産まれたばかりのきみを抱っこして

 

やわらかい髪の毛とあたたかな額にふれながら

 

なんともいえない幸せ感にひたった日が、まるできのうのことのよう

 

 

 

ほほを真っ赤にしながら

 

いっしょうけんめいに寝返りをうとうと全身でがんばるきみを

 

がんばれ、がんばれ、とこぶしをにぎりしめ見ていた日が

 

まるできのうのことのよう

 

 

 

おぼつかない足どりで、満面の笑顔でかけよってきてくれたきみを

 

ちいさな口で、はじめて「まま」といってくれるようになったきみを

 

両手でだきかかえ、まあるいお腹に顔をこすりつけ、げらげら笑わせたあの日が

 

まるできのうのことのよう

 

 

 

きのうは本当の昨日ではないけれど

 

そのきのうのことのようなあの日が、こんなにちかくてよかった

 

 

ずっと、まるできのうのことのように

 

きみを見守った日々を、おもいだしては幸せになる

 

 

ありがとう、いとしい「きのう」をくれたきみへ

うちの長男は今年高校に入学し、毎日楽しそうに通学している。

 

入学おめでとう!高校受験、大変だったね!

 

と言いたいところだか、こちらには高校受験なんてものはなし。

 

入学式というものもなし。

 

さらーっと学校生活がスタートした。

 

 

こちらでは、義務教育である中学以下と同じように、私学に進むわけでなければ

 

学区分けされた地域にある高校に自動的に進む。

 

 

息子の中学3年間と言えば、友達とゲームをし、たまに映画とかに行って遊び、

 

家の手伝いをやらされつつ、妹弟の面倒も見て、

 

けっこうゆったりと過ごしてきた日々だった。

 

 

息子はフレンチカナディアン(フランス語を母国語とするカナダ人)なので、

 

英語ではなく、フランス語の学校に幼稚園から通ってきた。

 

高校ももちろんフランス語の学校。

 

 

先日学校説明会があったので夫と一緒に参加してきた。

 

 

私のフランス語に限界があるため、全てを理解できたとは言えないが

 

なんとなく、こういう空間で、こういう先生たちと、

 

こういう勉強をしていくんだな

 

ということが感じ取れた。

 

 

こちらの高校は、私にとってみれば「大学」のような感じだった。

 

ホームルーム(PAAQという)が毎朝、担当の先生と、

 

15人ほどの生徒のグループでなされる。

 

このホームルーム、なんと高校4学年(こちらは高校が4年間あります)

 

がミックスされているというではないか。

 

 

一学年3-4名ずつ、年齢の違った同じ生徒と毎朝まず顔を合わせ、

 

ちょっとした活動をするらしい。

 

 

目的としては、大きなお兄さんお姉さんが年下の子達をお世話してあげようね、

 

という感じらしいのだが、同学年で形成されていない少人数のホームルーム、

 

なんとも画期的である。

 

 

 

そのホームルームに1時間参加した後、

 

それぞれが自分の授業を受けに散らばっていく。

 

 

フランス語、数学、そしてもう一つの科目(フランス語で”Enjeux”という科目、

 

物事、挑戦、という意味らしいが、なんという訳が的確なのか私には不明・・・

 

この授業内容についてはまた後程書きたいと思う)が必須で、

 

あとは選択科目が2つ。

 

 

息子は「体育」と「物理」を選択したので、その二つが加わって

 

9月から12月の前期、この5つを毎日受けることになっている。

 

 

自分の授業を午前中にふたつ、午後にふたつ。

 

昼食は1時間あり、高校内のカフェテリアで自分の持ってきたお弁当を

 

食べてもよし、カフェテリアで何かを買うもよし、

 

外に出て買ってきて食べるもよし

 

家が近い人は自分の家で食べるもよし。

 

 

勝手に学校を出ていいの?っと耳を疑ったが

 

「なぜダメなの?」という感じ。

 

時間までにちゃんと戻ってきていればいいのだそうだ。

 

 

ひとつ厳しいのは、遅刻と欠席。

 

ちゃんと朝8時までに親が連絡をしない限り、「理由のない遅刻、欠席」

 

としてマークされてしまう。

 

5回「理由のない遅刻、欠席」が発生すると、

 

そこで自動的に25%の成績がなくなってしまうんだそう。おそろしや。

 

 

あと、ほぼ毎月テストとレポート提出がある。

 

これには自分で取り組み、そのホームルームのお兄さんお姉さんに

 

質問するもよし、先生にメールするもよし、

 

分からないところは自分で解決させながら、完成させ、提出する。

 

 

自分のノートパソコンは必須。

 

教科書なんて言うものはなく、オンライン上のプラットフォームを使い

 

教材のやり取り、提出などなどをしている。

 

 

私の高校時代とは雲泥の差だ・・・・

 

 

ちなみに、服装についていえば、

 

女子は露出が激しくないこと

 

過激な絵や文字の模様の洋服を着ないこと

 

くらいで、あとは何でもいい。

 

メイクも、ピアスも、髪を染めるのだって、なんだって。

 

 

息子は自分のありのままが好きらしく(何者!)

