国立病院は、個室が空いてなく、大部屋だった。窓際ではなかったから、起きれないので、天井とカーテンに囲まれた場所にいた。スタッフは、本当に良くしてくれたけど、面会も厳しく短時間。本人ベッドから動けないので、会いに行っても、バタバタと頼まれたことをして帰る感じ。スマホのラインで連絡しあうが、なかなか既読にならず、本人からのラインも誤字脱字が多く、意味がわかりにくかった。


緩和ケア病院は、全部屋個室で、大きな窓からは寝ていても外が見えた。

医師から、「腹水は、抜くと急変することあるから、抜きません。」と言われた。(国立病院でも腹水は抜かなかった。)

ソファー、冷蔵庫もあり、面会も朝から夕方迄ずっとそばにいれる。

1人で起きれなくなっていたが、少し元気になった感じがした。

ゆっくりそばにいれるのは、ありがたかった。ラインはしなくなった。言われたものを、病院の売店に買いに行く。


食事はほんの少しだけ。

氷が食べたいと言われ、アイスコーヒーのコーヒーなしを注文して、氷を口に入れてやると舐めてた。何回か買いに行った。

冷たい水と冷たい麦茶を、ストローで少量飲んで、「美味しい。」と笑った。

短時間で、氷、水、麦茶順番に少しずつ欲しがった。その度、「美味しい、ありがとう。」と言ってくれた。


抗癌剤やめたから、もしかしたら少しだけ元気になるかなとも期待した。車椅子に乗せて、病院内散歩したいと思った。


でも緩和ケア病院の主治医は、「悪いです。」と言った。「会いたい人に早く会いに来るように言って下さい。」とも言った。


酸素吸うのが、鼻からでなく、口を覆う物になった。


痛み止めが飲み薬から座薬、点滴になり、時々点滴を一気に?入れてた。

薬の名前を聞くと、モルヒネの別名だった。


看護師から看取りについて、説明を受けた。「亡くなってからでは遅いから、亡くなった時に着せたい服を持ってきておいて、一旦看護師に見せて下さい。お腹が大きくなってるから、ウエストがゆっくりしてるもの、前から開きが良い。」と言われた。


大もトイレに行けなくなった。(尿は、国立病院の時から管を入れて、ベッド横の袋に)

機械式のお風呂に入れてもらって、すごく気持ち良さそうにしてた。

スタッフにマッサージしてもらい、幸せそうにうとうとしていた。


面会時間ずっとそばにいた。

頭に顔を寄せて、

「あなたに会えて良かった。あなたに一番お世話になった。又会いたい。」と伝えたら、

「自分も」と言ってくれた。


氷、水は、亡くなる日迄、ずっと短時間おきに欲しがった。

今思うと、面会時間以外はどうしてたのかなと切なくなった。