最終の書き込みから、約2年半。
夫は、先日旅立ちました。
私、てりむの妻が、気持ちの整理がてら経過を書かせていただきたいと思います。
2023年9月下旬 臍帯血移植
10月下旬 生着確認
12月初旬 退院
2024年5月下旬
仕事復帰、身体障害者手帳交付(ガンマ手術後も、利き手が完全に動かなくなったため)
8月初旬
夫婦揃ってコロナ感染
12月中旬
夫婦そろってインフルエンザ感染
2025年1月下旬
夫の誕生日を迎えられた
2月初旬
愛猫の1匹が、夫の身代わりのように急逝
5月下旬~
咳が治まらなくなったり、体中に発疹が出来たりと不調が表れ始める
7月
咳が治らないなのは「実は肺炎でした」と今更発覚、骨髄穿刺の結果は白血病の再発なし
9月下旬
肺炎診断後も治らない症状等の結果、移植後に起こる『移植片対宿主病(GVHD)』と診断、入院
10月初旬
退院。体中の発疹と、手足の皮膚や爪の剥がれが酷く、夫の精神状態は不安定
11月下旬
白血病の再発の可能性と説明を受ける
12月
入院。改めて、「再発」と説明あり
ステロイドの使用により、夫の顔がパンパンに腫れたりしたが、年内退院できた
2026年1月
新年早々、輸血で通院開始。仕事も復帰。「次の移植がラストチャンス」と主治医より宣告…
今年も夫の誕生日を祝えた
2月
妻の私が、1月下旬から酷い頭痛に悩まされていたこともあり、夫婦揃って情緒不安定…
3月
血小板の数値が激減の結果、頻繁な輸血をしても増えず、入院へ…
4月
「ゆるやかに悪化」のため、終末期を考慮することを説明される
5月初旬
GW中に脳梗塞も発症、明けに「両手が使えなくなる可能性」の説明、自宅での介護の段取りへ。
急変、脳梗塞による出血のため、病院にて未明に死去。享年54歳
てりむもブログの最初の方で書いていますが、妻の私は発達障害者です(ASD+臨床的にADHDも併発、そもそも鬱病患者)。
夫の病は受け入れがたく、夫の身体の変化、生活の変化を受け入れるのに時間がかかりました。
それでも、「治るんだ」と、信じて疑っていませんでした。
こうして経過を書き出してみて、途中喧嘩をしたりいろいろあっても、「まだまだ2人でいられる」と考えていました。
函館に行く約束をした時も、「うん、行こうね」と、「元気になる。生きるよ」と言っていました。
2025年2月に急逝した愛猫の弟猫が、夫にべったりだったので、「拗ねちゃってるから、早く帰らなくちゃ」とも。
それなのに…、今、夫はいないのです。
病院から連絡が入り、急いで行ったのに、ぬくもりが消えていく肉体だけが、待っていました。
頬を撫でても、笑ってくれませんでした。
手を握っても、握り返してはくれませんでした。
車の運転が好きで、白血病発症後のストレス発散は、もっぱらドライブだった夫(障害用の器具を設置しました)。
病を得て、いろいろなことが不便になり、それと折り合いを着けてきたのに、運転することさえ奪われるのか…と絶望したのかもしれません。
仕事さえ、続けることは難しくなる体。そして、妻の私への負担がますます増える…と、考えたのでしょう。
肉体を脱ぎ捨てて、魂だけの身軽さを選ぶことにしたのでしょうか…。
夫は、両親の面倒を最期まで看ました。
私が夫と知り合った時、義母はすでに半身麻痺。その後、脳梗塞も起こし、最終的には認知症も発症しました。
義父は、頼りにならない人でした(私にはそう見えていた)。
それでも、文句も言わず、毎週末父母の元に通い、時にドライブに連れて行き、すべてを看取りました。
(私も最初は手伝っていましたが、振り返れば発達障害と解るトラブルがあり、夫も納得の上、義両親から離れました)
義父が亡くなって、「やっと夫がゆっくり出来る」と思った1年後の発症でした。
夫の祖母は100歳を超えて生き、義父は80代後半、半身麻痺の義母でさえ70代後半まで生きられたのに、何故、献身的な夫が50代前半なんて若さで…と、悔しいです。
まだ一緒にいられると、少し年上の私を看取ってくれるのは夫だと、信じていたのに。
私はまた、独りになりました。
これから、どうやって生きていこうか、茫然としています。
鬱であっても、発達障害と判っても見捨てずにそばにいてくれた夫は、もういない。
今は、ただただ辛く、悲しいです。
喧嘩出来るって、幸せなことだったんですね。
戻れるなら、せめて3月の入院前、…4月でもいいから、戻りたいとも思います。
そんなことを考えてしまうのは、私のエゴでしょうか?
あなたは今、もう苦しくない?痛くない?辛くない?
あなたが生きていた間、私のせいで辛かったり嫌な思いもさせただろうこと、ごめんなさい。
あなたの最期に間に合わなくて、ごめんなさい。
あなたに、生きていてほしかった。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
今、白血病等病気で苦しんでいる方々が、早く回復されることを、少しでも良くなることを祈っております。
皆さんが、元気で幸せに過ごせますように…。