 

いつもTシャツにスウェット姿で行っている。

 

 

私は、地元でも厳しいと有名な高校へ受験を経て進学した。

 

風紀の乱れをビシバシ叱咤する恐ろしい先生たちの目が光り、

 

0限から6限まであり、朝7時半から5時半までみっちり学習。

 

おしゃれからも、自由からも程遠い高校生活だった。

 

それでも、恋愛したり、友達と遊んだり、それなりに青春だったと思う。

 

 

息子が私の高校を今目撃したら、どう思うだろう。

 

ここは刑務所か、というかもしれない。

 

なんでこんなにギッツギツなの?!と目をくらませることだろう。

 

 

なんであんなにも厳しかったんだろうか。

 

制服のスカートの長さ、前髪の長さ、髪型、使っていいヘアピン、

 

靴下の色はもちろん、靴の種類も指定されていた。

 

教科書を置いて帰ったことがばれると怒られ、

 

あり得ない量の宿題に毎晩苦しめられた。

 

 

あの厳しさを耐え抜いた私と、そんな厳しさの「き」の字も知ることなく

 

高校生活を終えるであろう息子の人格形成に、

 

どんな違った影響があるのだろうか、と心底興味深いものである。

 

 

なにはともあれ、始まった息子のカナダの高校事情。

 

今後も書き綴って参りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1歳の息子、なんだか今日はやけに機嫌がわるい。

 

1人でおもちゃで遊びたがらないし、

 

いつも食べるものも食べたがらない。

 

やけにちょっとしたことで泣くし、なんだかあつかいにく!

 

と思うことがあったら。

 

 

そういう時は、病気の前兆なことが多い。

 

 

そう言う夜に限って、ぽーっと熱が出て、泣いて起きる。

 

鼻水だらだら、咳込み始め

 

ああ、風邪だ・・・

 

 

あれやこれや、やってみる日々が始まる。

 

 

食べやすそうなおかゆやスープをあげてみたり

 

果物のスムージーを作ってみたり

 

部屋に保湿機を置き、しゅーしゅー言わせながら寝させ

 

苦しくないように、ちょっと枕に乗せて寝かしつける。

 

 

でも、夜大泣きして起きちゃって、

 

抱っこすると、もうすごい熱い・・・ 

 

あわてて 解熱剤をあげようとしても、泣いちゃって飲めない。

 

 

あれやこれや、寝れない夜を過ごし、

 

朝になるとちょっとまし

 

かと思いきや

 

抱っこばかりで、あまり食べない、飲まない、遊ぼうにも遊ばない・・・

 

 

まさに、息子が風邪の真っただ中で

 

そういう数日を過ごしています。

 

 

真夜中、泣き声で起こされ、暑い体を抱っこしながら

 

寝たいやら、眠たいやら、つらそうな子供もかわいそうで、

 

自分も泣きそうになる。

 

 

そういうとき、ふっと

 

どこかで、「感謝できることをみつけよう」というのを聞いた

 

それ、やってみようかな、と思えた瞬間があり

 

 

真っ暗な寝室で、熱で、つらくて、泣いて眠れない子供を抱えながら

 

「いま、感謝できること」

 

 

考えてみました。

 

 

なぜか、4年前にガンで亡くなった父が出てきました。

 

最後まで、どうしても自宅にいたい、病院に入院したくないと

 

治療を断り、ギリギリまで自宅で寝ていた父。

 

 

病院って、すごく孤独だよね・・・

 

家族もいない、白い服を着た他人に囲まれて

 

自分のお気に入りの本も、いつも眺めていた窓からの景色も、

 

いつも座っているソファの感覚も、お土産でもらった壁飾りも、

 

色が好きで買ったカーテンもない。

 

 

朝コーヒーを自分で淹れて、いつものマグカップで飲んだり

 

冷蔵庫を開けて、食べたいものを選んで食べたり

 

自分の使いやすいように歯ブラシや保湿クリームを並べた、化粧台もない。

 

 

健康な他人の動く音を聞きながら

 

選びようのない食事を食べながら

 

痛みや、病とたたかいながら

 

日々を過ごすしかない病院。

 

 

 

子どもたちが4人、健康で本当に有難いと心底思った。

 

風邪くらいでよかった、と。

 

 

入院しないといけないほどの病気でなく、ただの風邪だもの。

 

私も、夫も、健康で、みんなでお家にいれることに感謝。

 

 

だから今夜も頑張ろう。

 

きっと、もうすぐまた元気に遊ぶ毎日がやってくる。

 

 

そして全世界の

 

病院で病と闘うすべての子どもたち、そのご家族のみなさん

 

どうか一日でも早く、大好きなお家に帰れますように。

 

・・・

 

 

と、ここまで書いて

 

病院で治療を受けれること自体、めっちゃありがたいことでもあるやんか

 

と、思ってしまった。

 

 

病院に行けない地域、国に住んでいる子どもたちが

 

たくさんいるのではないか・・・

 

 

