ブログは初めてですが日記感覚で書きますね。
今日は地域のデイケア施設で慰問してきました。
13時過ぎからバイオリンで認知症のフロアーでアメイジング・グレイス他を弾いて、後は赤とんぼや里の秋など童謡を40分ほど一緒に歌ってもらいました。
最初は顔に生気のなかった方が、音楽を聴いたり歌ったりする中で次第に生き生きとした顔になってゆかれるのを見るのはとても嬉しい瞬間です。
もう同じ施設に6年ほど毎月通っているため、顔見知りの人がデイケアのフロアーから認知症のフロアーに上がって来られてます。
もう身内の感覚ですからまた来たよ〜って感じで挨拶して一緒に40分ほどですが音楽を一緒に楽しみました。
最初にこのフロアーに来た時に経験したことですが、何年も口を聞いたことがないという人が歌を歌おうと口をモグモグされるのです。その他に認知の進んだ方が「ふるさと」を3番まで歌われて看護師さんがビックリされたことがありました。
ここで体験したことで私は音楽に対する考え方が変わりました。
それは、音楽とは「楽しい生活の記憶と結びついた音」であり、「身体に染み込んだ音」なんだということでした。
ですから若い時に楽しい思いで聴いた曲は、それを聞く時に、かつての若かった時の生々しい生活の感覚を伴って思い出されるのですね。
認知症になられた方でも昔聞いた曲を聞く時にかつての感覚が甦るのでしょう、涙を流して聞いておられる姿がよく見られます。
この方々の姿にうそはありません。全て自然のままです。快いものは快い、嫌いなものは嫌い、全て自然に表現されます。
慰問を始めた頃、他の施設でですが、心を込めてクラッシックの名曲を演奏したら、立ち上がって何か叫びながらどっかに行こうとされる人が出てガッカリしたことがあります。自分の演奏が未熟だったのかと思いしっかり練習を重ねましたが、違うところでもやはり同じ事が起きました。
その方々にとっては聞き覚えのない、自分の人生とは全く関係のない単なる音だったのでしょうね。
そんな事を通じて、私はいい音楽を聴かせてあげようというような思い上がった感覚で慰問をしていた事を反省した事を思い出します。
今日の慰問を終わってここが私の慰問活動の原点だなぁと改めて実感して帰って来たところです。
最後まで読んでくださった方ありがとうございました。(^_^)