いつもと変わらない君で


メイショウドトウ、どこか自信なさげで自分を過小評価しているウマ娘。ドジなところもあるがレースに対してはやはり強い気持ちを見せる。
しかしそんなメイショウドトウだが、今日は何かおかしい。
落ち着きがないというか、ソワソワしているというか。
「ん? ドトウ、どうかした?」
「ひゃっ! あ、いえ……そのぉ……」
「なに? 何か心配事でもあるの?」
「そ、そんなことはぁ……」
完全に目が泳いでいる。普段のドジっ子ぶりもすっかりなりを潜めているし、明らかに様子がおかしい。
トレーナーはドトウの頭をくしゃくしゃと撫でながら

「アヤベのことだろ?…大丈夫だ。あいつはまだ走れなくなったわけじゃない、療養してるだけ、だからな?」

アドマイヤベガー通称アヤベは覇王世代きってのエースと言われてきたウマ娘だ。
その実力はGIレースでの優勝バをズラリと並べ、日本ダービー、菊花賞と二冠を達成した。
しかしダービーの後に骨折が発覚。クラシック最後の一冠となる有馬記念に出走することができず引退も囁かれていた。
そんなアヤベだがドトウと同じ栗東寮だったことから話があった。
ドトウが覇王世代の中だと一番仲がいいのがアヤベで、仲違いしている今でも何かと気にかけているらしい。

「そ、そうなんですけど…怖いんですぅ、このままアヤベさんがいないままオペラオーさんとやり合うことが…。
アヤベさん、いつも私に『ドトウはもっと自信を持って』って言ってくれるんです。でも……私、やっぱり自分に自信がないから……」
「そうか……でもな、ドトウ」
トレーナーは優しく語りかける。
「アヤベが言ってたぞ、『ドトウの走りはすごい』って」
「え?」
「あいつは自分の走りを過小評価しすぎるきらいがあるけど、それでもお前の実力を誰よりも認めているよ。それにな?」

トレーナーは顔を少しドトウから逸らし、
「お前がオペラオーを超えるんだ」

「え、ええ!?」
「アヤベの奴な? お前と走りたくて仕方なかったらしいぞ。だが、あいつは脚部不安で思うように走ることができない。だからその悔しさを全部お前に託すことにしたんだ」
「そんな……私なんかに……」
「自信を持てドトウ! お前がオペラオーに次のレースで引導を渡してやるんだ。それがオペラオーの救いとなる。」
「そんなの嫌ですよぉぉぉ!私がオペラオーさんなんかに…!私は仲間でいたいんですよぉぉぉ」
ドトウの嗚咽がターフに響く、トレーナーはただそれを見守るしかなかった。
◇◆◇◆
「…そう、嫌われたわね貴方」
アドマイヤベガの病室でドトトレの話を聞いたアヤベはそう呟いた。

「ああ、『私なんかがオペラオーに引導を渡してやれない』だそうだ」
「あら、ドトウらしいわね」
「どうする? あいつの代わりにアヤベがオペラオーと走るか?」
アヤベは読んでいた本を閉じると枕元に置いて呟いた。
「嫌よ。覇王の相手なんて御免だわ。それに……この足じゃもう走れないのよ。」
そう呟くとアヤベは窓の外を見つめる。
「…ドトウは自分が勝つことで相手が可哀想になることが怖いのね。ウマ娘として生まれたからには避けられないのに、貴方もわかってるでしょう?」

「ああ、オペラオーとは互角の能力まで引き上げてやれた。…だがそれを超えるにはもう一歩精神面が欲しい」

「…私から言い出したことだけど、このままやったらあの子は潰れるだけね、わたしと同じくらい心が走ることだけに囚われてしまうわ、それはやはり間違ってた」

「でも、お前の悔しさはドトウに伝わった。それは確かだ」
アヤベはドトウのトレーナーをジト目で見つめながら
「……本当にそう思ってる?」
「え?」
「貴方……ドトウが勝つことでオペラオーの心を折るとか考えてないでしょうね?」
「……」
図星だった。確かにアヤベの言う通りだ。ドトウとオペラオーは同級生なのもあり何かと張り合っている。特に今回のレースの件が知られたら……
「貴方は本当に悪い人ね? 私に引けを取らないほどに」
「……俺はドトウのためにやってるんだ、あいつは夢を見れずに終わる」
「そうでしょうね。でもやり方は考えなきゃダメよ?」
アヤベはため息をつきながら言う。そして手元にある本を広げながら、少しだけ寂しそうな雰囲気で続きを言う。
「私みたいに潰れてしまったら、あの子はさらに卑屈になるでしょうね。コレからどうするか決めるのはドトウよ?貴方は決めた道を共に歩くだけ」「わかってるよ。オペラオーとドトウを戦わせ、俺は祈るだけ」
トレーナーはそう吐き捨てるとアヤベの病室を後にした。
◇◆◇◆
(やっぱり……私なんかがオペラオーさんを倒すなんて無理ですよ……!)
寮で日課のダイエットを済ませた後、メイショウドトウはベットに潜りながら今日のことを思い返していた。
(私はただ……アヤベさんと走りたかっただけなのに……)
そんな時だ、スマホから着信音が鳴る。モゾモゾとスマホを探りとり着信を見る、アヤベーアドマイヤベガである。

