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テゾーロ

まさやんファンの皆様覚えておいででしょうか?「テゾーロ」
はい。「宝物」の意味でございますね。

今夜はシカオ殿で愉しむわけですが、まだベッドでゴロゴロしております。早く出ねば。(笑)
しかし、夕べ凄いミュージシャンに出会ってしまったので、書かざるを得ない心境なんでございます。たまたまアメブロの方なので、情報も得やすくラッキーでした。
聴いた事がある方も多いと思いますが、まさに「タカラモノ」と言う曲をリリースしておられます。コマーシャルに使用されているとか。私は、代車の(笑)カーステでそういえばきいたことがあります。題名を覚えてます。名前は「岡部諒輔」さんです。キラキラした目が、印象的です。
ハウステンボスムーンシャワーで、会員は格安でライヴを楽しめるのですが、今回は久々のぶっ飛びでございました。
で、聞いていて吹いてしまったのが、自作以外ミュージシャンの歌を歌うとのことで歌われたのが「ヨゾラノムコウ」プチ、シカオちゃん前夜祭状態。(爆)あらかじめ本人のCDが流れていましたが、正直生は期待していませんでした。すいません。
ご存知の方がたからは、まわし蹴りくらいそうですね。

てっきり大きな事務所所属と思っていましたら、無所属。昨年はじめてCDだされたそうで、少なくとも福岡では、ライヴを通じて一気に有名になっているみたいですね。

ってなわけで、きっと長崎にもきてくれるでしょう。
あ。長崎ピーススフィアのライヴ企画に上げて見ようかな。明日会議さぼれないな。(笑)
ほんじゃ。おでかけしますかな。

カニングハム久子先生

毎年職場に講演にこられているが、勤務の都合などで、なかなかきけなかったが、今回たまたま参加がかなった。

今回のお題は、明かに私個人レベルの興味に合致しており、目から鱗だった。

看護部主催でないところが、研修というわけでなくしかし、仕事にも役に立つので有り難かった。

自閉症の関連だが、長崎大学はその研究は、優れているのに、それが市内ですら専門家のフォローが高校生までのもので、その後の彼等の扱いが、精神科や療育と言う観点のケアがほとんどできない施設での対応で、自傷や衝動行動などが注目されて、精神科で扱うということになっている。
正直、統合失調症もよく理解できなかったが、自閉症に到っては興味と現実に担当したり面倒をみるにあたって、手探りもいいところである。
精神科に勤めることなど度外視して、学校でならったり、実習で患者さんに対応しても、自分的に理解のしがたい病気なので、沢山本を読んでみたが、やはりよくわからなかったのが、統合失調症と自閉症なのだ。

ただ自分の理解力や想像力が乏しいだけかもしれないが。

こと、日々の生活に直結する職業が彼等との関わりであるから余計に興味が出る。
統合失調症の人の苦しみや考え方やアンビバレンツにたいする自分のなかでの相手への対処の仕方や彼らの感性の特殊性は、少しわかってきたが、自閉症の人は担当したり、お世話をしても行動や気持ちがよくわからない。これを研究して、実際対応しているなんて凄いとおもう。

わからないもんを、つきつめる必要がないとはおもうのだけど、なぜか興味があるのだ。

とくに、映画や遠い世界の話と思っていた、サウ゛ァン症候群らしき人に複数出会ってしまうと、興味がかきたてられてしまうのだ。
高機能の自閉症もしかりである。

本人から、自分の手や足やらの感覚を確かめるために、強く跳ねて足のうらを床につけるの。ときいたときに、余計にわかるようなわからないような、すくなくとも自分ではよく理解できない感覚だったりする情報で興味をかきたてられたりするからだ。

今回の話は、その兄弟姉妹の辛さにスポットがあてられた話題だった。
以前シーボルト大学に出張させられてセミナーにいったとき、ちょうど、統合失調症の兄弟姉妹の会についての内容だった。
職場で、レポをあげ、病棟のスタッフにザッと報告したが、結局は私だけの情報になっているようだ。

また、二十数年前の学習で、小児科では特に母親へのケアを重点的にみなさいと習った。
兄弟姉妹にとっても負担のあることで、ここいらについては、誰もが想像がつきそうなものである。

