名もなき者になる準備
2018年9月、まもなく私の配信シングル【Play That Song】が配信停止となる。これで私が世に出した楽曲、全ての配信が終わった。その事実をふっとしたタイミングでこの9月は何度か思い出し、そして静かに脳の片隅から溢していった。歌を辞めてからゆっくり、ゆっくり、この日が来ることを受け入れていったような気がする。この日とは【名もなき者になる時】だ。元アーティストにとって自分の作品が全ての媒体から消えるという事は活動していた事実自体が消え失せるに等しい。私はCDとして手に取れる形に楽曲を残していないから配信データが停止すれば私が歌っていた過去はもうどんな方法でも立証のしようがない。記憶は、薄れゆくものだ。私が渋谷の片隅のクラブで歌っていたあの日は私だけが覚えている過去になる。それはもちろんとてつもなく寂しいが私は過去の事実を証明出来なくなってもいいと、気持ちの整理をきちんとしたつもりだ。これで私は元アーティストでもちょっと歌をやっていた人でもなくなれる、普通のOLとしてだけ、生きていけるのだ。もう過ぎた話なのでこぼれ話としてここに書き記しておくがPlay That Songは渋谷のクラブ・Harlemで当時働いていた男性スタッフと出会い、恋をするまでを書いた曲だ。歌詞の最初から最後までがその場で起こった出来事を忠実に書き留めている。例えば1番の出だし【上りかけた階段の途中】はHarlemの中二階と言われるところへ通じる階段の事で私がちょうど二段程足をかけた時に「今日、空調寒くないっすか?」とスタッフにいきなり話しかけられた瞬間を切り取っている。(今はどうなのか知らないけど、Harlemはスタッフ教育が厳しくて当時はよっぽどの常連じゃないとスタッフは客に話しかけてはいけなかったらしい)その一言で《え、めっちゃかっこいい店員いる…》と初めて彼の存在を認識した。私は「あ~、大丈夫です」って興味ない素振りで返事をして、さっさと階段を上った。でも恐らくそれが恋に落ちた瞬間、と言われるものなんだと思う。あと2番の【鏡越しに試してみる】はこれもHarlemに行った事ある女子なら分かると思うけどHarlemは定期的に女子トイレを男性スタッフが巡回しに来る。トイレには壁一面に大きな鏡が飾られており、女子はその鏡に向かって《自分はイケている》と言い聞かせ、化粧直しに勤しむ。私が一人、化粧ポーチから口紅を漁っていると先ほど話しかけてきたスタッフが巡回でトイレに入ってきた。伏し目でそれを確認しながら私は《もし、今顔をあげて鏡越しにこっちを見ていたらきっと私に気があるな》と心の中で確信していた。まつげからゆっくりと、鏡に向かって斜め後ろを撫でるように見たら、彼は私を見つめていた。そうだろうってわかっていたけど、胸がくすぐったくなるのを感じた。その感覚を綴ったのがこのバースだったりする。唯一、創作があるとしたらフックの部分でここはその夜の私の願望を込めている。スタッフと客が営業時間中に抜け出す、なんて事はまぁあり得ないわけででもそんなロマンチックな事が起きてほしいくらい気持ちが高まっているっていうのを表現したかった。曲って不思議なのが何年経っても、書いた本人にとってその時々の光景は驚く程に鮮度を保っていたりする。一瞬、一瞬のコマがセル画のようにパラパラ、パラパラと脳内で再生される。自分にしか分からない意味合いで綴ってみたり、見る人が見たら分かってしまう一文だったり、それらを仕込ませるのが曲を書くという作業のような気がする。私はなかなかその作業が上手に出来なくてこうやってダラダラと文章を書いている方が性に合っているけど。ダラダラついでに今まで公開していなかった【Play That Song】のリリックを置いておきます。金曜日の夜のお供にもし良かったら聴いてあげてください。(死ぬほど下手くそだけどそれもまた思い出)-------------------------------------------------------------------上りかけた階段の途中煙の中で重なる視線そらすまさかI fell in love with you…?壁に寄りかかり開く携帯の照明が貴方だけ映し出す魅かれるほどにミステリアス溢れだす人ごみで聴き慣れたメロディー流れ始めたならDJ Play That Song 甘い空気に身を任せ2人近づけるようにPlease play one more songDJ Play That Song こんな夜はvery first timeHey,boy tonight is the nightI wanna touch you鏡越しに試してみる見つめる先にいるのは is it me?分かっている互いに You know that I’m in lovewith you一言目交わす台詞 近づく言い訳に聞こえないフリをして首筋たどり耳元へミラーボール回る中 深く息をとめて恋せずにいられないDJ Play That Song 誰も気付かないうちに2人抜け出せるようにPlease play one more songDJ Play That Song こんな気持ちvery first timeHey,boy tonight is the nightDon't let it go胸の高鳴り聞こえてもいいから触れていてこのままDJ Play That Song 甘い空気に身を任せ2人近づけるようにPlease play one more songDJ Play That Song こんな夜はvery first timeHey,boy tonight is the nightI wanna touch youDJ Play That Song 誰も気付かないうちに2人抜け出せるようにPlease play one more songDJ Play That Song こんな気持ちvery first timeHey,boy tonight is the nightDon't let it go