「アヤベさん……?」
ドトウは恐る恐る通話ボタンを押して電話に出る。
「あ、あの……ドトウです」
「私よ、元気?」
「……はい!私は元気ですよ!」
「そう?なら良かったわ。少し話したいことがあるんだけど、今いいかしら?」
ドトウは少し迷ったが了承した。そして電話の向こうから聞こえる声がいつもよりも優しい感じがして少し安心したのだった。
◇◆◇◆
(オペラオーさんと戦わないで……どうせなら同じレースに出たとしても私がオペラオーさんの背中を追うだけなら…)
ドトウは決心した。そしてアヤベにそのことを話したのだった。
「そう……いいのね?」
「はい、私……頑張ってみます……!」
その言葉に満足したのか電話の向こうでクスクスと笑うアヤベが聞こえる。心なしか声色もいつもより機嫌がいいようだ。
(良かったぁ……でもどうして急に?)
そんなことを考えているとまたスマホから声がする。やはりそれは優しく感じるものだったのだが、気のせいだろうか?「じゃあドトウ、明日のトレーニングは軽めにすることね。…ああ後、どうするの?あなたのトレーナーはあなたにオペラオーの心をへし折りたいそうだけど?止めるなら今のうちよ?だから電話したのよ」
「大丈夫です!私の覚悟はもう決まってます」
「……そう、貴女の思い。無駄にしないでね?」
アヤベはそう言うと電話を切ってしまった。
(アヤベさん……ありがとうございます……!)
ドトウは心の中で感謝しながらベットに潜るのだった。そして明日のトレーニングに備えて眠りにつくことにしたのだった。
◇◆◇◆
(ああ、やっぱり私はダメなんだ……)
レース場に向かうバスの中でドトウは一人落ち込んでいた。結局昨日のうちにトレーナーへ本心を打ち明けられなかった。このままだとオペラオーとの一騎打ちは避けられない。いや競り合いのままゴールの瞬間オペラオーに譲ってしまおう、私の独断で
「おやドトウ、大丈夫かい?」
隣に座るオペラオーが心配そうに顔を覗き込んでくる。そして自分の体を冷やさないようにとタオルケットを掛けてくれた。
「え?あ、だ、大丈夫です!」
「はーはっは!……なら良かった!だが調子が悪いのなら無理は禁物だよ?」
そう言うとオペラオーは自分の席へ戻り昨日読んだという本の続きを読み始める。
(……やっぱり私はダメなんだ)
ドトウのトレーナーといえば出走レースのデータ解析に余念がない。何せ覇王の首をとるのだ。もちろんドトウ自身にも強い思いがある。あのサイレンススズカに勝ったんだ、その走りを途切れさせたくないとずっと思っているのだが。
(もう……どうでもよくなっちゃいました)
諦めにも似た心境でドトウはバスに揺られながら過ぎ行く景色を見つめるのだった。
◇◆◇◆ 
〜中山レース場〜
「ふぅ……」
控え室で着替えを終えたドトウは深呼吸をしながら気持ちを落ち着けていた。と言っても焦ることは何もない、本番のゲートまでは今しばらくあるのだ。

パドックに集まった観集の視線はやはりオペラオーとドトウである。

「オ…オペラオーさぁん!頑張りましょうね…」
「はーっはっは!そうだねドトウ、ボクについてくるがいいさ!臣下なのだから」
「わ、わかりました……!」
二人して戯けた口調で話す。ドトウはオペラオーのこの雰囲気が嫌いではなかった。しかし今はその雰囲気に飲まれてはいけないと自分を奮い立たせる。
(私は……)
そうこうしているうちにゲートインの時間だ、係員が誘導を始める。ドトウはそれに続きながら自分の枠へ着くと深呼吸をした。そして隣をふと見るとそこにはオペラオーがいた。
(あ……私、オペラオーさんの隣で走るんだ)
がちゃん!と音と共にゲートが開く、各バが思い思いな作戦で位置取りをする。そんな中をするすると潜り抜けるオペラオー。
(そんな!あのバ群を容易く抜けるなんてェェ)
ドトウはオペラオーについていくのに精一杯だった。しかしそれはオペラオー自身が前に出てペースをコントロールしていたからだった。
(やっぱり……私はダメなんだ)
ドトウは絶望した、やはり覇王の背中を追えるほどの実力は無いのだと。そしてそのままゴールまで駆け抜けてしまったのだった。