水道から出てくる水がない子どもたちも

 

温かいご飯が当たり前に食べられない子どもたちだって

 

 

あーなんてことだ。

 

私、「感謝できること」

 

がありすぎじゃあなかろうか。

 

 

ただの風邪でありがたい。

 

お家に住めて、あったかいご飯をみんなで笑顔で食べられてありがたい。

 

 

今夜も、寝れない夜、もちろん頑張れる。

 

 

世の中の平和を祈りつつ・・・

 

 

 

 

 

 

人生って、ストレスに感じることばかり。

 

 

仕事のこと、子どものこと、友達とのこと、お金のこと、将来の不安、健康の悩み・・・

 

自分がストレスでやられている時もつらいけど

 

夫(または妻)が横でストレスでやられている時って

 

どうしたらいいのかわからなくなる。

 

 

私も

 

ストレスで気が立つイライラをぶつけられ、こっちもイライラするし

 

「こうすればいいのに」

「ああすればいいかもよ?」みたいな

 

その場しのぎ的意見がどうしても出てきちゃって

 

根本的解決を望んでいる夫が、余計その私の単純ぶりにイライラしたり、、、

 

 

私の夫は心の内をじょうずに打ち明けることがへたくそなので

 

根掘り葉掘り聞いてもうまく答えが返ってこず、こっちも更にイライラ

 

やばい、この感じー な状態になってしまう。。

 

 

こういう時、どうしたらいいのか。

 

 

カナダのカップルカウンセリングを行うカウンセラーの方から

 

ためになるお話(ポイント5つ)を聞いたので、シェアしつつ

 

私の肝にも命じつつ

 

今後に生かしたいと思っておりますル。

 

 

 

*夫(妻)がストレス菌にやられているときに大事なこと*

 

 

①ジャッジしないで、とにかく理解しようと、相手の話を聞く。

 

こうしたらいいかもよ、ああしたらどうかしら、なんていう意見は

 

お腹の奥にひっこめておいて、とにかく

 

「私は味方だよ」「どんな話でも聞くよ」「あなたのことが分かりたい」

 

という姿勢でいる。

 

ジャッジしない!

ストレスにどう向き合えばいいかというアドバイスはしない!

ストレスの原因を解決しようとしない!

 

分かりたいと、心の内から思う!

 

ということが大事なんだそう。

 

難しい。

 

悩みを聞くと、あーそれはこうしたらいいんじゃない?

 

と言いたくなる私が出てくる。

 

私の時はこうだったよ、この人がこういってたわ、みたいな。

 

 

でも、相手は実はそんなのは求めてないんだっていう話。

 

とりあえず、自分の味方がほしい。

 

ストレスで弱っている心を包んでくれるような、愛情でもって

 

ただ、横で話を聞いて欲しい。ということなのでしょう。

 

 

②日々の生活で少しでも楽しめることを追加してみる。

 

ストレスに侵されているときは、あんまりそのことを話したくない

 

ってこともあるでしょう。

 

 

なので、あえて「話せ」「聞くから言え」 と言わずに

 

相手が楽しめるような、ささいなことを日々の生活に織り込んでみる

 

ということ。

 

 

相手が楽しむことってなんでしょう?

 

例えば・・・

 

景色の良いところを散歩することだったり

 

相手の好きなものを食べることだったり

 

夜空をゆっくり、見上げてみたり

 

好きな映画をもう一度見てみてもいいかもしれない

 

 

うちの場合、お天気で風の強い日に

 

子どもたちを外に連れ出して

 

皆で公園で遊ぶことかな

 

 

そして子どもたちが寝静まった夜、一緒にお茶飲みながら

 

おしゃべりをする。

 

 

夫曰く、それが一番の「ささいな幸せ」だそうです。

 

 

③男と女でストレス解消の方法が違う、ということを理解する

 

私は女です。

 

ので、ストレスだー!と感じると、何をするとスッキリするかというと

 

「友達にしゃべる」

 

 

しゃべって、表に出して、「あーわかるー」だのと言われながら

 

笑い飛ばしてもらえたり、一緒に親身になって考えてくれたりすると

 

それだけで気持ちが軽くなったりします。

 

 

でも、実は男はそうでもないらしい。

 

直接ストレスについて話したり

 

聞いてもらったりすることで解消するのではなく

 

「行動」によって解消するらしいのです。

 

 

例えば、スポーツだったり、音楽を聴くことだったり。

 

私は女なので、感覚的には女のストレス解消法しかしっくりきませんが

 

「夫は私とは違う方法でストレスを解消できるんだ」

 

ということを「理解する」ということが、大事だということですね。

 

 

④自分を大事にする

 

相手がストレスでつぶれているときに、自分までつぶれてしまっては

 

どうしようもない。

 

自分のストレスを解消させることが、何よりも大事。

 

 

例えば、「今こういう状況で、ストレス貯めないようにがんばってる」

 

と友達や家族に話し、自分の通気口をあけておく。

 

相手がストレスで苦しんでいる時こそ、自分のメンタルを大事にすること

 

大事ですね。

 

 

