性のお話しが出来るお部屋mami25

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 3年で大分に帰るはずだった娘が、「もう1年勉強したい。」なんて言うもんだから、実家は大変です。

 父はごくごく普通の会社員、母はデパート勤務で仕送りをしてくれていましたので、さすがにちょっと悪いかなと思い追加した1年は仕送りを減らしてもらいました。

 バイトは「とろろご飯」が有名な日本料理屋さんで、時にコンパニオンという仕事をしていました。(それでもスネカジリなのは変わりなし)

 

 初めての寮生活もまた楽しく、15人という少ない人数の助産科の仲間と楽しく生活していました。

 寮なので、門限があったり食事の時間があったり、外泊願いがあったりしましたが、助学(助産師の学校という意味)は分娩介助実習で夜呼ばれたりするので、その辺は割と緩く、緩いことをいいことに夜の町へ遊びに行ったりしてました。

 仲良しな助学のみんなで飲んだり、近くの大学生と遊んだりして、いわゆる女子大生を楽しんでいた。

(女子はかわいく男子はかっこよくみたいなジェンダー役割の固執した概念もありました)

 

 その頃ハマった漫画は、田村由美さんの「BASARA」。

 アメリカドラマもはまっていて「ER」はビデオを撮ってみてました。(グリーン先生が好きだったよ)

 

 年の離れた同級生がいて、今でも仲良しで、当時、夜中まで遊んでて、寮に入れないから地下の小窓を開けてもらってコソコソと帰宅するのを助けてもらってました。そういうのがかっこいいと思い込んでた。

 

 なんせ、自分の感情を感じにくい傾向がある。

 友達が楽しいとハマっていれば、自分も楽しくなるし、怒って意見を言ってれば、少しちがうかな?と思っても友達たくさん欲しいから賛同してしまう。だから後悔することもあったけど、表向きはアクティブで前向きな人です。

 

 助学は1年しかないので、前半は学校での授業が多いけど、後半はほとんど病院実習です。

 座学がとにかく苦手で、朝は眠いしだるいしとにかく起きれない。これは高校時代からそうで今の時代だったら、起立性調節障害と診断がつくと思う。なので、授業がしんどくて。教科によっては授業の最初に必ず絵本と読んでくれる先生がいて、心地よすぎてチーンZZZです。

もう、先生たちは呆れてたと思う。(問題児?心配度ナンバーワンだったでしょう)

 

 そんな子が、実習に行くと動きがある臨床現場が楽しかった!

 知識量が少なくて、怒られたりするんだけど、妊婦さんとのかかわりや、産まれてくる子の力の素晴らしさや、産む女性の神秘やら、女性の体で起きている事の壮大さを感じて!

先生方に「まさか、あなたが!びっくりだわー。」と何度も言われました。

 

 しかも、初めてともいえる受け持ち妊婦さんの分娩介助が、産まれたのが赤ちゃんじゃなかった!(すみません。御幣を招く言い方ですが、率直な私のその時の感情です)

 分娩第1期にずっと付き添ってて、陣痛が痛そうだな~。いつ担当の助産師さんを呼んだらいいのかな~と思っていたら、苦しそうな産婦さんが

「何か出たー!」と。

もうね、産まれてしまった~~。しまった~~!と思って大慌て!

で、見てみたら、赤ちゃんじゃない!

その時点でパニック!

なんだか白い風船みたいなのが出てきているのです!

な、な何?病気?(いや、そんなわけない。おちつけ~~)

一緒に介助してた親友の学生が助産師さんを呼んでくれて、急いで分娩室に移動。

「破膜して(卵膜を人工的に破ること)。」って言われるんだけど、

(やっと、卵膜が破れずに出てきている胎胞娩出だと分かる)

産道の中での破膜は学校で習ったけど、娩出している状態での破膜が分からない。

ようやく何とか落ち着いて、無事に産まれてくるわけですが、本当に経験させていただくことがどんなに責任の大きいことかという事を実感したし、お産は何が起こるか分からないと肝に銘じました。

 

そんなこんなで、卒論は「母子の愛着形成(アタッチメント)について」を書いて卒業です!

 

さぁ、いよいよ就職!

写真は、実習中の仲間たちと。

では、また書くね。