今日のおべんとう箱~まるい宇宙~
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軍医だった祖父

先日書いた軍人だった祖父の続編デス。

今日は新しいiPadから投稿しているので写真なしにしてみました。

 

関連のない写真を乗っけてみたたけど

要らない。。?

どうだろう。。

 

また感想を教えてください。

 

さて

母方の祖父は軍医でした。

というお話。

 

戦争中の話はよく知らない

というか

母も祖父から戦争の話を詳しく聞いたことがなく

また、祖父は孫と遊んだり喋ったりするような人ではなく

ちょっと怖い雰囲気を出していている(と感じていた)人で

テレビを見ている横顔しか見たことがなかった

 

けどある時私が風邪をひいて

母の実家の奥にある診察室で

聴診器を胸に当てて「大丈夫や」と祖父が言った場面は

今でもよく覚えている。

 

庭で花や果物を育てるのが好きな人で

昼間もそこで過ごすことが多く

診察に来た患者さんを待たせて

看護師さんが庭まで呼びに行かないといけなかった

というのは母の姉妹が集まるといつも出てくる

祖父のキャラクターを伺わせる話だった

 

ちなみに

看護師さんに呼ばれても

庭からなかなか戻ってこなくて

いつも周りを困らせていたらしい

 

そんな祖父は

戦地にもなかなか行きたがらなかったという

(誰から伝わった話かは謎)

 

戦地にいくのは嫌だと周りにも話していたということだから

当時の人にしてはなかなか

正直な人だったのだろう

 

戦争も医師としての仕事も

嫌がっていた祖父は

晩年になると詩を書くようになり

サークルのようなものを作って

発表会をやったりしていたそうだ

 

作り溜めた詩を出版し

それ以外の詩は没後に

長男(叔父)が

「長流以後」という遺句集

にまとめて出版した

 

本棚を整理する度に

あぁこんな本があったなと

片付けの手を止めてペラペラとめくって眺める

 

何度断捨離しても

必ず古本には出されずに残る本

 

父方の祖父も

母方の祖父も

 

どんな時代だったとしても

平和を愛していた

 

そのことが嬉しい

 

 

good bye2021

これを書いているのは12/27。どんな年だったかと振り返ると、増やして減らして整えた1年だった。テルミーを掛けること、そして自由気ままに遊ぶ時間が自分にとってとても大切。だからその時間を増やすために、もうひとつの仕事である夫の内科クリニックでの勤務ペースを大幅に減らす作戦に出た。夏前に、常勤のスタッフが体調不良で退社した事をきっかけに、医療事務経験者でタフな人材を求めた。無事に優秀なスタッフを増員し、どんどん仕事を任せて、私にはもうなにも聞くな頼るなオーラをビシビシと発した。それが夏頃の事だ。少し時間は掛かったが、やがて院長夫人はもうやる気が無いのだと思われるようになった。作戦成功だ。最初こそ勇気がいるが、頼られも期待もされないって、案外ラク。まずは手放したらいいのだと、後になって気がつく。
一方では、4月から新しい沼に足を踏み入れた。中国医学だ。しかし最初は面白くて仕方がない学びも、理解や暗記に難儀し出すと、途端に苦学へと転じる。あーやめたい。もーやめたい。と、言ってテキストを開かなかった時期もあった。そんな時期もいまは通り過ぎて、楽しく苦しい学びを続けている。
そして整えたのは、自分のカラダ。胃。腸。7月に人生初の5日間ファスティングを経験した。体重が4キロ減った事を友達に自慢してまわり、カラダは軽いわ、頭は冴えるわ、いいことづくめだった。この過食と飽食の時代において、食べないという選択肢は、今ある自分のカラダが、これまで蓄積してきた食生活と生活習慣、そしてそのベースにある謝った思い込みの上に成り立っているという事に気が付き意識しなくては、なかなか選びとることは難しい。
強欲や念はいつでも、清らかな精神と意識の邪魔をする。
こんな事を書きながらクッキーを食べているワタシが最もいい例だな。ムシャムシャ。


via devon療術所
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玄米クリームで夕食

今日のおべんとう箱~まるい宇宙~
きょうは帰ってきたのが18時半を過ぎていました。
家に着くなり「まんま!」と叫ぶ息子。
なーんにも用意をしていなかったので
昨日の若竹煮の残りと、
玄米クリーム、
おにぎり(黒ゴマ・海苔)
で済ませました。