⑤第三者に助けてもらうことを視野に入れる

 

夫(妻)のストレスを自分がどうにかしないといけない、というふうに

 

すべて担いでしまっても、一番いい結果に導くとは言えません。

 

 

自分がなんとかしてあげなくては、というばかりではなく、

 

カウンセラーや精神科医など、その道のプロフェッショナルの方に

 

助けてもらうことも大事、ということ。

 

 

もしかしたら、パートナーはその「第三者につながる一押し」

 

が必要なのかもしれない。

 

 

私は長女を妊娠した時、ホルモンの変化もあってか

 

メンタルがもうぼろぼろ。

 

仕事先でつまずいて転んでしまい、なぜかそれがきっかけで

 

涙が止まらず、なにもかもがつらい、悲しい、自分が嫌、

 

どうしようもない状態になってしまったことがあります。

 

 

今思うと、なんやったんやろう・・・・ 

 

 

その時、夫は、励ましたり、なだめたり、

 

解決しようとはせず、かかりつけの産婦人科のドクターに連れて行き

 

ただ、そばにいてくれました。

 

 

ドクターは泣きながら話す私をカウンセラーにつなげてくれ、

 

なんだか、カウンセラーの人が事細かに親身になって話を聞いてくれ

 

ただそれだけのことだったのだけれども、

 

夫ではなく、プロの第三者が助けようと関わってくれたことで

 

重い雲が晴れたかのように、気持ちが落ち着いたのを覚えています。

 

 

 

ストレスという、目に見えないものに対抗するのって大変。

 

しかもそれが自分じゃない、誰か他の人の抱えたものだと

 

どうしたらいいのか、わからなくて

 

もっと大変。

 

 

でも、こうして、私もすこしずつ学びながら、

 

夫を支えていける人間になりたいと思う。

 

 

子どもたちだって

 

これからどんどんストレスの多い人生、進んでいくんだろうな

 

そういうとき、一番の味方になれる強さを、優しさを、

 

私の中に育んでいきたいと思う。

子育てが大変な本当の理由。

 

と、それについて私が思うこと。

 

***

 

こんにちは、カナダで4人の子育てをしているちょうちょです。

 

このブログは、子育てを頑張っているお母さん達、そのそばにいらっしゃるお父さんたち、いろんな悩みにぶつかりながら日々を過ごすあなたへ向けて発信しています。

 

状況は人それぞれ!

 

でも、悩むことって結構似てる。

 

***

 

今日の悩みはこれ。

 

あー子育てってホント大変・・・

仕事してたほうが楽・・・なのかな

 

子育ての大変さを、仕事でストレス貯めまくってるダンナには言えないし・・・

 

かわいい子供に恵まれて、大変だなんて愚痴れない。

 

子育てと仕事を両立させて頑張ってるママもいるのに

 

主婦の私が文句言えない。

 

主婦なんていいねーなんて言われるし、

 

昔は3食昼寝付きなんて言われちゃって

 

でも、大変・・・・ なんでこんなに大変なんだろう??

 

 

子育てがなんで大変か? って

 

それは、ズバリ

 

「自分のやるべきことが不規則に邪魔されるから」

 

です。

 

 

朝起きて、子どもがすやすや、片足を私の腕に乗っけて眠っている。

 

まずここから、ベッドから出るのも難しい。

 

そーっと出てコーヒー淹れて、子どもたちが起きてくる前に一息つきたい

 

泣かれずに、邪魔されずにお弁当の支度しちゃいたい

 

でも現実は、私が動くことで起きちゃった子どもが泣き出しちゃう

 

眠たいのに起きたもんだから、機嫌がわるわる。

 

抱っこしながら、あやしながらコーヒーを淹れる暇もなく

 

なんとか朝ご飯とお弁当作りをする。

 

 

オムツを変えようとしても、ジタバタするわ、嫌がり泣くわ。

 

お皿を洗おうとしても、足にまとわりついて泣く。

 

機嫌が良くても、椅子によじ登るわ、ソファの上で飛び始めるわ、

 

携帯のコードを引っ張り出すし・・・

 

 

ご飯を食べさせようとすれば、お椀をひっくり返す。

 

スプーンは床に投げ落とすし、やっと口に入れた食べ物もべーっと吐き出す。

 

水筒の水はわざとテーブルにまき散らしそのへん水浸し。

 

 

公園に連れて行きたいけど、準備したカバンから

 

せっかく入れた中身をもう引っ張り出している。

 

そこにあったくつの片方も、どっかに隠しちゃって見つからない・・・

 

 

私、子どものためにやるべきことをしたいだけなのに。

 

全部が全部、邪魔されちゃう。

 

 

ここなんだと思う。

 

人の脳みそは、「あ、これやろう」と思ったら

 

それを「やりとげた」時に、満足感がピーンと得られるわけですね。

 

「やりとげた」結果を目で見るもよし、触るもよし、

 

その結果が「そこにある」という達成感。満足感。

 

 

子育てって、それが実はない。

 

「これをやるべき」「これをやりたい」が

 

ことごとく思うように進まない。

 

 

期待していなかった言動で、期待していなかったタイミングで、

 

「やるべき」「やりたい」ことが

 

邪魔されてしまうことの、連続。

 

 

必死で用意した公園お出かけバッグも、もう数分後にはぐちゃぐちゃ。

 

必死で作った離乳食も、どれだけ子どもの胃に入ってくれたのか

 

テーブルや床の上に散らばりまくり。

 

必死で隙を見て畳んだ洗濯物も、タンスにしまう暇もなく、

 

気づけばまたリビングのあちらこちらに散らばっちゃってる。

 

 

自分の要領が悪いだけなのか?