今回問題を感じたのは、自閉症自体解りにくいうえに、その兄弟姉妹のケアとなると、当事者でもないかぎり、普通はわからない。これのフォローが出来る人というと、殆ど神懸かりな才能の範疇だとかんがえるからだ。実際、久子先生は、現場にあたっている。とても親しく家族と向き合っている。それは、つまり沢山の事例には関われないと言うことなのだ。
法的にもいろいろと影響を与えるべく、知恵をだしておられるが、どうも才能がさせているように見える。

これが、たいして興味はなくても、かかわった人がフォローできるシステムはできないものなのだろうか。

私は興味があるからライフワークとして、自分なりに調べるが、あくまでも自分の趣味の範囲だし、自分の仕事のなかでの精神的かつ身体的かつ時間的な負担を軽くするために現場で活用はする。

しかし、他の職員が必要性を感じている気はしない。もっと効率的に仕事をする方法で対処しているからだ。
それは、興味がないからだとおもう。
もしくは自分の社会的地位と収入の糧にならないからかといぶかりたくなる。

今回参加して、個人的に話に入り込めたのは、時代が、自分の生誕の辺りと息子の生誕辺りで、解りやすかったことだろう。また、思っていたより、アメリカでも心理やサイコの世界は自分が思っているほど当事者にとって有益に研究も行動も進んでいないことだ。

あと、アメリカにおいて、最近は施設でなく自宅で面倒を見るべく法政が整えられているが故に、家族の問題が浮上してきたとのこと。

昔は、施設に容れられていたので兄弟姉妹が存在さえしらないこともあったこと。
日本では、むしろ逆。

私の興味は、兄が小児麻痺で母が大村市から長崎大学に連れて通っていて、私も連れていて、やんちゃ過ぎる私に手を焼いたのか、協力を申し出た私の今の親の家に、あづけたまま、なりゆきで養女に出してしまったことが、(兄弟姉妹のほうが家からだされたわけだ。)私の深層心理のなかで解決できないものとして、このようなことに興味をもたせているのかもしれない。
実の家族が、そのことについて大変心配し後悔していたこと。騙すようなその頃の児童の扱いに対する法政度にどこかでひっかかりを感じているせいかもしれない。精神科にいて、患者さんを理解するにつれ、自分の過去の心理と反応に気付き、乖離状態というのも、器質的には説明できないまでも、すこし理解できている。カウンセリングうけたり薬もらうよりお得かもしれない。
カニングハム久子先生は、若いとはいえないお歳だが、彼女のような頭のつくりにも恵まれ、ユーモアと情熱にめぐまれた人材が、後進に多くあるかは少し不安だ。

かかわった兄弟姉妹は、自閉症のみならず、国境を越えて、進んだシステムを作った兄弟姉妹の会(私が知っているのは、佐賀のSCの方の兄弟姉妹の会だ。)とも連携をとるとよいのではないだろうか。

かなしいこと

が、あった。
んで、地元のまさともちゃんに泣きついた。みゃ~。

再度、気づかされたこと。
私のダメになりそうなこの十年。
まさともさん方と、まさやんとまさやんに関わる人たちに支えられてきたこと。

これに感謝が足りなくなってた自分に気付くための、トラブルだったのかもしれない。

音楽やらまさやんの存在は、確かに夢の世界の出来事かもしれないけれど、現実この十年のショックを癒し、生きていくモチベーションを保ってこれたのと、地元に戻ってからの自分の居場所と知り合った人たちの存在は、彼の音楽あってこそなんだと、きちんと解って貰おうと思う。

パンデイロだってバレエをしていなかたら、やる気にならなかったから。自分で選んだことが、ちゃんと繋がってるってことも。他力本願だけじゃなくて、繋がってるってことを。

あ。。。。
まさやんを教えてくれたのは、バレエの幼なじみで、彼女のお母さんは、さだまさしさんの大ファンで、夏長崎からに始めから参加していた。(昔、私はライブに、とちくるうおばちゃんの感覚が、わけわからなかった。ご主人に気をつかいながらの。とは言え、この父さんは私をお気に入りの元母校の先生だし。あ。奄美の図書館のデザインをしました。おそろしすぎる繋がり。)

ありがとう。