こんにちは。

 

 

まずはコチラのニュースから。

先日、新千歳空港で紛失したハサミが見つかったそうです!

なんと店舗内から見つかったとか。

チェーンから外した人がいるので、今後の管理見直し等は必須でしょうけれど、少なくても悪意ある犯罪に使用されず何よりでした。

 

 

さて、今日の本題です。

 

 

先日、福祉業界の大ベテランの方とお話をする機会がありました。

 

 

その方は、福祉業界では有名な大学を卒業されているのですが、こんな話をしてくれました。

『昔は、福祉制度を利用する人に対して、自分は大学で学んだ専門家だという謎の優越感があった。

上から目線だったと思う。

ガツガツ仕事して出世したいという欲もあった』

 

 

私が感じていた、福祉業界の上から目線は勘違いじゃなかったようなのです(もちろん一部の人ですが)

なぜって、私自身、欠損家庭に育ったため、子供の頃から社会で差別を受けることが多かったから。

そして、最も私を差別していたのは、福祉関係者だったんです。

 

 

これは今でも継続されていて、例えば、私は福祉系大学で学んでいません。

通信教育でいいので、何度か大学に申し込みをしたことがあるのですが、全て断られました。

理由は「保証人(家族)がいないため」

費用を一括で支払うからと伝えてもNG。

「あなたを救済する法律はありません」と。

 

 

また、ケアマネ時代に、上司(看護師・保健師・主任ケアマネ)から

『あなたのような育ちの人間に福祉の仕事をする権利はない』と言われたこともあります。

 

 

なぜ、上記のエピソードを書いたかというと、次のニュースでケアマネジャーを含む福祉の仕事について考えてしまったから。

 

下矢印奈良県の某ケアマネが、介護保険の枠を超えて、患者さんの人生最後に寄り添った。素晴らしい。という趣旨のニュースなのですが・・・

 

 

SNSで見る限り、ケアマネたちからは、おおむね「このケアマネはやりすぎ」という意見が多いでしょうか。

もちろん「素晴らしい支援」という意見もありますが、「これがスタンダードだと思われては困る」という前提付き。
 
 
今、ケアマネの業務範囲があいまいになりすぎていて、所属法人によっても違うし、利用者さんとそのご家族からの期待値も違う。
ネットニュースで、上記のような「美談」があると、勘違いしてそれを求める方も出てくるかもしれません。
全ての利用者に対して「金銭・時間・労働の全てが無償」で「なんでもやってほしい」というのは無理があります。
 
 
下矢印また、上記ニュースのコメントで福祉系を教える某大学の教授が、手放しでこのケアマネを誉めています。
 
残念なことに、最近はケアマネジャーのなかにこうした寄り添いや伴走型支援を
「業務外」「ただ働き」だとして忌避すべきと考える人が増えています
~中略~
こうした「業務外」の支援を厭わないケアマネジャーこそ、社会的に評価されて然るべきだと思います。

 

この教授の言いたいことは、ご本人にきちんと確認しなくてはわかりませんけれど、この社会的評価ってなんでしょう。

ただ「素晴らしいね!」ってほめたたえることでしょうか?

「業務外」「ただ働き」と考えるケアマネがどんな環境で仕事をしているのか、理解されたうえで仰っているのでしょうか?

 

 

福祉って何なんだろうって本当に謎です。

無償(あるいは低賃金)で人に尽くすことでしょうか?

少数派は法律がないからと切り捨て、平均的な人だけを助ける法律のことでしょうか?

 

 

能登半島の復興はまだまだ進んでいないと聞きます。

財務省は「維持管理コストを念頭に置き、集約的なまちづくりを」と発言していますから、能登半島はコスパが悪いから切り捨てろということなのかな。

憲法第25条は、能登でも無視されていると思うのです。

 

 

これは、今後起きる自然災害で、同じことをされる地域があるってことです。

明日は我が身。

しっかり目を開けて生きていたいと思うのでした。

 

 

今日もよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

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