 

子供のために、お世話をするために、したいだけなのに

 

思ったように全くことが進まない

 

そのストレス。

 

バカでかい!!!

 

 

仕事は、自分でプランを立て、スケジュールを立て、

 

自分のペースでカタカタ できますよね

 

そりゃ、邪魔も入るし、イレギュラーもあると思う

 

 

でも、子どもの数秒待たぬ「ママみてー」攻撃には

 

勝てないでしょう、そのイレギュラー感。

 

 

「やりたい」「やるべき」ことができないストレス。

 

バカでかい・・・・

 

 

一体、どうすればいいのでしょう。

 

 

私は、もう ↓

 

 

「やりたいこと」は あきらめる。

 

「やるべきこと」は 終わらせることに期待しない。

 

さみしいよ、くやしいよ、でも

 

そうしかないと思ってやってきた。

 

だって、やりたいことに固執している限り

 

それを邪魔する 子供が 「敵」に見えちゃうの。

 

純粋無垢な子どもに、それって失礼だよね・・・・と気づいて

 

やりたいことを見つけない、技を身に着けた。

 

やるべきことが、いろんな隙間時間にやれたらラッキー! 的な

 

超楽観思考を身につけられた。

 

 

それでもつきまとう、子育て大変感。

 

 

でも、4人を育てる私は知っている。

 

これは、永遠ではないことを。

 

 

今、私の姿が見えぬと泣きながら探しに来る息子も

 

お腹が空いていそうなのに、食べない

 

眠そうなのに、寝ないで機嫌わるわる

 

せっかく作ったものをぐちゃぐちゃにする息子も

 

 

あ!・・・・という間に

 

心のうちをなかなか明かさず

 

私に寄ってこない、話しかけない、質問に答えない 笑

 

夜は勝手に遅くまで起きて、勝手に寝る、朝も呼ぶまで起きない

 

食事も自分で適当に澄ましちゃう

 

ティーンになってしまうことを。

 

 

ティーンの長男をみながら、こう思う

 

昔は、赤ちゃんの時は可愛かったのになあ

 

片手で抱っこできたし、ストローラーに乗せてお散歩もできたし

 

ママ!って、これ以上ない笑顔で微笑みかけてくれて

 

息子の見る世界全て、私は共有できた。

 

 

"They grow too fast" 

「子どもはあっという間に大きくなっちゃうわよ」

 

そういう声をよく聞く。

 

長男が小さかった時は、そうなのかなあ

 

今すごい日々が長いけど

 

毎日大変すぎて、いつまでこれが続くのか・・・・ぐったり

 

だった私も。

 

今は知っている。

 

 

長男は、もうキラッキラの、眩しい瞳を輝かせて空を見ていた

 

あの時にはもう戻ってくれない。

 

 

もちろん、大変なのよ

 

子育ては本当に大変なんです。

 

 

いまや、やりたいことを見つけない 一見つまらない私も

 

やるべきことをやれたらラッキー!的な 達成感ハードルの低い私も

 

完璧主義なんてもんは、ふかーいゴミ箱にポイポイ!っと捨てた私も

 

大変さに目がまいそうなくらい、大変。

 

 

でも、それ以上に

 

可愛いんですう。

 

いつかティーンになっちゃうことを知っている私は

 

手のかかるちっちゃな次男が、可愛くて仕方ない。

 

二人目までは大変なだけだったけど

 

三人目以降のミラクル。と私は呼んでいます。

 

 

手のかかる子供が可愛すぎる 笑

 

 

上の2人の時は、がんがん仕事してました。

 

下の2人の時は100%主婦になりました。

 

 

もともと仕事人間で、バリバリキャリアウーマンタイプ、

 

仕事にそそぐ熱は惜しまなかったし、人当たりもよし、根性もある、

 

けっこう職場では成功し、昇進のはしごを登っていけるタイプでした。

 

 

主婦になって、世界ががらりと変わった。

 

目の前には宇宙人か!? 意志の読めない、言葉の通じない

 

小さな生き物が寝ても覚めてもいた。

 

止まることのない家事に、気が遠くなった。

 

 

それでも、この小さなウチュージンちゃんが、

 

あ!・・・・っという間に

 

たくましい一人の人間になり、

 

冗談を言い合ったり

 

相談に乗ってくれたり

 

頼めば力仕事も手伝ってくれたり

 

けっこう、しれーっと私に優しくしてくれる

 

