今まで私は嫌な事も全て受け入れて、自分さえ我慢すればいいと思っていた。

自分の存在価値がまったくなかったから、福祉関係の仕事に就く事で、感謝されたりして自分の存在価値を確かめて、それが自分の幸せだと思っていた。

誰かのためになれればいいって思ってた。



自分なんて、、、

自分なんて、、、



常に心にはそんな言葉が響いていた。



その時は気付かなかった。

でも、今はわかる。




お前なんて、、、

お前なんて、、、



父によく言われていた言葉。


『お前なんて!』から始まる否定ばかりされてきた過去。


やりたい事も、やってみたかった事もほぼこの言葉でねじ伏せられてきた。

母も自分の日常で忙しかったのか、私をジッとみて微笑んでくれたり、包んでくれるような、私が思うような愛はくれなかった。




そんなだったけど、劣等感はあったけど、私と家族の中は悪くはなかった。(父と母は仲が良いと悪いを繰り返していた)


きっと自己否定と自己犠牲が当たり前だったから、本当の自分なんていなかった。
存在価値を確かめるとか、そんな次元にいなかった。

ただ、父と母の顔色をみるのが知らず知らずのうちに得意になってただけだった。