最近までめんどくさいって思う自分が可笑しいと思わなかった。なんでこんなにめんどくさいって思うんだろうって。
それで自分を観察してわかったことがある。それはめんどくさいっていう感情に中毒しているんじゃなかろうかと。
中毒ってそんな麻薬みたいなって、感情に中毒ってあるんかってことやけど。それはある。
人間というのは今目の前にないことにフラストレーションを感じるように進化した。
狩りの時代なら、猛獣が目の前に出たら、怖い!逃げろ!という感じで脳で判断せず、恐怖を感じる=体が動いて走る。という図でよかった。
ただ現代は死ぬことなんてめったにない。だから恐怖という感情はあまり意味をもたない。でも、テストで悪い点を取ったら怒られるから怖いとか、告白したら振られるのが怖いからとか。頑張って稼いだら、あいつは犯罪者だとか言われるんじゃないかとか。
無駄なことを妄想してしまう。その結果、その恐怖を感じて妄想している時間が浪費される。本来であればテスト勉強ができた時間、好きな人に相手にしてもらえるように自分磨きをする時間、自分のビジネスについやす時間。それらすべてが恐怖を感じることによって無駄になくなっていってるんだ。
恐怖以外にもいろんな感情(フラストレーション=刺激)がある。
例えば罪悪感・焦り・嫉妬・妬み・後悔。これらはどれを感じても、目の前の現実から逃避する手段になる。
人に迷惑をかけて罪悪感を感じる。っていうのは、自分は本来、人に迷惑をかけるような人間じゃない。という自分基準を持ってるから。
でも実際に最悪感を感じても、相手に迷惑をかけた事実は変わらない。最悪感というのは自分よがりの結果なんだ。
仕事の納期に間に合わなくて焦っている。これは焦れば早く終わらせることができるかもしれないというけれど、それが失敗の許されない仕事だったら焦るより手を早く動かして、仕事を納期に終わらせてかつミスもしないということができるだろう。焦った結果ミスをしやすくなるのだ。
嫉妬や妬みは他人の成功を転落してほしいと願うことだけど、それって他人を変えようとしていることだから無理だよね。
仮に相手が失敗したとしても、それは嫉妬や妬んだ自分のせいではなく、相手の行動の結果だからね。つまり嫉妬や妬みは何も生まないし
自分にとってはマイナスになるだけ。
後悔も、今目の前にないことを引きずってひきこもることだけど、それって目の前の事実から逃れたいだけなんだよね。
というようにいろんなフラストレーションがあるけれど、どれも目の前のことを変えるわけじゃないんだ。
そんで、めんどくさい。ってのはもはや究極のフラストレーションだと思う。
すべてを開き直ってるからね。めんどくさいから何もしないじゃ、まじで生きてる意味ないから。
いやそもそも生きる意味ってのはないんやけど、でも死ぬ勇気もないから人間はだらだら生きるんやけど
どうせ適当に生きたってしんどいんやから、頑張ってしんどい思いしたほうが、結果楽しくなると思う。
だらだら生きてるほうがしんどい。それよりもしんどいことをやって、その先に出た結果が良かったらまたしんどいことしよってなる
そんでその結果を楽しみにする。そっちの人生のほうが、俺は楽しい。他人は知らんけどね。
人の人生にとやかく言えるほど人生は生きてないし、そもそもどんな人生を生きてきたって人の人生をとやかく言う権利はないんよ。