ティーンに育つことを私は知っている。

 

 

だから、もうこねくりまわしたいくらい 可愛い小さい今を

 

楽しみたいと、心から思っています。

 

 

邪魔されるの辛いよね。

 

やりたいことできないの、ほんと息詰まる。

 

やるべきことが終わらない、イライラ、もどかしさ。

 

 

でも、永遠ではないよ。

 

大丈夫。

 

今は大変だけど、大丈夫。

 

ウチュージンちゃんを敵にしないで

 

おっきく息すって。

 

忍耐力を、トレーニングさせてくれてありがとよって、

 

小さなふわふわの髪の毛の次男の頭につぶやいている。

 

 

そうこうしてる間に、ほんと いわゆる

 

「まばたきの速さ」 で

 

大きくなってしまうのだから。

 

 

今日は、ここまで。

 

 

 

 

誰かのブログを見たり、ネットで調べたりして、なんとなく知ったことがたくさんある。

 

健康的な生活のために何をすればいいか、簡単に作れるお役立ちレシピ、この季節におすすめのイベント等々、ネット上で手に入れられる情報には限りがない。

 

子育てのことなんて特にそう。

こうしたほうがいい、ああしたほうがいい、こうしないほうがいい、などという情報が溢れかえった中から、自分に「すとん」とくるものを心に入れて、あーいつかやってみようかな、と思ったりする。

 

でも今日、やっぱり誰かと「直接」話し、こうしたほうがいい、と「直接」自分の耳で聞いたことの方が、1000倍くらい効果があると実感した。

 

例えば、うちのリビングの一角にある、ごっちゃごちゃにおもちゃが詰め込まれた、大きな木製のおもちゃ箱。

 

もう底には何が埋まっているのかわからない。

 

子供たちがたまに掘り出し、宝物発見的な驚きとわくわくで楽しく遊べばそれがいいかな、と思っていた。

でも、ブラックホールのようでとりあえず目につくおもちゃはそこに入れてしまえ、という状態。

 

なんだか子どもの心に優しくない気がするのよね~と思いつつ、そのなんでも放り込める便利さと、とりあえず部屋が片付く即効機能性に負けてそのまんまだった。

 

長男の赤ちゃん時期から数えると、12年間。

 

しかし!

 

今日、とある縁から、ドイツのシュタイナー幼稚園で勤務されている先生とZoomでお話をする機会を得た。

 

おもちゃ箱について聞いてみると、それはそれはドッカン、すっきりな答えが返ってきた。

 

子どもは規則的なもの、きちんと並んでいるもの、大事にされているもの、繰り返されるもの、変わらないもの、に安心する。

 

ごちゃごちゃのおもちゃ箱はやめたほうがいい、と。

 

量は少なくていいので、おもちゃは棚に良く見えるよう、全部きれいに並べる。

 

その場所は大人の都合で変えない。

 

子どもが自分でしまえる場所に、きちんと大事に保管する。

 

飽きたら、しまってある他のおもちゃと変えてもいいけれど、変える量は少しずつ。

 

本もしかり。

 

毎日3冊読むのなら、1冊は違う本でもいいけれど、2冊はいつもと同じ本でいい。

 

毎日規則的に、同じ時間に起き、食べ、遊び、外に出て、同じ時間に寝る、習慣が大事。

 

これは特に赤ちゃん時期から7歳くらいまでの話なんだそうで、それ以降はまた違った成長段階になるそうだ。

 

やってみて~。驚くくらい、落ち着いた子どもになりますよ、と仰っていた。

 

いやこの話、私知っていたはず。

 

学生時代、シュタイナーについて調べたり本を読んだこともあった。子どもが産まれてからもネットで何度となく情報を手に入れた。

 

なるほどなるほど、と心に「すとん」と入れた記憶も何度もある。

 

でも、実行に移せないまま、母親歴12年。

 

しかし!

 

今日、その話を「直接」先生から聞いて、さっそく仕事から帰ってきた夫に語ったところ、いつも私の話の8割はかわす男がなんと奇跡的にやる気になってくれ、バカでかいブラックホールと化したおもちゃ箱を、我が家から消してくれたのである。

 

素晴らしいことに、夫は大人目線で勝手にしゃしゃっと片付けるのではなく、おもちゃ箱の中身をひとつずつ長女(8歳)と次女(4歳)に確認しながら、本当に「残したい」というものだけを30点ほど厳選し、残りは袋にまとめ、「今度また遊ぼうね」と一時的さよならまでさせてくれたのだ。

 

夫が珍しく私の語った話をちゃんと間に受けてくれたことが嬉しかったし、彼の娘たちの意見を考慮しつつおもちゃを排除する過程にも納得した。

 

そして見違えるほどすっきりしたリビングに、私はもう大満足。

 

さあ、次は本棚と、マーカーやはさみ、シール、のりなどのクラフト用品の整理が待っている。

 

子どもたちよ。

 

あなたたちの「規則正しく落ち着く」日々を目指して、私がどんなに試行錯誤し、努力を重ね、工夫を凝らしているのか、きっと知る由もないだろう。

 

