期に選んだのがこれまた地元の小さな服飾専門学校だったってだけ。
でもそこでの勉強や実習は、予想していたよりもずっと楽しくて、わたしはデザイン含めて、自分ひとりで服を作り上げるということにすっかり夢中になってしまった。
できれば、そういう仕事に就きたいって思い始めたけど、世の中にはわたし程度に(その学校では成績は割りと良かったんだけど)裁縫ができてミシンが扱えて、ずっとセンスのある人がゴマンといるってことはわかりきっていた。
それでもそんなことを親に相談したら、
「やれるだけやってみなさい」
って紹介状を書いてくれた。正確にはお父さんのお母さん、つまりおばあちゃんの知人で、東京でブティックを経営している人がいて、クチをきいてくれたんだ。
田舎育ちの、ちょっとばかり裁縫を習ったぐらいの小娘が、いきなり東京のブティックなんかで働けるの、とわたしは逆に気後れしてしまった。
だけど、若いウチに苦労はしとけ、なんてお母さんも言うし、友達からはうらやましがられるし、でわたしもだんだんその気になってきて、
「ようし、行っちゃえ!」
って専門学校を卒業した春に、ひとり上京することになった。
荷物は少なく、数日分の着替えと、組立て式のミシンやらなにやら、学校でずっと使っていた道具一式。
帰りの電車賃だって怪しいぐらいの寂しい財布。出来るだけ親を頼らずに、自分の力でがんばろうっていうわたしなりの決意のあかしのつもり。
紹介してもらったブティックは住み込みで、お手伝いさん的なお仕事も含めての採用だって電話で言われた。わたしは家事全般もそれなりに得意なほうだと思うし、住むところを探す手間もお金もかからないのはむしろ好都合だった。
そんなことを電車の外の景色を眺めながら考えているうちに、どうやら教えてもらった、降りるべき駅に着いたみたい。慌てて荷物を降ろして、ホームに飛び出した。
東京、といってもここは都心からはすこし外れているみたいで、高層マンションなんかより、安アパートのような建物が目立つ町。人はけっこう大勢いるみたいで、駅前からバスのロータリーを越えて続く商店街はずいぶん賑わってる。
思い描いていた都会のイメージと違ったのはちょっと残念だけど、でも地元で見慣れたのと同じような光景に安心したほうが大きかったり。
カバンから、おばあちゃんに書いてもらった地図を出す。おばあちゃんが昔東京に、このあたりに住んでいたなんて、今回の件がなかったらずっと知らないままだっただろうな。おばあちゃんは80近いけどまだまだしっかりしたもので、地図の字もすごく読みやすい。商店街のお店も、いくつかは変わっている(もう何十年も前なんだから、あたりまえだ)けど、ほとんどそのまま。これから住むことになる町だから、少し見物しながらゆっくり歩いていこう。
しばらく歩いて、商店街の一番奥まった所に、そのお店はあった。
年季が入っているけどキレイに磨かれたショウウィンドウ、中には落ち着いた感じのワンピースを着せられたマネキン人形が立っている。洋風な造りの1階の上に、少し不自然な形で和風な2階が乗っている。そこが住居も兼ねているんだろう。
たぶん昔は建物全体が和風だったのを、後からお店の部分だけ改装したんじゃないかな。
その、和風と洋風の境界線あたりに、これまた純和風の看板で、
「堂裁洋額真」
と書かれている。どうやらこの看板だけは、建物自体よりもずっと古いものみたいだ。右から読めば、「真額洋裁堂」、聞いていた店の名前。確かにブティックというより、洋裁堂とか洋裁店なんて呼ぶのが合っている雰囲気だ。
ゆっくり歩いて商店街見物していたのも、実は半分緊張を紛らわすためだったりした。人見知りが激しい方じゃないけど、これからお世話になるお店の人と顔をあわせるのは、やっぱりちょっと気後れする。怖い人だったらイヤだなあ、と思いながらも、ぐっと足をふんばって、お店のドアを開けた。
「カランカラン」
よくあるドアに連動した鐘が乾いた金属音をたて、ちょっとびっくり。お店の中はオリジナルらしい婦人服、子供服などが陳列されている。ごくごくオーソドックスなデザインのものばかりなんだけど、なんとなく惹かれるものを感じて、近くにあったブラウスを手にとってみる。
