The Long And Winding Road

The Long And Winding Road

思ったことを書きたいときに書く。


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面白い話なんも浮かんでこなかった。実は結構悔しい。

なんか話せるようになりたい。
時々がんばってネタ探そ。





iPhoneからの投稿
penでユダヤ教についての本が出ていたので読んでいる。

ユダヤ暦や贖罪の日。

自分の知っている暦とは違う暦で生きている人もいるんだ。

断食をして反省をする日が一年に一度ある。また7日に一度、安息日という労働をやめ、心と身体を休ませる日がある。

これは神が天地創造の7日目に休んだことに由来しているそうだ。

安息日はシナゴーグと呼ばれる集会所(キリスト教の教会やイスラム教のモスクにあたる)で礼拝をし、家族や友人との食事や団欒を楽しむ。

一日や一週間に反省の時間や反省の日、団欒や家族との時間をちゃんと持つことがあってもいいのかなと思う。

昨日、幼稚園の集団登園だと思うけど、2列になってお行儀良く手をつないで歩いていく。その途中で帽子を落とした子がいた。

でもお行儀良く進んでいく2列は止まらない。子どもたちは誰もその帽子を拾わない。足元に落ちた帽子がその子たちの足に当たって左右に転がる。でも子どもたちは誰も帽子を拾わない。

そ の光景を見てものすごいショックを受けた。気づかなかった、列が前に進んでいくから止まれなかった、いろいろ理由はあるのかもしれないけど、子どもたちの 人としての感覚が衰えている気がする。だって明らかに帽子が落ちても、足に当たっても、関係ないとばかりに下を見ない。

人のことは関係な い。自分のことで精一杯。という振る舞い。どこかで聞いたようなセリフだ。昔サラリーマンしていたときによく聞いたセリフだ。もちろんそれ以降も自分も含 め無数の大人から言葉として聞いたり、行動として明らかに読み取れたり、人のことは関係ないとばかりの言動がそこかしこにある。

子どもた ちのそういう言動が大人たちによってつくられていると思うとものすごく悲しいし、やってはいけないことをやっている気がする。だって子どもが生まれながら に人のことは関係ないなんて思っているなんて信じられない。だとすると無意識的にせよ大人がそういう子どもたちを育てている。

かと言って、なんでもかんでも人のことを気にしてお世話をしてあげればいいっていうものでもない。それでは大人が疲れてしまう。

でもまずひとつ目の前に落ちているゴミを拾ったり、誰かが落とし物をしたら渡してあげたり、できることから少しずつやっていくことだと思う。誰が見ていようと見ていまいと、自分に子どもがいようといまいと。そういうのを子どもたちは敏感に見て育つ。

無機質に歩く子どもたちなんて見たくない。
少年サッカー、社会人サッカー、日本武術、ロシア武術、英語、哲学、小説、最近本当にいろんなものに取り組んでいる。

昔からずっと続けているもの、昔から触れていたけど意味が分からず放置してきたもの、新しく触れ始めたもの、身体に関するもの、脳に関するもの、感性に触れるもの、生き方に触れるもの、どう切り分けたらいいかもわからないし、切り分けられないものなんだと思う。

でもいろいろ決めずにやってきたことでわかってきた事がある。

一つに絞らないからこそ、様々な角度からのアプローチができ、頭や身体、その中でも様々な部位を使う事が出来る。

そうすると今までのパターンとは全く違う自分の中の回路が出来て、全然違う可能性が拓ける。

それから今ふと思ったのは、身体の使う部位が増えることで、充実感を身体全身で感じられることが増えてきたんじゃないかと思う。

楽しみを感じられるものが増えた。壁を感じる事も増えた。
それを乗り越える喜びも増えた。

1年半前、本当に何をしていいかもわからなかった。
なにをしてもつまらなくなった時期があった。
なにもしたくなくなった時期もあった。
その場だけの楽しみしか感じられなくなったときもあった。
もういいやって思った事がたくさんあった。

そこからある意味なにも決めずに、時々出会う自分の興味の向く事だけをやりながら必死に退屈を埋め合わせていたら、退屈よりも楽しみの時間が増えた。退屈と思っていた事が楽しみになった。