きれいに並んだおもちゃたちを、今度は「ちょっと~!ぐちゃぐちゃにして~!ダメじゃない~!」と、キリキリ怒る日が来ないかどうか、それが私は自分に自信がなく、不安である。

 

カナダの寒い、ながーい冬が続いている。

 

そしてコロナで学校が休校中。

 

子どもたちと、毎日学校のオンラインレッスンを受けたり

 

ご飯を作ったり、マフィンを焼いたり

 

そんなに寒くない時は外で遊ばせたり

 

なんやかんやしているとあっという間に一日が終わってしまう。

 

 

そんな自分の日常で、最近ハマり始めたこと・・・

 

「発酵食品づくり」

 

 

とても簡単な塩こうじから始まり、納豆、あんこ麹、コンブチャ。

 

米麹が手に入るので、なんとそれからみりんもできちゃう。

 

 

今日は納豆の話を。

 

納豆は海外では貴重品。

 

3パック連なった日本では100円くらいで買える納豆はこちらでは400円近くする。

 

子どもたちも大好きだし、体にとってもいいので、

 

高いのは目をつぶって買っていたが、作れるよ、美味しいよ、

 

と日本人のお友達に聞いて

 

おおお!ぜひやってみたい!と、挑戦することにした。

 

これまで3回挑戦。

 

一回目はなんだかな~あんまり糸がひかないな、という納豆の出来上がり。

 

食べました。

 

2回目、あんまりどころか、全く糸のひかないタダのくさい煮大豆!

 

になってしまった・・・

 

修復を試みて、再度発酵させてみたりしたけれど

 

もうアンモニア臭が臭くて食べれたものではない代物に。。

 

残念ながらゴミ箱にイン!

 

 

いやいや、あきらめないぞ!と3回目に挑戦。

 

きちんと色んな方のブログを読み勉強を重ね、次のことに気を付けて作った。

 

 

①使うスプーンやボールは熱湯消毒をし、雑菌の発生に気を付ける。

(前は何も考えず消毒せずのままでした)

 

②種になる納豆にお湯を入れ、スプーンで混ぜたものを煮た大豆に入れる。

(前はお湯と混ぜずに種の納豆をそのままボン!と入れていました。お湯を入れて混ぜることで納豆菌が全体にうまくいきわたるようです)

 

③20時間くらい発酵させる。

(24時間だと過発酵なのか、アンモニア臭が・・・)

 

④発酵させるときに蓋をぴちっとしめない。

(空気が必要だそうですので、清潔なふきんをかけて、蓋をずらして閉めます)

 

⑤発酵させた後、冷蔵庫で1日寝かせる。

(前はそのまま小分けして冷凍しちゃいました)

 

 

すると・・・・美味し~い納豆が、できました、できましたー!

 

嬉しい💛

 

たれもみりん、酒、しょうゆ、だし、で手作りして

 

あつあつケールご飯(細かいケールをご飯で炊きこみ、栄養もアップ)にのせて

 

子供たちも一緒に美味しく食べています☺

 

納豆って本当に素晴らしい。

 

体にもいいし、美味しいし、イソフラボンで女性ホルモン♪

 

 

行くとすごく楽しいDollarama(日本の100均のようなお店)で買った

 

小さいな入れ物に小分けして、冷凍したので、今後しばらくは大丈夫。

 

 

昔は玉ねぎのみじん切りも面倒くさがっていた私が、

 

まさか手作りの納豆を作るようになるとは・・・

 

 

この「欲しいものが簡単に手に入らない」という環境こそ

 

自分を成長させてくれるツボなのかもしれないな、と

 

感謝せねばな、としみじみ思う。

 

 

いつもの自分の家、日常の流れ、テレビ、ゲーム、ネット・・・

 

普段のいろんなものから離れて自然のなかに自分をぽつんと置くと、

それが結構いいリフレッシュになります。

 

今年もキャンプに繰り出してきました。

 

今回はテントではなくヨートというアジアンな小屋に泊まることに。

私の住むカナダ東部にこのヨートはいくつかあり、年始から夏に向けて予約が埋まるほどの大人気です。

 

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5人家族でも十分に広いし、寒い気候でもストーブがあるのでだいじょうぶ。

でも、私たちの滞在中は、あいにくの雨、雨、雨・・・ お天気ばかりは、おてんとさまの気持ちだから どうしようもない。

 

そういう時、ヨートに閉じこもって子どもたちと何をしようか? 

 

出発前にいろいろリサーチして、準備をし、実際に雨の中を過ごした中で思ったことをメモしておきます。

 

ー雨でも気温が高ければ、プールや海に泳ぎに出てしまう。どうせ濡れるんだもん!

