惰性や忖度

 

はたまた

周りのマジョリティ的流れや

 

そういうものに流されて

選ぶ道なのか 足真顔

 

 

それとも

自分の信念と覚悟を元に

選ぶ道なのか あしあと歩く

 

 

 

 

前者でいた方が

何も変わらなくて良いし

これまでを大きく変えなくて良い

リスクも無い

角も立たないから楽です。

 

ましてや、その籠の中では

それなりの恩恵と約束された安定があるとなると余計に

人は、その籠から出る意味なんて感じないものだと思います大あくび

 

 

 

だからこそ

後者を選ぼうとすると

 

多くの人たちは

 

「やめておけ」

「無難な道にしろ」

「頭がおかしい」

「変な信仰やってんのか?真顔

 

そう言うのです。 

 

 

 

 

ただ、、

 

その籠のサイズがどんどん小さくなり

与えられる餌もヘンテコなものになってくると

居心地は悪くなってきて、、 足UFO 真顔あせる

 

 

籠の外にこそ

新たな可能性を求めるようになるものですよね 立ち上がる花

 

 

 

私は、10年ほど前に

もう目の前まで届きそうなところに来ていた

所謂、世の中的な「成功」への道ではなく

 

 

「自分」を貫く選択をしました。

 

 

その頃の周りの方々には

「ここまできて勿体ない」

「何故、、もう少しなのに」と言われましたし

 

それまで支援や応援をしてきてくれた

父親はじめ親族にも

がっかりさせた部分も大きいかと思います。

 

 

でも、、

私自身、この身をもって実際に経験した故に

 

この先、それに染まりきってしまうことで

自分がずっと大切にしてきたものが

捻じ曲がってしまうことが嫌だったのです。

 

 

それを守る為に

自分を貫くことを決めました。

 

 

 

その後も紆余曲折

色々なことがありました。

 

 

「この方なら信じられる」と思った方も

蓋を開けると、いつの間にやら

そんな私の在り方を批判する側となり、離別を余儀なくされたり あしあとオカメインコ

 

 

その都度、その時の選択に対して

「本当にこれでよかったのだろうか?」と

自問自答することも勿論ありましたが

 

 

今は、ありのままの自分で笑える場所がある

この選択で良かったのだと思っています 立ち上がる花

 

 

 

この10年ほどで学んだことは

 

「思いの形、表現の形」は

ほんとに人それぞれだということ。

 

 

故に、本来は、それぞれに

その「個」による選択の形が用意されているはずで

 

それを選ぶ権利があるはずなのです看板持ち看板持ち

 

 

 

が、、真顔

 

 

人間生きていると

 

色んなしがらみやら、忖度やら、、

 

そういったものからの

「仕方ない」による選択が

増えていってしまうようにも思えます ぼけー

 

 

 

先の話にも書きましたが

それも、「大人の世界」を円滑に進める為には

致し方ない要素であることも良くわかってますが、、

 

 

でも、私は

 

やっぱり

自分の信念に真っ直ぐに生きる素直な人が

好きなんですよね立ち上がる気づき愛