こんにちは。

marumaruitumoです。


今日は急に空気が冷えてきましたね。

皆さん、お元気でお過ごしでしょうか?


私の過去の記憶の癒しをこのブログで少しずつ紹介していけたらと思っています。

私の「ど〜んな自分にも○(丸)」と言う為の、自己練習と言ったところでしょうか。

そんな姿をお見せする事で、誰かの心にも届くかもしれないという願いも込めて。


第一弾

〜幼稚園の頃の私へ〜


幼稚園だった頃の記憶で、鮮明に覚えている罪悪感。


寒い時期の園行事でした。

おじいちゃん、おばあちゃんに来てもらって一緒にお餅つきをして、お餅を一緒にいただくという内容だったと思います。


私の家庭からは、一緒に住んでいるおじいちゃんが来てくれました。

おじいちゃんと一緒に杵をもってぺったーん。どこかのおばあちゃんがおもちを伸ばして、また、杵でぺったーん。

その辺の記憶はうっすらとある。

どこかのおばあちゃんがほくほくのおもちを手で丸める光景。これも本当にうっすら。


でも、でも、1番私の記憶に残っている光景。


おじいちゃんが一人でおもちを食べている姿。


出来上がったお餅を、来てくれたおじいちゃん、おばあちゃんといただきましょう!と遊戯室に円になって座る時。

私は仲良しのお友達と一緒に食べたくて、おじいちゃんと一緒に座らなかった。

近所のおばちゃんが、「おじいちゃんと一緒に食べてあげたら?」と声をかけてくれたけれど、意地になってお友達の隣でお餅を食べちゃった私。


おじいちゃんの方をチラッと見ると、おだやかな表情でお餅を食べていた。でも、寂しそうだと言うのは、幼稚園の私でも感じ取った。

私が食べたお餅の味は、しなかった。


帰りにおじいちゃんに謝ったのかな。

その記憶は曖昧。

でも、その日の帰り道も、夕飯の時も、あの時の事を怒られた記憶がない。


私はずっとずっと心に罪悪感を持ち続けた。

おじいちゃんが亡くなった時、手紙を書いた。

「おじいちゃん、幼稚園の時、せっかく来てくれたのに、おじいちゃんとお餅食べなくてごめんなさい。」と。


その罪悪感は、大人になった今でも消えていない。



酷い事しちゃったと思ったんだね。

小さかったあなた。

どうすれば良かったかわからなくて、不安だったね。

一緒に伝えてみよう。

「おじいちゃん、幼稚園の時、一緒にお餅を食べられなくてごめんね。本当は来てくれて嬉しかったよ。おじいちゃん、ありがとう。」


もう大丈夫だよ。ほら、笑って。

俯いた小さな私は、顔を上げにっこり笑って、元気よくおじいちゃんに駆け寄り、抱きついた。


よかったね。小さな私。

どーんな私も、丸だよ。


最後まで読んで下さって、ありがとうございました。