「お疲れ様でした」
係員のその声と共に地下通路の扉が開くとドトウはそのままへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えにしながらなんとか呼吸を整えるドトウ、すると目の前に手が差し伸べられる。
「やっぱりボクの背中は君に任せるのが1番楽しいなドトウ」
オペラオーの言葉にキョトンとしているとこう付け加えた。
「ドトウ、君だけがボクの走りについてくることができたんだ。君は十分に強いはずだ。次こそボクの前に出るんだ。ドトウ、いやメイショウドトウ!これはボクからの挑戦状だ。ぜひ受け取って欲しい」

ドトウはオペラオーの差し出した手を取るとこう答えた。
「私、頑張ります…!」
◇◆◇◆
「……という感じです」
アヤベへ昨日の出来事を話し終えたドトウはおずおずとして俯いている。その膝に置かれた手は小刻みに震えていた。無理もないだろう、自分の好きな相手とその同級生と戦うのだ。不安になるに決まっている。でも
……それは他の者も同じことだ。いやそれ以上かもしれない、アドマイヤベガだって同じなのだ。

「…そう、よかったじゃない。あの覇王様直々に挑まれたんだから。あなたのトレーナーならあなたから無理矢理にでも宣戦布告させるわよ。少しだけ気が楽になったんじゃない?」

「は、はい」
「じゃあ、私は帰るわ。またねドトウ……良いレースにしなさい」
アヤベはそう言って部屋を出ようとするとこちらを向きこう尋ねるのだった。
「あ、そうだひとつ忠告よ?オペラオーの前では普通でいいわ、変に気負いすぎる方が逆効果かもね?その方がきっと上手くいくはず。でも……」
アヤベは少し間を置いてからこう続けた。それはまるで呪いのような言葉だ。
「……オペラオーは確実にあなたを狩りにくるわよ今度こそ」

そう言い残したアヤベは足早に部屋を出て行った。しかしその言葉にはどこか重々しいものを感じたのだった。
「ま、まあでも……」
ドトウが気を取り直して立ち上がると着替え始めるのだった。
(今度は私を見てくれる人のために……)
そんな思いで準備をするのであった。
◆◇◆◇ 
〜数日後〜 〜中山レース場〜
『さぁ!各バ一斉にスタートを切りました!』
(よし!揃った、これならあとはオペラオーさんの動向にさえ気を配ればいいから楽…?)

まだゲートを出てから第一コーナーに差し掛かる手前、バ群の中から風が吹き込む。それも凄まじい気迫と共に。

オペラオーである。ドトウのいる外側へと抜け出そうとしている。
アヤベの言う通りオペラオーは手を抜いていない、覇王の名にふさわしい走りで二番手に上がってきているのだ。
(こ、こわい!)
思わず萎縮してしまうドトウであったがなんとか追いつこうと必死に足を動かす。だがしかしやはりこのままではダメだと悟り勝つことよりも一瞬でもいいので後続を突き放すことを考え始めた瞬間であった。その刹那後方から迫る気迫にさらに慄くことになるのだった。そしてその感情は一瞬で消え去ってしまうこととなる。

ナリタトップロード、彼女もまたドトウと同じ世代のウマ娘である。学級委員長でもある彼女の鬼気迫る顔はクラスメイトからも恐れられる。そんな鬼が迫ってくるのである、前門の虎後門の狼、文字通り獣に挟まれた小動物となったドトウだがオペラオーのあの約束が脳裏に浮かんだ。
『ボクの前に出て見せろ』
ーそうだ、トプロはまだしもオペラオーとは約束したじゃないか。ドトウの体に力が戻ってくる、逃げる事は辞めないがこのバ群を突っ切る覚悟が決まる。アヤベとの会話で感じた重々しいものの正体はきっとこれなのだ。
『さぁ!各バ一斉に最終コーナーを切りました!』
「うわァァァ!」
(オペラオーさん……見ててください!)
ドトウは咆哮した、それはまるで獣の遠吠えのような叫びであった。その声と共に先頭集団へと躍り出るのだった。しかしまだだ、ここからさらに加速しなければ覇王には届かない。

