芋づる式

芋づる式

アダルトチルドレンとして歩んだその先にあるものとは…

写真の仕事のブログ
プロフィール写真、記念写真、セミナー風景写真、
撮影承ります。

写真家ルッチー@横浜

Amebaでブログを始めよう!
土曜に彼女と会って大いに揉めた。
揉めたと言ってもあっちが勝手に
妄想を繰り広げていただけ。
時々ああいう妄想暴走モードになることがあって
ほとほと疲れていた。



で、今日「お別れ」しました。
最後はメールでの揉めだけど
不思議とスッキリしてる。



今回はきちんと言いたいことが言えた。
イヤなことはイヤと言えたことが大きかった。
すごくスッキリしてる。
今までの別れ方とは明らかに違う。
それだけ今まで言いたいことを言わないでいたのだな、
モメるのがイヤだったんだな、って気づいた。






で、揉めてて気がついた。



彼女は
妖怪”わたしが”
かわいそう

だった。



↓「妖怪”わたしが”かわいそう」についてはコチラ↓
心屋被害者の会「妖怪”わたしが”かわいそう」







「不安をなくしてくれ」
「安心させてくれ」
「私との将来を考えるなら変わってくれ」
「やりたいことが出来ないのはルッチーのこともあるんだよ」



メールがクレクレ星人になってるのに気づいて
読み返してみたら悶絶した( *з*);;;;
もう何してもムダだだし、
自分のエネルギーを吸い取られるように思えた。
その時点で別れることを決めた。



で、
「その不安は埋まるのかい?」
とメールを返したのが自分からのメール。
相手からのメールの文章がスッキリしていた。
まるでエサをもらえないことがわかって
離れていくように…。






もう、彼女との関係に執着がなかった。
「別れてもいい」が頭の中にあった。
先月祖母が亡くなってから心が動いてなくて
自分の「したい」が湧いてこなかった。
「○○してもいい、しなくてもいい」
のど真ん中で固まってる状態。
自分の気持ちに鈍感になってる。
だから揉めていてもすごく冷静な自分がいた。
その冷静さがあったからこそ
エサをあげてることに
気がつけたのだろうな。







うん、なにより言いたいこと言って
揉めることが出来た。
後半はどこまで揉められるのかって
試してるところもあったけど
そのおかげでの気付きもあった。




最後に応援メッセージみたいなのをもらったけど
ここまで来てもいい人をするんだ
って気づいたら返信する気にもなれなかった。
まあ、よいだわ。



次行くぜ、次!
今日仕事してたらふと
自分って仕事の中ではなんでも屋なんじゃないかと思った。
得意不得意なく、そつなく全てをこなしてるんじゃないかって。
それをふと職場の人に言ってみたら






「前からそう思ってるけど」






と言われた。
どうやら自分はマルチプレーヤーらしいです。
仕事の中だったら得意不得意なく
なんでもできると思われてるらしいです。
それゆえ配役が一番最後に決まるらしいです。






小さい頃に「一つのことに突出してる自分」よりも
「何でも平均的にできる自分」になりたかった。
出来ないことがあることに×をつけてた。
だから「できること」より「できないこと」ばかりに目が行った。
周囲から言われることもそうだったと思う。
(記憶は700%ウソですが)
勉強でも得意科目はないが苦手科目はある、って感じ。
親の「国語がだめね」の言葉は今でも覚えてる。



でも、マルチプレーヤーになりたかったのは
できないことをなくしたかったからではなく
出来ないことがあると嫌われる、
見捨てられると思っていたから。
いくら出来ることがあっても
できないことがあると自分はダメなやつだと思ってたから。
「○○ができてないじゃない(なんてダメな子なの)」って
親の声が聞こえてた。



どれも出来るようになろうと思ったら苦しくなった。
嫌われないようになんでもできるようになる、
っていう他人軸。






知らないうちに「何でも平均的にできる自分」
自分になれていたけど苦しかった。
周囲にとって「都合のいい自分」になってたわけだから。






人が「できない」っていうと

「やってあげる~」
とか
「こうやるんだよ~」

って喜んでやってたのに、
自分で「できない」が言えない。






そりゃ、出来ない部分を出来るようになろうとしてたんだから
出来る部分が伸びるわけがないよね。







「一つのことが突出してる自分」を隠していたらしいよ。
「逃げちゃダメ」



寝ぼけ眼の布団の中で
ふとこの言葉が出てきて目が覚めた。






昔からどうにもならなくなると逃げるクセがあった。
割と最後までどうにかしようとがんばってたつもりではいるけど
身体に色々出て最終的には逃げることがあった。






彼女さんのことが頭の中でグルグルしてて
逃げる前の感覚に似てることに気がついた。






「察して」、みたいなことを言われたときに
そうできない自分がいて、見抜かれた感じがした。
わからないって言えない。
「わからない」って言うと
「そんなこともわからないの?、ダメなやつ」と
責められそう。
責められたら別れるんじゃないか。
見捨てられるんじゃないか。
自分を逆ギレさせようとしてるんじゃないか。






怖いんだなあ。






「傷つく」のが見えたら逃げる、
こう言うパターンっぽい。
まだそうなると決まったわけでもないのに。






前に一度彼女が拗ねたときも自分を試してた。
「私から最後の言葉は言いたくないの」
「傷つきたくないの」
と。
その時も察することが出来なくて
逆に放っておいたらヨリが戻った。
今回もその形なのかも。
ただその脅しの形が違うだけ。






わかって欲しいのに「私こう思ってるの」って言ってくれない。
撒き餌も撒かれず、エサもついてない針を
垂らして「食え」って言われてるような感じ。
いや、撒き餌がマズくて近づきたくない感じか。






「私ってわかってもらえない」
「私かわいそうでしょ」

ああ、「妖怪私かわいそう」っぽいなあ。
そして自分も今そんな気がする。
現状を説明して
「でも、こんな状況なのだから仕方がない」
って言うことが
「私かわいそう」アピールをしてるように思う。






「拗ね」って言う撒き餌。
そりゃもらってもいい気分はしないから離れるんだなあ。
それに答えるのが面倒くさいわ。
何言っても聞いてもらえない気がする。
わかってもらえない気がする。






わかってもらえないがわかってもらえない
を生み出すのかも。
もやもや…