地球が玉だっていう話じゃない。


世界、宇宙、存在っていうのは球だと思う。


不完全な人間っていう物が、言葉っていう不完全なロジックを積み重ねてできるいびつな玉は完璧じゃない。


好きと嫌い、生きると死ぬ、はいといいえ。


相反する概念を横並びにしていけば球になるんじゃないの?


生きるために殺す。


今日もあなたがしてる当然の行為。


存在するもの全てが避けては通れぬ道。


正義も悪もない。



球を理解しても。



人は球ではない。


球に近づけど、大切な人を幸せにしたい人のやさしさが、それを是としない。


自分が生きるためには球にはなれない。


球になったら死んでるのと一緒だ。人を捨てて球になるのは私にはできない。


王が求めるのは球だ。


人の上に立つ者は自分をどれだけ捨てられるか。


相手をどれだけ受け入れられるか。


無は理に叶っていない。


球になれ。
人生は料理に例えられる。

目の前にある食材を、綺麗に切り分け、絶妙な味付けをして煮たり焼いたり。


そして出来上がった自信作は、自分だけではない誰かを満足させる。


空腹を満たすのみならず、その料理は笑顔を生み、感動さえ与える。


僕は誰かのための一流シェフになれているんだろうか。


与えられた食材をいつもどおりの味付けで調理していないだろうか。


いつから最高の食材を探すことを忘れてしまったんだろう。


最高の食材とは、高級な物や幻の食材なんかじゃない。


誰も、いつの時代も、感動を覚える味、たどり着く味と言うのは母のぬくもりある素朴な料理だ。


料理には愛情が必要だ。


誰かを喜ばせたい。
誰かを元気にしたい。
ついでに自分も美味しく味わいたい。
笑顔のあふれる食卓の中心にいなくてもいい。自分はその一員であればいい。


料理は人生に例えられる。


人生には、いろいろな調味料が使われる。

スパイスの効いた刺激的な体験。


パセリのようなほろ苦い思い出。


甘い、すっぱい、熱い、冷たい。


全ての味が、僕の味覚を唸らせる。


どれが欠けても最高の人生は味わえない。


甘いだけの人生は人堕落させる。


いつも自分だけが辛いという人はもっと自分の考え方を変えてみればいい。誰もが水を差し出してくれると思ったら大間違いだ。みんなが辛い思いや悲しい思いをして前に進んでるんだ。

自分のためにしか料理をしない人は、それが美味しいのかマズイのかもわかっちゃいないんだ。


マズイって正直に言ってくれる人がいたら、幸せだ。

人の料理にケチばっかりつけて評価するのも、味比べするのもナンセンスだ。



僕が死んだら、僕の周りの人たちが、


美味しかった。ごちそうさま。


って言ってくれるように僕は頑張ってみんなのために料理を作ろう。
カーナビ理論

出発地と最終到達地を迷うことなく結び付けるカーナビ。


これを理解できれば世の中の大半を理解するためのカギを手に入れたも同然だ。

人間の寿命は長くても百年くらい。


一般的には平均寿命が80年とすれば、あなたの持ってるモノサシもそんなもんだ。


目的地到達予想時刻はどれくらい?


あなたのスケールで足りそう?


あなたの進む進路とスピードは適切ですか?


歩くくらいのスピードなら通りすがった人に手を振りながら、道端に咲いてるたんぽぽにも心癒されるかもね。心が優しくなれるかも。


自転車ぐらいのスピードなら歩くより早く目的地につくかもね。信号で一度止まるのは嫌だからそのまま無理しちゃいそうになるよね。


自動車ぐらいの早さだったらどうだろう?早く着くかもしれないけど、通りすがる人も飛び出してこないか危険に感じたり、たんぽぽなんて踏んでも気にしないかもね。


飛行機だったらどうだろう。到着はあっという間だね。でも、景色を楽しめたのは出発地と到達地だけだね。



スケールを大きくしたり小さくしたりしながら目的に向かっていくと、適切な速度も見えて来る。


その目的地に着くためには、あなたはどこまで代償を払えるの?


目的がノルマになったのはいつ?どこで?


そんなこと聞かれたくもない。


守るべき本当の約束は何だったの?


人のため、家族のため、自分のため。


急ぐ人に操られ、右も左も同じ顔。寄り道なんかしてたら置いてかれるよ。すぐに。
嘘でごまかして過ごしてしまえば、頼みもしないのに同じ様な朝が来る。



この歌、続きが気になるね。