ー濡れた葉っぱを集め、絵の具を付けて葉っぱのスタンプアート。

 おやつで食べたキュウリのヘタもおまけにスタンプにした。楽しい

 

 

 

ー外にタープを張り、その下に座って雨を聞く、雨をみる。 しとしと

 

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ーあとは、本、カードゲーム、ただしゃべる。。。

 

なにもしないって、結構普段してこなかったな、と気づきました。

 

子どもたちと、たわいもない会話をするって、そういえば少なくなってきていたかもしれないなあと反省しました。

 

キャンプに行ったのに、雨が降っちゃって、なにもできなかったー

というのが、案外よかったなあと思います。

 

子どもたちを連れて、川沿いに自転車散歩に行ったら

 

すぐ横にあるスケートパークで

 

スケートボードやスクーターに乗って

 

優雅にくるくるスイスイとすべって遊ぶ子供たちがたくさんいた。

 

 

うちの子どもたちは初めてその様子をみて、

 

自分もやってみたい!と自転車にのってパークの中へ。

 

 

でも周りの子たちのスピードに圧倒されて

 

ちょこちょこスイスイとその辺を乗ってみるだけ。

 

私は傍らでじっとみていると、10歳くらいの男の子が

 

息子の横を自転車でシャーっと通りかかり、

 

「Nice bike!(かっこいい自転車だね!)」と声をかけてくれた。

 

 

息子はちょっとびっくりしたような顔で、

 

「Thank you!」と返していた。

 

 

ああいう風に、知らない同年代の子どもに

 

どこから見ても新入りで、へたっぴそうな子に

 

自分から声をかけて、ほめられるココロがあること

 

ステキな子だなーと思い、ほんわかしました。

 

 

 

 

 

3月22日、カナダの首相Justin Trudeauはテレビ画面からカナダ全土の子どもたちにこう語りかけた。

 

「突然、もう友達と遊んではだめ、お泊り会もだめ。君たちの公園や学校は閉まってしまい、楽しみにしていた春休みがまるっきり予想もしていなかった時間になってしまった。」

 

「私は君たちにありがとう、と言いたいのです。お父さんとお母さんが、家から仕事ができるよう協力してくれてありがとう。これまで当たり前だったいつもの日常を犠牲にして、キッチンテーブルで算数の勉強をしてくれてありがとう。理科の勉強も頑張ってくれてありがとう。」

 

「大変な毎日だけど、一緒に乗り切ろう。今君たちのできること ‐手洗いをすること。お家の人以外との距離を持つこと‐ をそれぞれが頑張ろう。」

 

世界中で起こっている大変なことにみんなで立ち向かう。その「みんな」に子どもたちが含まれている、というメッセージや、何より今の子どもたちの状況を分かり、苦痛に同感し、「頑張ってくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えられる首相が素敵だな、と思いました。

 

イケメン首相がさらにイケメン。

 

 

 

うちの子どもたちはというと、そこまでのダメージは今のところ受けておらずむしろ学校がない生活が快適のよう。

 

毎日3人で楽しそうに遊び、強いられた勉強もそこまで愚痴らずに行い、お手伝いもせっせとしています。

 

友達とは遊びたそうだけれど、何回か電話で話させたりしてしのいできました。でも今日夫がキッズ用メッセンジャーに登録してしまったことにより、チャットタイムが激増!

 

いつもこう、携帯をチラ見したり、メッセージが来てないか気にしたりの生活をさせたくはなかったのだけどなあ。 

 

ま、時代の流れにはそう逆らえないかな。

 

娘は”ボーイフレンド”の男の子と久しぶりに話せてとっても嬉しそう。

 

コロナのせいで不安も混乱も渦巻いているけれど、それに負けないくらい、人々の優しさや愛情が湧き出る感を、日々感じています。

 

 

シモンのお母さんとも、電話を切るとき「みんなで乗り越えようね」と声を掛け合った。そんなこと、今までなかったと思う。

 

普段めったに会うことも話すこともないお兄さんやお姉さんと、ビデオチャットで話して、いつもより近くに感じられた気がした。

 

 

これまで毎日学校へ行き、生活の5割以上私の知らないところにいた子どもたちは、今朝起きてから寝るまで、目の前にずっといてくれる。

 

こんな宝物のような時間が今の私に起こるとは夢にも思っていなかった。子どもたちは、毎日たくさんの驚きと気付きを私にくれる。こんなことも知っているのね、こんなこともできるのね、と、発見の連続。

 

 

例えば、今日娘が、雪がちょうどいいウェット感だよ、雪だるまをつくろう!と言い出して庭に出た。

 

私、30年ぶりくらい?に雪だるまを作ったら、楽しいこと楽しいこと!だって、押したら雪がどんどん地面の雪をくっつけて、どんどん大きくなっていく!「雪だるま式」とはなるほど、まさに言葉の通りだわ、と変な納得をしました。

 

 

娘は、ママ雪だるまの作り方もしらないの!?とびっくり。

 

ママはね、お仕事も忙しかったし、次から次へと3人の子どもを育てて雪で遊ぶ元気なんて今までなかったわ・・・ と心のなかで言い訳。

 

子どもたちの目線で、とよく言うけれど、カナダ首相みたいに、子どもの目線に立てるって素敵なことだと、改めて思う。

 

子どもの目でなにがどう見えているんだろう、ということを考えられるようにしよう、とまた心に誓った今日でした。