誰も持って行かない。
誰も盗らない。
いつまでもこういう国であって欲しいです。
手術から1年4ヶ月が経ちました。
耳鳴りはますます強くなり、少し前まではたまにあった「少しはマシかな」と思えることもなく、片時も休まることなく続いています。
ものが二重に見える複視は、毎週のリハビリのおかげで良くなってきてはいます。しかし、それと関係があるのかないのか、右目の眼帯を外すととたんに顔の右半分が強張ります。ですので、眼帯を外すことができません。
そして、顎のあたりの麻痺。食べ始めて10分くらいすると疲れが出てきて噛めなくなります。
手術をした大学病院は、腫瘍を取った脳神経外科だけでなく、関連する眼科、耳鼻科、形成外科とも定期検診で型通りの「診察」をするだけで、人として信頼できない輩ばかり。
ですので、最低限の定期検診以外は、別の病院、クリニックの眼科、耳鼻咽喉科、神経内科にかかっています。
鍼灸治療にも1年間、毎週通いました。
しかし、いずれも効果はなく、むしろ悪化しているのではないかと思うほどです。
これではいけない。
私が長く続けているものが三つあります。
順不同に、ホッケー、和太鼓、落語。
そして、それらを通じて知り合った人たち。
しかし、いずれもできない。
ホッケーは自分の歴史を書いてはいますが、なかなか気持ちを集中することができず、最近は投稿が滞りがち。プロホッケーのシーズンが始まりました。他の人がどうなのかは知りませんが、私は試合を見るときはかなり集中します。頻繁に交代する選手、速い動きの中で選手がどこにいるか、などなど。1試合は無理でも、せめて20分だけでもとは思いますが、できない。
和太鼓は、そもそもこの体でできるのか。10分でも試してみたいけど、そういう機会はない。
落語もじっと聴き続けることができない。気が散る。笑えない。
では、他のことは。
お気に入りのドラマ、スポーツジム、散歩…
どれも絶えず鳴り止まない耳鳴りや眼帯を外せない苛立ちが邪魔をしてしまう。
惨めな思いをするばかりなので、外に出たくない。
ときどき話をしていた友人は離れていった。
ない、ない、ない…
でも、やっぱりこれではいけない。
リハビリ以外、医療は頼れない。
少なくとも私がこれまでにかかった医療では。
どうしたらいい?
最後の頼みの綱は自分。
自分の自然治癒力。
「病は気から」という言葉があります。
私の病は気から生じたものではありませんが、もしかしたら気が治してくれるかもしれない。
それだけが最後の望みです。
たとえば階段。
駅などでは段の縁が黄色くなっているなど明確に縁が分かりますが、新宿の高層ビルにはこんな階段があります。
両目でも分かりにくいのではないかと思いますが、片目だとどこが縁なのかが分かりにくく、踏み外さないよう、しがみつくように手すりに掴まりながら一歩一歩、恐る恐る上り下りしなくてはなりません。
右側通行か左側通行かは施設によって違います。
それがせめてその施設の中で統一されていればいいのですが、そうではない場所があります。
ある駅では写真手前の階段は左側通行で、奥の階段は右側通行です。
手すりに手を添えて歩かなくてはならない者にとって、左側通行だと思って歩いていると、いつのまにか右側通行になっていて人の流れに逆行してしまうことがあります。
横断歩道の真ん中に段差があることがあります。
なんてことない段差とお思いになるでしょう。
健康ならば…
でも、この段差に気づかず、つまづいてしまう者がいるのです。
あるいは車椅子だったらどうでしょう?
この段差を超えるのに苦労することもあるでしょう。
そして、こういう体になる前から感じていたことですが、電車やバスの優先席に座っている健康そうな人たち。
眼帯をした私が吊り革や手すりを頼りに優先席付近にたどり着いても席を譲られることは決してありません。
バリアフリーという言葉が使われるようになって久しいです。
しかしそれは健康な人たちが机の上で考えただけのものなのでしょう。
バリアはまだまだたくさんあります。