やりたいと思った事がない事をやりたいとおもうようになった。

あれほど時間をどう浪費するかを考えていたのに、今では時間がもったいなく感じる。

あれもこれもやりたい。

もちろん身体がついてこなかったり、感情がついてこなかったりする事はたくさんあるけど、こんだけいろいろとやってきたからこそ、それをコントロールする事も少しずつ覚えてきた。

これからもっともっと楽しくてやりたい事が増えるような気がするんだ。
そしてもっともっと壁も増えるような気がするんだ。

でも、きっと充実感はどんどん増していく。
それを楽しみに今は過ごしている。

1年後の自分はどうなっているか、きっと変わってないけど、想像もつかないくらい変わってる。
今日は負けた。どうしても均衡したゲームはうまくいかない。

でも、負けは毎回自分に足りないところを見せてくれる。

負けは栄養だ。

勝ちから得る事はもちろんあるけど、負ける事の方が成長させてくれる事もある。

勝っても負けても気になる事があるようにしたい。

負ければ必ずそれは出てくるけれど、勝ったらそれを見逃しがちだ。

ひとつひとつをしっかりと洞察していく事で必ず見えてくるものがある。

そして、見えてくるものがあったら見えないものが増えてくる。

見えていない事さえわからなかったものが見えないという形で現れてくる。

そしてまた見えるまで見続ける。

その繰り返し。どこまでも続く。
子どもは勘違いする。周りが期待していると思って勘違いする。本当はしていないのに自分は期待されていると自分に期待してしまう。

うまくできなくて泣いているのは悔しいという気持ちだけじゃない。「周りからダメに思われる」という幻想つまり勘違いが涙を流させる。

だから周りが気にするなって言ってもそれは気休めにしかならない。そんなこと言われたってという気持ちは拭えない。だって周りは大きな期待をしていなかったとしても、自分が自分に対しての期待(そしてそれは勘違い)に応えられていないんだから。

その人の気持ちを解放するには自分で自分に対してしている期待を解放してあげなければならない。周りの気持ちを伝えるだけではダメなんだ。自分で自分への期待をしなくてもいいよと、今の自分で取り組めばそれでいいよと。

子どもの時からそんな勘違いをするようになるのは、親や学校や周囲の大人が子どもたちに対して期待をかけすぎているからだと思う。子どもたちが「できる」ことに対する過剰なまでの期待。

子どもは敏感だ。それを察知して「そうあらなければならない」と思い、そうあるように振る舞う。子供は無垢だ。最初に触れるものが自分に対する期待であれば、それが当然と思い、人にもそれを求めるようになる。

そうして子ども同士でも期待の連鎖をつくりだして、過剰になってしまい、「できない」ことを認められない雰囲気をつくりだし、「できない」ことへの過剰な恐怖をつくりだす。

子どもができるようになることはもちろん大切だけれど、できない子どももありのまま受けとめてあげることも子どもがのびのびと成長することにとって大切なことだと思う。大人はそれをしてあげることが大きな役割だと思う。

そして、大人同士のコミュニケーションでもそれは一緒。できることもできないことも事実を受けとめればいい。大人になるとそれはなかなか痛いことだけど、それができるようになるとすごく楽になるし、前に進めるようになる。
役所などに行ったときにたらい回しにされること、なんらかの手続きでもなんでもいいが、体験したことがある人も多いはず。

今日はあるお役所に食事を配達したときに受付の場所を教えてくれるのはいいが、行った先行った先で「あっちだよ」と言われ、たらい回しにあった。


さすがに怒りがこみ上げてきて、「ふざけんな、これだから役所は!」と心の中で思った。

(さすがに口には出してない 笑)

その時ふと思ったのだが、役所や国の機関というのはもしかしたらあえてたらい回しや自らが対応しない、責任を転嫁するようなことをしているのかもしれない。


そうしていることの効果は三つある。実際に働いている公務員の判断や責任を取るということを奪うことで、上に従うしかないというマインドを植えつけるこ と。そして考える能力を奪うこと。そして最後は国民(というのか市民というのか適切な言葉はわからないが)に役所や政府は使えないと思わせること。


公務員として働いている人を上の人たち(ポジションが上で利権を得ている人)がいいように使うために判断や考える能力を奪うのであり、国民に役所や政府は使えないと思わせておくことで、水面下で動いている出来事を勘付かせないことができるのではないか。


どうせ役所や政府はなにもしていないという諦めがあれば、まさか裏で自分たちを貶めるようなことをしているとは思われない。不信感は募るかもしれないが、そ れは自分たちがコントロールされているという類のものではなくて、自分たちになにもしてくれないどころかこいつらはなんにもしていないという心理的な動きを生み出すのではないか。