生地のよさ、仕立ての丁寧さがわかるぐらいには勉強しているつもり。ブランドものみたいに高いんだろうなあ、とハンガーにつけられた値札を見ると、さすがに量販店のものとは比べられないけど、それでもずいぶん安い。今の状況を忘れて思わず買いたくなってしまった。
「なにかお探しですか」
ふいに背後から。小さい、それでいて凛としたハッキリとした声。べつにやましいことはないのに、急に背筋に冷たいものが走った。みていたブラウスを慌てて戻し、振り向く。
目の前には、わたしよりすこし背の高い、ほっそりした女の人が立っていた。黒いやたらとフリルのついた-いわゆるゴスロリってやつだろうか-衣装に、まぶしいぐらい対照的な白い肌、さらにその長いストレートの髪は、全てを吸い込むような漆黒。営業スマイルを浮かべてはいるが、その視線はわたしを射抜くように鋭い。
背中にぞわりと走る寒気はそのままに、わたしは自分が赤面しているのを感じた。そのまま、ぎこちなくお辞儀をする。下げた頭の中はもう真っ白に近い。
「こ、こんにちはっ わたし、稲垣単衣っていいます」
目の前の彼女は、それを聞いたとたん、急に雰囲気が変わった。にっこり笑ったその顔は、先ほどまでの営業スマイルとはぜんぜん違う、人懐っこいものだった。
わたしの寒気は一気に溶けてなくなり、部屋の温度が上がったんじゃないかと感じたぐらいだ。
「ああ、ハルコさんのお孫さんの。あなたが今日から来てくれる方だったんですね」
ハルコというのは言うまでもなくわたしのおばあちゃんの名前だ。でも、年はわたしとそれほど違わない感じなのに、おばあちゃんを「ハルコさん」って呼ぶものだからちょっと不思議な感じがした。彼女は、さらに続ける。
「私が、この店の主人の、真額詩織です。よろしくね、ヒトエちゃん」
まぬかしおり、という奇妙な語感の名前を耳の中に響かせながら、私は住み込みの見習い店員として、この真額洋裁堂での第一歩を踏み出した。
(つづくかもしれない)
プロローグ
何になりたい、なんて明確な夢があったわけじゃなかった。地元の普通高校にのんびり通って、いざ3年になって進路を考えないとって時期に選んだのがこれまた地元の小さな服飾専門学校だったってだけ。
でもそこでの勉強や実習は、予想していたよりもずっと楽しくて、わたしはデザイン含めて、自分ひとりで服を作り上げるということにすっかり夢中になってしまった。
できれば、そういう仕事に就きたいって思い始めたけど、世の中にはわたし程度に(その学校では成績は割りと良かったんだけど)裁縫ができてミシンが扱えて、ずっとセンスのある人がゴマンといるってことはわかりきっていた。
それでもそんなことを親に相談したら、
「やれるだけやってみなさい」
って紹介状を書いてくれた。正確にはお父さんのお母さん、つまりおばあちゃんの知人で、東京でブティックを経営している人がいて、クチをきいてくれたんだ。
田舎育ちの、ちょっとばかり裁縫を習ったぐらいの小娘が、いきなり東京のブティックなんかで働けるの、とわたしは逆に気後れしてしまった。
だけど、若いウチに苦労はしとけ、なんてお母さんも言うし、友達からはうらやましがられるし、でわたしもだんだんその気になってきて、
「ようし、行っちゃえ!」
って専門学校を卒業した春に、ひとり上京することになった。
荷物は少なく、数日分の着替えと、組立て式のミシンやらなにやら、学校でずっと使っていた道具一式。
帰りの電車賃だって怪しいぐらいの寂しい財布。出来るだけ親を頼らずに、自分の力でがんばろうっていうわたしなりの決意のあかしのつもり。
紹介してもらったブティックは住み込みで、お手伝いさん的なお仕事も含めての採用だって電話で言われた。わたしは家事全般もそれなりに得意なほうだと思うし、住むところを探す手間もお金もかからないのはむしろ好都合だった。
そんなことを電車の外の景色を眺めながら考えているうちに、どうやら教えてもらった、降りるべき駅に着いたみたい。慌てて荷物を降ろして、ホームに飛び出した。
東京、といってもここは都心からはすこし外れているみたいで、高層マンションなんかより、安アパートのような建物が目立つ町。人はけっこう大勢いるみたいで、駅前からバスのロータリーを越えて続く商店街はずいぶん賑わってる。