(そうだドトウ、お前がー)
『違いますトレーナーさん!』
(オペラオーに引導を渡すんだー)
『渡すのは引導じゃなくてッ』
(お前の勝利がオペラオーの救いとなるー)
『救い…救いを渡してあげますうぅぅぅ』
心の葛藤と戦い、バ群の中に力一杯踏み込み走り抜ける。先頭にはオペラオーが見えた。「はぁ……はぁ……と、届く……!」
(ドトウ、ボクを超える気になったんだね)
オペラオーは迫ってくるドトウをチラと見やる。いつものあのオドオドした目ではない。覚悟を決めた目である。
(…それでこそ臣下でありライバルだよ。ドトウ)
オペラオーも最後の力を振り絞り駆け抜ける、が、ドトウに詰められー抜かれてしまった。
「はぁ……はぁ……」
(勝った……!覇王様に勝ってしま、え?)
ドトウは勝利の確信と同時に倒れ込んでしまう。原因はスタミナ切れだ、そんな体でもオペラオーを抜き去ることができた。そしてそれはアヤベやトップロードにも言える事であり周りで見ていた観客からは歓声が上がるのだった。

しかしドトウにはその歓声が聞こえる余裕はなかったのである。
『1着はメイショウドトウ!2着にはナリタトップロード!テイエムオペラオー、振るわなかったか?掲示板まででした!』
◆◇◆◇
その夜、ささやかではあるが祝勝会を開催した。もちろんアヤベやオペラオーも交えてだ。

「おめでとうドトウ」
アヤベがグラスをこちらへと傾ける。それに合わせるようにドトウもグラスも近づけて乾杯した。
「あ、ありがとうございますぅ!」
「うむ!いいレースだったよドトウ!」
オペラオーも上機嫌にニンジンジュースを煽っている。そんな様子を見ているとなんだかこちらまで嬉しくなってくるのだった。
(私……勝てたんだ)
そう実感すると共に涙が出てくるのであった、それは嬉し泣きであるのだが周りからすると困惑でしかない。
「あ、あの?ドトウさん……?大丈夫ですか?」
「ああ!心配はいらないよトップロード君!彼女は今感極まっているんだ」
オペラオーがフォローしてくれる。その優しさにさらに涙が溢れてくるのであった。
「うぅ……ありがとうございますぅ」
するとアヤベがハンカチを差し出してくる。それをありがたく受け取ると目元を拭った。そして改めて3人へと向き直るのだった。
「私……勝てました!」
3人の顔をそれぞれ見つめていく、そして最後にトレーナーに向きこう言った。
「…私、ダメダメでしたけど!トレーナーさんの言うようにオペラオーさんに引導を渡せなかったですけど!これでよかったと思ってます』
それを聞いて困惑したのはオペラオーである。自分の知らないところで勝手に話が進んでいるからだ。
「まてドトウ、なんの話をしてるんだ?」
「え……?なんのことって……?」
疑問符を浮かべるドトウにオペラオーはため息をついた。そしてこう続けるのだった。
「ボクとのレースの話だよ!ボクは引導を渡されるつもりなんて毛頭ないが?それに君は覇王になるのだろう?」
「……へ?」
今度はドトウが困惑する番であった、しかしすぐにその意味を理解することとなる。それはアヤベの一言によってだ。
「…あなたがオペラオーを下したのよ?世間はドトウが次期覇王って持ちきりよ?…あとオペラオーさん、ドトウのトレーナーがドトウがレースをする意味としてあなたを倒すことを私が提案したの、結局彼女はそれを拒んだわ。それでも今日のレースで勝った。」
アヤベがそう淡々と話すとオペラオーはやれやれと言った感じで頭に手を当てた。
「まぁ、そういうことだドトウ。君はもうボクのライバルで覇王への道の重しとなるべき存在だよ。」
それからしばらくの間皆沈黙が流れた後トップロードが口を開いたのだった、それはとても優しいものだった。
「……あの!私もその……覇王様の道の重しに……なってもいいですか?」
そんな提案をしてきたトップロードだがもちろん答えは決まっているようなものである。
「もちろんですぅ…ダ、ダメダメかもしれないけど、これからもよろしくお願いしますぅ…」

そしてまた嬉し泣きしはじめた。
「ふふっ、今度の覇王様はやけに涙脆いですね!」

トップロードは笑いながらドトウを撫でる。
「はっはっは!ドトウ、覇王はいつでも胸を張ってないといけないよ!」
オペラオーがそう反論すると今度はアヤベが口を開いた。
「それを言ったらあなたはいつも笑っているわね」
2人して褒め合いや煽り合いをしている中、ドトウはトップロードに撫でられながらふとこう思った。
(私は……)
ーこの3人がいればきっと大丈夫だと。

 〜Fin〜