それを利用して実は裏で様々なことを動かして、国民が気づいた時にはもう手遅れになるように心理操作をしているのではないだろうか。


普通に考えてもあれだけ対応が遅く、柔軟性がないということは不自然だし、誰かが改善する事もできるはず。


おそらく、本当になにか進める必要があるものに関しては実は気づかれていないが、ものすごいスピードで対応しているのではないだろうか。




こいつら使えない!と思ってしまった時は確実にそのことにとらわれてしまう。そこから冷静にものごとをみることは難しくなってしまう。それを逆手にとるというのはある意味有効な手段にはなりうる。


そんなことはないだろうというところから見るのではなく、もしかしたらこんな事もあるんじゃないかというところから見ていかないと、知らず知らずのうちに巻き込まれている事がある。


おそらくこれまでもそういうことが数えきれないほど起こっている。

もうそろそろその呪縛から解き放たれる準備をするべきだと思う。

 自分が当たり前のように生きていることが揺るがされることが時々ある。「ザ・世界仰天ニュース」という番組を見ていて、表皮水泡症という病気になってしまった子どものことを取り上げていた。その子は皮膚が極端に弱く、身体のあらゆるところに水ぶくれが出来てしまい、毎日大量の塗り薬を塗り、全身に包帯を巻き、さらにそれを毎日5時間かけて交換する。皮膚に負担をかけないように入浴には服を着ておこない、食道にも水ぶくれができるため食事の際にも激痛を伴うという壮絶というにも畏れ多いような人生を送っていた。

 

 両親はその作業を毎日行う。どれほどの精神力、体力を必要とするのか。そのことを考えるだけでも気が遠くなりそうだが、なによりも驚くのはその子はその両親の実の子どもではないということだ。

 両親には実の子どももいる。女の子でまだ幼い。その女の子が風邪を引いて病院に行ったときのことだ。ふと目についた病室にいたのは全身に包帯を巻いていた子どもがいた。

 

「どうかされましたか?」

 

看護師が両親に声をかける。

 

「いや…」

 

子どもを見ながら言葉に詰まる。その様子を見て看護師はその子どもの病気を両親に説明した。それを聞いて両親は驚いたがさらに驚いたのはその子の実の両親が子どもの病気を聞いて育児を放棄したという事実だ。

 

それで話が終わるならたいした話ではないのだが、帰宅してからも両親はその子のことが気になっていた。2人で話をして、翌日再度病院に訪れてその子のことを医師に聞いてみた。

 

 表皮水泡症にかかった子どもはそう長く生きられないということも多いらしい。四六時中痛みを感じながら生き、さらにその命も長くは続かない。果たして何のために生まれた命なのか……両親はそんな問いを持たずにはいられなかった。

 

 両親は話し合いを重ね、医師に反対されながらもその子を引き取って育てることにした。明らかに育てるのも難しく、実の子どもでもない病気の子どもの命を育てるという決断をしたのだ。

 

 よく考えてみてほしい。そんな決断がどうしたらできるだろうか。自分の生活があり、自分のために生きるという風に考えていたら、どう考えてもそんな決断はできない。万が一そうではないとしても、子どもの症状を見ていたら、それに対して費やす時間と体力と精神力は並大抵のものではないことは容易に想像できる。

 

両親はそれでもその子を育てることを選んだのだ。

 

 実際にその子との生活がスタートしてからというもの、想像していたよりも遥かに難しかった。それでも両親もその子も病気と付き合い続けながらたくましく生きていった。

 

 ある日、朗報を目にする。ある大学でその病気に対する有効な治療法が実施されたというニュースを目にする。ある種の皮膚移植をすることで、皮膚の性質を変化させ、水ぶくれができないようにするという治療法だ。

 

 そのニュースを見たときはまだその治療法は兄弟しかドナーになれなかったため、その子どもに治療法を適用することはできなかったのだが、辛抱強くまったことで、兄弟ではなくても適合するドナーが見つかればその治療が可能になった。

 

 両親はすぐに大学に行って医師に相談する。しかしここでさらに高いハードルが両親と子どもに立ちはだかる。

 

