今回の目標地はあの有名な「一つ家に遊女も寝たり萩と月」の市振である。
出発は8月24日、海水浴客がもう少なくなっているだろうと見越して、案内書に書いてあった芭蕉が宿泊したといわれる「玉屋旅館」の宿泊予約だけして、出発。
1昨年、出雲崎を訪問しているので、今回はまずは上越市を目指す。
あいにく出発の前日、仕事の合間ににらめっこしてルートを確認してたのが災い、会社にツーリングマップルを置き忘れ、高速道路のSAに置いてある地図を頼りに、前日確認したルートを思い出しながら走行。
これも悪いことが重なるもの、湯沢インターを出て県道を走りだしたら、雨が降り出し、それでもはじめのうちは霧雨程度なので途中の棚田など、写真撮っていたが
その後、雨は激しくなり、上越市内までは土砂降り。上越市内に入り、雨がやんだので、びしょぬれの服の着替え、靴の水だしの為、モスバーガーに飛び込み、広い個室トイレをしばし占拠、体制を整えて上越市内巡りに乗り出す。
ところが、またまた障害が。上越市がたまたま24日、25日が上杉謙信公祭りで、「ガクト」が白馬に乗馬して市内を巡るとかで交通規制、その規制をかいくぐって訪問できたのが浄興寺と五智国分寺。
浄興寺は親鸞ゆかりの地だが、芭蕉の足跡はなし。
「薬欄にいづれの花をくさ枕」
五智国分寺の山門をはいって左側にあり、この写真では碑文がよく読めないが。
五智国分寺は、ちょうど上杉兼信公祭り開催中なのでかなり混んでいるのではと想像していたが、山門手前の駐車場には車一台のみ、境内に入っても、ひと組の参拝客がいるだけ。お寺のお坊さん他誰もおらず、山門入口の小さな売店の主人いわく、いつもこんな感じで参拝客はわずかだと。
上越市を後に一路、宿泊予定地の「能生」へ。途中道の駅でカニの販売がありかなり食指を動かされたが、宿の食事が待っているので我慢。名物タラ汁も我慢。
宿の玉屋旅館はわかりづらい、2度電話して最後は宿の人が表に出て手を振ってくれた。親切。駐車場にバイクを止めて振りかえり宿の人にどこ?って訪ねたらすぐ前、一見宿屋とは見えない極めてシャビーなたたずまい。でも宿の人は親切で、夜の食事は期待通りの海の幸満載。
翌日は、6時に出発、まずは町内の白山神社に参拝。昨日まで例祭だったとかで、境内に飾っていた大きな絵馬のようなものを引き取りに来ていた。
また、館のなかには、汐路の鐘が二つにわれたままの状態で保管されていた。ちょっとぼけてるけど床に無造作に置かれている。右下に。
後は、親不知、子知らす、から市振へ。なかなか一つ家に遊女との碑が見つけら
れず。道の駅、市振も早朝でまだ開店前。なんだかよく見ると高速北陸道のサービスエリア内にあるらしい。で、後回しにして、見つけたのがこの石碑
国道沿いに案内板があり、入って行くとすぐ車が入れない狭い道になり、不安でちょうど農作業していたおばあさんに尋ねようと思ったら出てきたもの。なかなか立派な石碑。
やっと立派な石碑に出会えたので、今回の旅のメインである「一つ家に遊女」を目指し、北陸道朝日インターにはいる。入って直ぐの越中境PAの敷地内で見つけたのがこれ。
でも、市振市内の長円寺にもっと古い碑があったようだ。また市内の有名な松や桔梗屋の跡もやり過ごしてしまった。地図を忘れ、バイクというのがやはり原因かと。 あとは芭蕉に関係無く、糸魚川から、白馬、戸倉温泉経由帰途につく。途中では、道の駅小川の焼きたておやきが最高だった。