思い描いていた都会のイメージと違ったのはちょっと残念だけど、でも地元で見慣れたのと同じような光景に安心したほうが大きかったり。
カバンから、おばあちゃんに書いてもらった地図を出す。おばあちゃんが昔東京に、このあたりに住んでいたなんて、今回の件がなかったらずっと知らないままだっただろうな。おばあちゃんは80近いけどまだまだしっかりしたもので、地図の字もすごく読みやすい。商店街のお店も、いくつかは変わっている(もう何十年も前なんだから、あたりまえだ)けど、ほとんどそのまま。これから住むことになる町だから、少し見物しながらゆっくり歩いていこう。
しばらく歩いて、商店街の一番奥まった所に、そのお店はあった。
年季が入っているけどキレイに磨かれたショウウィンドウ、中には落ち着いた感じのワンピースを着せられたマネキン人形が立っている。洋風な造りの1階の上に、少し不自然な形で和風な2階が乗っている。そこが住居も兼ねているんだろう。
たぶん昔は建物全体が和風だったのを、後からお店の部分だけ改装したんじゃないかな。
その、和風と洋風の境界線あたりに、これまた純和風の看板で、
「堂裁洋額真」
と書かれている。どうやらこの看板だけは、建物自体よりもずっと古いものみたいだ。右から読めば、「真額洋裁堂」、聞いていた店の名前。確かにブティックというより、洋裁堂とか洋裁店なんて呼ぶのが合っている雰囲気だ。
ゆっくり歩いて商店街見物していたのも、実は半分緊張を紛らわすためだったりした。人見知りが激しい方じゃないけど、これからお世話になるお店の人と顔をあわせるのは、やっぱりちょっと気後れする。怖い人だったらイヤだなあ、と思いながらも、ぐっと足をふんばって、お店のドアを開けた。
「カランカラン」
よくあるドアに連動した鐘が乾いた金属音をたて、ちょっとびっくり。お店の中はオリジナルらしい婦人服、子供服などが陳列されている。ごくごくオーソドックスなデザインのものばかりなんだけど、なんとなく惹かれるものを感じて、近くにあったブラウスを手にとってみる。
生地のよさ、仕立ての丁寧さがわかるぐらいには勉強しているつもり。ブランドものみたいに高いんだろうなあ、とハンガーにつけられた値札を見ると、さすがに量販店のものとは比べられないけど、それでもずいぶん安い。今の状況を忘れて思わず買いたくなってしまった。
「なにかお探しですか」
ふいに背後から。小さい、それでいて凛としたハッキリとした声。べつにやましいことはないのに、急に背筋に冷たいものが走った。みていたブラウスを慌てて戻し、振り向く。
目の前には、わたしよりすこし背の高い、ほっそりした女の人が立っていた。黒いやたらとフリルのついた-いわゆるゴスロリってやつだろうか-衣装に、まぶしいぐらい対照的な白い肌、さらにその長いストレートの髪は、全てを吸い込むような漆黒。営業スマイルを浮かべてはいるが、その視線はわたしを射抜くように鋭い。
背中にぞわりと走る寒気はそのままに、わたしは自分が赤面しているのを感じた。そのまま、ぎこちなくお辞儀をする。下げた頭の中はもう真っ白に近い。
「こ、こんにちはっ わたし、稲垣単衣っていいます」
目の前の彼女は、それを聞いたとたん、急に雰囲気が変わった。にっこり笑ったその顔は、先ほどまでの営業スマイルとはぜんぜん違う、人懐っこいものだった。
わたしの寒気は一気に溶けてなくなり、部屋の温度が上がったんじゃないかと感じたぐらいだ。
「ああ、ハルコさんのお孫さんの。あなたが今日から来てくれる方だったんですね」
ハルコというのは言うまでもなくわたしのおばあちゃんの名前だ。でも、年はわたしとそれほど違わない感じなのに、おばあちゃんを「ハルコさん」って呼ぶものだからちょっと不思議な感じがした。彼女は、さらに続ける。
「私が、この店の主人の、真額詩織です。よろしくね、ヒトエちゃん」
まぬかしおり、という奇妙な語感の名前を耳の中に響かせながら、私は住み込みの見習い店員として、この真額洋裁堂での第一歩を踏み出した。
(つづくかもしれない)