 確かにその治療法は可能なのだが、皮膚を移植するまでの過程で自分の免疫機能を一度破壊しなくてはならないそうだ。つまり、菌などに感染すると一気に危険な状態に陥るということだ。過去、それによって死に至ってしまった事例もあるそうだ。

 

 せっかく一筋の光が見えた矢先、再び両親は難しい選択を迫られた。そんな時、その子どもが首のとれかかってしまった猿のぬいぐるみを抱えて両親に言った。

 

「おもちゃも壊れたら天国にいくのかなぁ」

 

 両親はその言葉を聞いて、こんな小さな子どもが病気と付き合いながら一生懸命生きていくなかで、ずっと死の恐怖と戦っていたんじゃないかと思ったそうだ。確かにそうでなければおもちゃが天国にいくという発想は生まれにくい。子どもの単純な感性ということでは片付けられないその一言の重さがあった。

 

 両親はその言葉に後押しされ、前に進もうと移植を決意する。

 

 治療が始まり、免疫機能の低下の期間が始まる。この間に菌が子どもに入り込んだら大変なことになる。もちろん厳重なケアをしながら治療は進んだが、残念ながらその懸念は現実のものになってしまう。菌が全身に回り、意識不明の重体に陥ったのだ。

 

 両親はさらに落胆し、祈ることしかできなかった。

 

その状態が15日続いた頃、看護師から両親へ知らせが届いた。

 

「意識が戻りました!」

 

 両親が急いで病室に駆けつけ、意識が戻ったときの映像が残っていたため、その実際の映像が放送された。

 

人工呼吸器を外したその瞬間。





 

「ママ!」




 

 

 どれほど痛かったのだろう、どれほどがんばったのだろう、それは自分の身体から本当に絞り出したと言うのがふさわしい一言だった。その一言に胸をわしづかみにされ、テレビの前で呆然としてしまった。




 

 その後その子の病状は劇的に改善し、以前は皮膚の95%が水ぶくれだったのが15%にまで改善したそうだ。改善されたその子の姿を映像で見たときは何とも言えない想いだった。

 

 今自分はそんな病気をすることもなく、家族に重い病気を抱えている人がいるわけでもない。正直番組の最初の方では、その子を見ながら「そんな痛い思いをしてまで生きているのってつらくないか」とか「そうまでしてどうして生きるんだろう」って思っていた。ただ、番組を見続けていてもし自分がそうなったり、周りの人がそうなったら本当はどうするんだろうと考え始めるようになっていた。

 

 このような重病などの境遇はいくら想像したとしてもその人の痛みや気持ちを自分の中に持つことはできないと思う。ただ、その末端に触れることだけはできると思う。その末端に触れた時、自分の生が揺るがされる。


 今回はたまたま自分ではなく、その子やその両親がその病気に見舞われただけ。たまたまテレビで観る側だったのが、いつ見られる側になるかもわからない。いつそれが自分になるかもわからない。家族がそうなるかもわからない。どんなに自分はそうならないと思っていても、その可能性がないとは言い切れない。そう考えると身震いする。かといって、明日重病になるとか、何年後重病になるとかを断定することはできない。いつそうなるかもわからない可能性を孕んだまま生きていくしかないということを痛感させられる。


 使い古されている言葉だが、それを心配しても仕方なく一日一日しっかりとカタをつけて、納得した毎日を過ごしていくことしかできないんだと改めて思う。わかりきっていることだが、人はそういうことを日々の時間に追われて忘れてしまう。だからこそ、こういった自分の生を揺るがすような出来事には定期的にアンテナをはっていくことで、日々生きていく質を高めていくことができるのではないかと思う。

 

 今回、重病の子どもと両親の病気との付き合い方を目にすることによって自分の生が当たり前でないこと、自分の生が揺るがされた。かといって自分の日々が劇的に変わるわけでもないし、自分の抱えている悩みが解消されるわけでもない。ただ、自分が当たり前のように生きている今を改めて実感して生きること、それを忘れないでいることを思った。

 

 それからこの親子の物語を見て、一番思ったことは人の命は人の一生をかけるだけのものなんだということを思った。

7年ぶりにブログを再開したいと思います。

当時サッカーでプロを目指してペルーに留学するまで書いていたブログですが、
それ以降まったく書いていませんでした。

当時のブログを消すのもちょっと惜しかったので、
当時の恥ずかしい文章を残しながら全く違うテイストのブログを再開したいと思います。

気が向いたときに書きます。